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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

タイトル未定 2025/04/04

作者: ムラさめ

日中寝ていて夜になり、今ひとつ眠れなかった夜の事である。

明日が仕事であることを踏まえ、流石にもう寝なければ、とスマートフォンを置き目を閉じた。


だからといって眠れるわけでも無く、目だけ閉じてごろごろと寝転がっているとふと気づく。

何かが見えているような気がする。


これまで、眠るときは何も見ていないものだという先入観があったからか気にしたことも気づいたことも無かったが、今目を閉じたままあちらこちらを見ていると、視界に非常に目の細かい砂嵐のようなものが見えていることに気が付いた。

初めはカーテンの隙間から入ったわずかな明かりが瞼を抜けて見えているのかと思ったが、枕に顔をうずめても見えていた。


ふと気づいてみればそれが妙に気になる。

ある一点に意識を集中すると砂嵐がよりはっきり見える。

これはおそらく瞼を通る血管が見えているのだろう、と彼は結論付けつつ、眠くなるまで砂嵐をぼんやりと眺めて暇をつぶした。


それからというもの、彼は時折眠れない夜を迎えては砂嵐を見て眠るようにした。

別にみていると眠くなると言うことは無いのだが、眠るまでの友として丁度良かったのだ。



「お前、なんか最近疲れてるか?顔色悪くないか」

「ん?ああ、ちょっと寝不足かもな、なんか夜寝れなくてさ、目を閉じたままごろごろしてる時間が長くてよ……あふ……」

「一回休みとってリズム整えた方が良いんじゃねぇの?」

「ああ……仕事が良い感じに片付いたらそうするわ」

「それいつになるんだよ……」

「さあな……部長次第じゃねぇか」

同僚は心配そうに彼のデスクに砂糖たっぷりの缶コーヒーを差し入れて自分のデスクに戻っていった。

確かに最近ちゃんと寝ることが出来ていないので、同僚の言うことは最もである。

何となく面白くなって砂嵐を見つめていたが、いい加減ちゃんと寝ないとな、と彼はあくびをかみ殺して午後もまた仕事を片付けた。


家に帰り、いつものように夕食を済ませ、風呂に入り、軽く酒を飲んでベッドに横になる。

電気を消し、目を閉じればいつものようにそこには砂嵐があった。

「……あれ」

彼の疑問は思わず声になって暗い部屋に響く。

これまでは意識を集中し、見ようと思わなければ見えていなかったはずの砂嵐が、目を閉じれば見えている。

こうなると困ったもので、それを見ないことが出来なくなっていた。

例えば部屋の明かりであるとか、スマートフォンであるとか、見ていれば眠くなくなってしまうようなものは目を閉じれば見ないでいることが出来た。

だが瞼の裏が見えてしまったら。それを見ない事はもうできない。


その事実に気付いた彼はうすら寒いものを感じたのと同時に、なにかとても嫌な予感がした。

何を、と説明することは出来ないのだが、とにかくマズい。そういう気持ちになった。


それでも眠るしかないので、仕方なく見えている砂嵐をなんとか見ないように、目を閉じたまま砂嵐の薄い所を探してそちらを見るようにして眠った。

どうにか意識を手放すことが出来、朝に目覚めた時になって『良かった、ちゃんと眠ることが出来た』とわざわざ安堵する毎日が始まった。


日に日にやつれていく彼を心配した同僚が一部巻き取ってくれたので、今日は早く帰れる。

早く寝て体調を取り戻そう、と意気込み、彼が重い体を引きずってベッドに横になったその晩、普段見つめていた砂嵐の隙間に変化が訪れる。


初めは小さな黒い点があることに気が付いただけだった。

もともと、ちらちらとした砂嵐を見ていたのであまり視界が一定になることは無かったので、こんなところに点がある、瞼にもほくろって出来るんだっけか。などと考えながらぼんやりと見つめ続け、なんとか意識を手放そうとしているが、どうにもうまく眠ることが出来ない。

そうこうしているうちに、その点が心なしかはっきり見えるようになった。


見えてしまえば、何もない砂嵐の中においてその黒点は妙に目立ち、彼の視線が吸い寄せられる。

そうしているうちに、ふと黒点と目が合った。そんな予感がした。

慌てて目を開けて起き上がる。枕元に置いたスマートフォンを手繰り寄せて時間を確認すれば既に深夜三時を回っていた。

十時にはベッドに入ったのに、五時間も何やってんだ……と彼が額に手を当てるとびちゃ、と音がする。

ふと気づけば、全身汗だくになっていた。


こんな寝汗かくなんてな、と思いつつもエアコンを見れば、冷風を吐き出し続けているはずのそれはぴたりと稼働を止めている。サーキュレーターも止まっているので、実体としては停電でもあったんだろう。

