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ケーキと笑顔

作者: 阿久根想一

   1


私が勤める会社の側に、ケーキ屋さんがある。

店内には、椅子とテーブルが置いてあり、普通の喫茶店と同じように、ケーキを食べながらお茶を飲むこともできる。私、小原真知と同期入社の小村奈知、それに太田美知の三人は、この店が好きで、昼食の後よくこの店に足を運んで、昼食後の愉しいひと時を過ごす。

 店の前には、大きな舌をペロリと出した、街中でよく見かける女の子のマスコット〝ニコちゃん〟の人形が置かれ、愛嬌を振りまいている。

「こんにちは。」

ガラス戸を開けると、

「いらっしゃい。」

と、元気な声がして、どことなく表のニコちゃんに似ている店主のサチエさんが、元気な姿を見せた。

「今日は、何にするの?」

「私、イチゴのショート。」

「私、アップルパイ。」

「モンブラン。」

と各自注文して、運ばれてきたケーキを食べながら、お茶を飲んでいると、近づいてきたサチエさんが小声で、

「また出たんだって。」

「えっ?」

「出たっていうと・・・。」

「そう、もへじ太郎。」

サチエさんは、肩をすくめて見せた。

 もへじ太郎とは、最近街を騒がしている謎の人物である。歩いている人の背後から音も無く近づいてきて、追い越しざまに顔を覗き込んでいくのだが、その顔には目も鼻も口も無くて、子供の落書きのようなへのへのもへじが描かれているという。

「今度はどこで?」

「二丁目の公園だって。」


 

    2


「小原さん、何描いているんですかぁ?」

背後から声を掛けられ、我に返ると、私は手元のメモ用紙に自分でも知らないうちにへのへのもへじを描いていた。少し離れた机の上から奈知と美知が、意味深な笑顔でこちらの様子を伺っているのが見えた。ありゃぁ、不味いところを見られちゃったかなぁ。

 案の定、昼休みにケーキ屋さんで、

「真知、さっきのへのへのもへじはなぁに?」

と、美知が切り出してきた。

 あれはね、へっへっへ。

と、笑ってごまかそうとしたが、

「今更ごまかそうとしたって無駄よ。私の眼はごまかされませんからね。潔く白状しなさい。」

と、奈知の細面の顔に睨まれてしまった。

と、細面の奈知に睨まれながら言われてしまった。

「そんな睨めないでよ、奈知。」

「真知・・、あなた、また悪い癖が出たんじゃないでしょうね?」

「へへへ、実はちょっと・・。」

 私の悪い癖。それは良く言えば好奇心旺盛。悪く言えば野次馬根性も旺盛ということだ。

子供の頃から、この手の話には、無条件で首を突っ込みたくなってしまう。

「まぁ、真知が変な事に頭を突っ込むのは勝手だけどね。私まで巻き込まないでよね!。」

「あら、いつ私があなたを巻き込んだ?」

「忘れたの?『コスプレ事件』を!」

 コスプレ事件、それは一年程前、街中にアニメのキャラクターが着るような服を着た男が出没して話題になった事件である。結局、

その男はアニメおたくのイタズラだということがわかり、男は駆け付けたお巡りさんに、捕まって事無きを得たのであるが、その時奈知は、野次馬と化した私に、街中あちこちひきむく回されたことを未だに根に持っているのである。

 「ああ、あれか。」

 「あれかじゃないわよ! もう!」

奈知は手のひらをテーブルに叩きつけた。

 「また夜中に一人でトイレにいけなくなったらどうしてくれるのよ!」

「私の知ったことじゃないもんね。」

 私は何事も無かったような顔で、モンブランを口に運んだ。



     3


いつもなら、鼻唄を唄うたれパンダのような足取りで出社してくる課長が、ガクッと肩を落とし、トボトボとした足取りで出社してきた。席についてもションボリとしているので、美知がお茶を運んだついでに、あれこれと聞き出してきた。

昨夜、仕事帰りに馴染のキャバクラに立ち寄った課長は、お目当ての娘を指名できたこともあって、すっかり上機嫌で店を後にした。そして、駅の踏切まで来た時、自分の前に一人の若い女性がたっているのに気が付いた。そのスタイルの良い課長好みの。

鳴り終わり遮断機が上がると、おもむろに振り向いた・・・。その顔には目も鼻も何も無く、子供の落書きのようなへのへのもへじが描かれていた・・・。仰天した課長は、後も見ずに一目散に家まで逃げ帰ってきた・・・・・と、いうのが昨夜のあらましだった。

 「あれはもへじ太郎じゃなく、そうだな・・もへじ花子ってところか。」

 そう言って冷めたお茶をぐびりと飲んだ。



     4


 そして昼休み。

 「もへじ太郎に続いてもへじ花子か・・・」

 「なあに真知。そううれしそうな眼は。」

 「そうぉ?嬉しそうに見える?」

 「目一杯見えるよ。ちょっと真知、あんたまさか首を突っ込むつもりじゃないでしょうね!」

 「ふ~んだ。教えないも~ん。」

 「もう!また私を巻き込むつもりでしょう!」

 「さあね。」

 「もう真知!」

 「奈知、早くしないとせっかくのカフェオレが冷めるわよ。」

 私はそう言うと、こちらを睨んでいる奈知の前で、これ見よがしにモンブランを口に入れ、ケーキ好きでしょ。早く食べたら?ショート。」

 「あ~美味しい。」奈知も。

 「この天邪鬼!」

 「なんとでも、お好きなように。」

 「すみません、ショコラケーキもう一つ。」

 私と奈知の傍で、美知が澄ました顔で、追加を注文していた。

 「美知!」

 「いただきます。」

 後は言うだけ無駄だった。

 「ケーキ食べ過ぎてお腹壊しても知らないからね。」

 「大丈夫。別腹だも~ん。」

 やはり無駄だったー。



     5


 「真知、何やってるの?」

 奈知が肩越しに私の手元を覗き込んだ。

 「ここが最初にもへじ太郎が目撃された場所でしょ。そしてここが、課長がもへじ花子に出くわした場所。」

「だから何やってるの?」

「だからこうして、もへじ太郎や花子に出くわした場所にしるしを付けていけば何らわかるかなって思って。」

「あきれた。まだそんなことやってるの。あんたって人は!」

「私は聞こえないふりをした。」

「そのうち本当に祟られるわよ!どうなっても知らないからね!」

 そう言い残して、真知は自分の机に去っていった。

「さてと、」

 うるさいのが居なくなったところで私は、今までにもへじ太郎や花子が目撃された場所が記された紙を見つめ直してみた。

 「何かわかるような・・、わからないような・・仕方ない。こうなったら出たとこ勝負でいくか。」と、ぼやいているところへ、再び奈知がやってきて、

 「奈知、あんたとは入社以来の腐れ縁。こうなったらこちらも乗りかかった舟、毒を食らわば皿までよ。私にできることがあったら手を貸すわ。」

 「ありがとう、奈知!さすが同期入社の仲よ!感謝するわ!」

 「その言葉を信じて、今までに何度おかしな事件に巻き込まれ、ヒドイ目に遭ってたことか・・・」

 「まぁまぁ、堅苦しいことは言いっこなし。私と奈知の仲じゃない。昼休みは何のケーキ食べるの?」

 「あんたって娘は・・。でもある意味無敵かもしれないわね。」

 奈知が溜息をついた。



     6


 「ねぇ、奈知?」

「何?」

「あのニコちゃんのことだけど。」

 表にはおなじみのマスコットのニコちゃん。

 「ニコちゃんってさぁ、スカート持ってないのかなぁ。」

 「えっ?」

 ニコちゃんといえば、赤い上着にサスペンダーのついた赤いズボンが定番スタイルだ。

 「いきなり何を言い出すのかと思えば・・、スカート姿のニコちゃんなんて見たことあるわけないでしょ。そんなこと言い出すとは、奈知、あなたも他人のこととやかく言えないわね。」

 「そんなこと別にどうだっていいじゃない。」

 一人我関せずに二つめのサバランを口に押し込む美知。

 「太るわよ。またスカートがきついとか泣き言言ってもしらないからね。」

 「ケーキは別腹だから大丈夫だも~ん。」

 「言うと思ったそのセリフ。後でまた体重が増えたって一人で大騒ぎしてなさいー。それにしても・・・」

 何が気になるのか奈知は、それからもしばらくニコちゃんの後ろ姿をじっと見つめていた。

(はは~ん、奈知のヤツ、何か掴んだな)

 奈知との今までの付き合いから、私は奈知が何かに気が付いたらしいことに気が付いた。しかし、奈知がそれをすぐに人に話すような人間でないことも知っていたので、ここはしばらく奈知の自由にさせておこうと、何も言わずに、奈知の横顔を見つめていた。