今は通電しているようなので、エアコンもサーキュレーターもつけなおし、もう一度シャワーを浴びて横になると、今度はすっと意識を手放した。


だが、それからというもの、目を閉じると視界の隅に黒点が表れるようになった。

それも、暗い部屋でなくとも。

サブリミナル効果って言うんだっけ、と最初は軽く考えていたが、四六時中いつでも目を閉じれば黒点がある。

流石に不審に思った彼は眼科にも行ってみたが、特に目に異常はなく、瞼もごく正常であると診断を受けた。

仕事に疲れすぎてメンタルにでも影響を与えているんだろうか、このままひどくなるようだったらそっちにも通院してみるか、と考えていたが、結局仕事が忙しくて行けていない。

疲れたな、と目頭を押さえれば黒点が良く見え……。


「どうした?」

「あ、いや。ちょっと寝落ち仕掛けたかもしれん」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫です、すみません」

ガシャ、と派手に音を立ててデスクの荷物が崩れ落ちる。幸いにも破損や書類に被害はないようだったが、倒れられては困ると早退させられ、早々と家に帰った。


夕方六時、食事だけはなんとか済ませてそのままベッドに入り目を閉じる。

もう寝させてくれ、と思うものの、黒点はよりはっきりと見え、彼の意識を吸い込んでいく。

目を開けるか、意識を手放す以外で黒点を見ないでいられる時間が存在しなくなっていく。


もう無理だ、助けてくれ

そう泣き言を脳内で叫べば、はっきり見えていた黒点は心なしかぼんやりと揺らいで見えた。

よかった、もう戻ってくるなよと意識を失い、ぐっすりと眠ることが出来た。


だが、黒点は消えてなどいなかった。

翌朝から、目を閉じればうすぼんやりした黒点が見える。

何故ぼやけているのかと言えば、焦点が合わなくなったからだろう。

では焦点が合うというのはどういうことか、それは見ているもの、いわばレンズに対し、見られているものの距離が一定であることと言える。

その距離が一定でなくなったから、焦点が合わなくなったのだ。


焦点が合わなくなった黒点、それは確実に彼に近づいてきていた。

初めはハッキリ見える黒点との印象の差から気づかなかったが、黒点は徐々に大きくなっているように見えた。

うっかり意識を集中させれば、黒点にピントがあいかける。

慌てて目を開けてそれを見ないようにするが、視界の右下の隅の方から、徐々に、だんだんと目を開閉するたびに大きくなっていくように見える。


そしてあるとき、それは人影のように見えた。



「おい、お前顔色ヤバいぞ」

「ああ……大丈夫だ」

「大丈夫じゃねぇよ、土気色だぞ。目のクマもひどいし、寝れてないのか?」

「ああ……実はな……」

彼は同僚に瞼の裏の黒点について話すと、同僚は首をかしげつつ、心療内科の受診を進めてきた。

「そうだよな……」

と返すも、彼はそこから何かをする気配が無い。

無理なら有給でもなんでも使って休めよと言い、呼び出しに応じて休憩所を後にする同僚の背中を彼はぼんやりと眺め続けていた。


その日、彼は会社で倒れた。

どうにか救急搬送はされずに立ち上がったが、明日は療養に専念しろと命令も下ったのでとにかく体を休めようと家に戻ると、食事もせず、着替えることも無く、ソファーに座って横になった。

ぼんやりとテレビを眺めながらうとうとするが、目を閉じると黒点が見え、はっとして目を開けてしまう。


気付けば黒点を見るのが怖くなっていた。

眠ろうとして目を閉じれば、ゆっくりと近づいてくる黒点を見なければならない。

黒点を見ていると、不安や恐怖に駆られて眠ることが出来ない。

眠れないので、頭も痛いし気持ち悪いしで何もできない。


泣いても喚いても暴れてもそれは変わらない。

眠い、でも怖い。

いつのまにか瞬きをした瞬間にですら黒点は存在を意識づけてくる。

そうして、そうして、そうして、そうして、そうして、彼は死んだ。



全く連絡が取れなくなった彼を心配して会社から警察に連絡を入れたところ、荒らされた部屋の中で倒れ、死んでいるのが見つかった。

彼の死と共に、会社内でかかわりのあった人物などに聞き取り調査が行われたために、彼の死は皆の知るところとなった。


ただの過労であれば、過労になる前に休ませていた事実をもって粛々と処理をするだけだったのだが、彼の死体には不審な点があったために、事件性を疑われての捜査となったのだ。

主な肉体的には過労、死因として疑われているのは精神的なショック死。

だが警察は他殺を視野に調査を進めていた。


というのも、彼の死体には両目が無かったからである。

なにかでえぐり取られたのか何なのかは不明、凶器も不明。

部屋の中には死んだ彼以外の痕跡は全くなく、マンションのカメラなどにも彼以外が部屋に侵入した形跡は全くない。


当然、部屋の中も散々捜査されたものの、失われた両の目玉は見つかっていない。

繰り返される捜査の末に分かったのは、彼がこうなる前に目を閉じると砂嵐や黒点が見える。と同僚に訴えていたことや、眼科で全く問題ないと診断されていたこと、そして彼の手帳に残されたメッセージ。

『気づくな、見るな、目をとじるな』


余りにも不審な死を迎えたことで、その後もしばらく捜査は続けられたが、結局の所犯人は見つからず、最終的に捜査は打ち切られた。

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