 「ああ、美味しかった。次はモンブランとサバラン、どちらにしようかなぁ。」

 「一度ケーキを食べ過ぎて胃袋破裂させなさい、あんたは!」

 美知の首根っこを押さえ付けながら、私は奈知の横顔に視線を移したが、奈知は何か気になるのか、指を顎に当ててじっと何やら考え込んでいた。



     7


 「私が気になるのはね。誰ももへじ太郎や花子の姿を見ていないことなの。」

 「と言うと?」

 「普通、怪しい人間に遭った場合、まず眼に飛び込んでくるのは顔つきや服装、背格好などでしょ。でももへじ太郎や花子の場合は・・。」

 「へのへのもへじの顔だけってこと。」

 「その通り。」

 奈知は頷いた。

 「それともう一つ、もへじ太郎や花子の顔を見た人はいても、後姿を見た人はいないのよ。」

 「なるほど。でもそれが?」

 「そこにもへじ太郎や花子の正体に迫る大きな手掛かりが、隠されていそうな気がするんだけどなぁ。」

 と、悔しそうな奈知。

 「ねぇ、そんなことより二人とも早く食べちゃいなよ。昼休み終わっちゃうよ。」

 と、サバランを二つ前にして口を動かしている美知。

「あんたはケーキで胃を破裂させて苦しんでればいいのよ!この胃拡張女!」

 私に首を絞められながらも美知は口を動かすのを止めない。

 「二人とも少し静かにしてくれないかな。もう少しで、何かが分かりそうなんだから。」

 「奈知・・。ひょっとしたらあんた、私以上にアツくなっていない?」

 「否定はしないわ。残念ながら。」

 「そういうのなんて言うか知ってる?『ミイラ取りがミイラになる』って言うんだよ。」

 「それも否定はしない。っていうかできない。悔しいけど。」

 奈知はそこまで言うと、テーブルの上のモンブランの残りを口に押し込んだ。

 「で、どうするの?」

「今日のところはこれで引き下がるしかないでしょ。悔しいけど。だけど、こうなったら私一人でも、もへじ太郎や花子の正体に迫ってみせる。」

 「頑張って、奈知。」

 こうなった時の奈知の集中力の高さを知っている私は、それ以上何も言わず、高みの見物を決め込むことにした。

 「太郎・・、花子・・、後姿・・。この辺に鍵がありそうな気がするんだけどなぁ。」

 今や完全に私以上にアツくなって考え込む奈知を尻目に、私は二つめのイチゴショートに取りかかった。

 「あぁ、美味しい。あぁ幸福せ。」

 横目でみると、奈知が恨めしそうに睨んでいた。

 「それじゃ、お先に。いただきま~す。」

 そんな奈知に声も掛けずに、私はイチゴショートを口に放り込んだ。

 「ちょっと誰か、水、水!」

 私の横では、サバランを二つを無理矢理口に押し込んだ美知が、喉に詰まらせて眼を白黒させている。

 「知らない。ケーキ喉に詰まらせてどうなろうが、知ったことじゃないもんね。」

 と、言いながらも美知の背中をさする奈知を見て、私は内心これは面白いことになったと期待に胸を膨らませていた。



     8


 その日、何枚かの送信ミスのファックスのおかげで大残業になった私達。

 「もう、真っ暗じゃない!」

 「もとはといえば課長のせいじゃないの!」

 「あのたれパンダ!」

 などと言いながらもしっかりとケーキ店には足を運ぶ。

 「街灯の明りを見ながら食べるケーキもオツなんじゃない?」

 「美知、あんたはケーキさえ食べられれば満足なんでしょう。」

 「うん、ケーキは別腹だもん。」

 「いつかケーキで胃袋破裂させなさい。あんたは!」

 「それよりもあのニコちゃんだけど・・・」

 それまで、二人のやり取りを黙って聞いていた奈知が、ボソッと呟いた。

 「なんでニコちゃんっていつも背中を向けているんだろう。」

 「えっ。」

 言われて初めて気が付いた。奈知の言う通り、マスコットのニコちゃんはいつもこちらに背を向けている。

 「それが気になっていたの。ちょっと失礼。」

 奈知はそう言うと、ニコちゃんに近づき、

 「んしょ。」

 と、マスコットを半回転させた。そして、

 「あぁ、やっぱり。」

 と、放心したような声を上げた。

 「やっぱりって、何がどうしたのよ。奈知。」

 と、私達も奈知に近づき、そして息を飲んだ。いつも大きな舌を出して愛嬌を振りまいているはずのニコちゃんの顔には、目も鼻も口も無く、そこに描かれていたのは子供が描いたようなへのへのもへじ!

 「奈知・・、これは。」

 私も美知も言葉も出ない。

 「やっぱり。」

 「奈知!やっぱりってどういうこと!説明して!」

 奈知は黙ったままだ。

 その時だった。

 「ちょっとすみません。大きな声も出してどうしたんですか。」

 と、奥から出てきた店主のサチエさんは、店内の様子を見ると、

 「そうですか。あなたたちもこれを見てしまったんですね。」

 と、何故かこちらに背を向けて小さな声で呟いた。

 「サ、サチエさん、何故もへじ太郎・・じゃなかった、花子・・じゃなかった、もへじニコちゃんがこんなとこにいるの!」

 「あなた達が見たもへじって・・こんな顔をしてませんでした?」

 と、ゆっくり振り向いた。その顔

には目も鼻も口も無く、そこに描かれているのは子供が描いたようなへのへのもへじ。

 店内の灯がふっと消えた。

 「奈知!」

 私と美知の絶叫が店内に響いた。


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