6,エミリさん。
絶壁をのぼりまして、吊り橋状まで戻ります。
この絶壁のぼりは厳しく、何度もずり落ちては、残酷なまでに落下したものです。
この『いくら登っても、登っても、その努力が水の泡となる』落下の連続。
言いようのない快感に打ち震えていましたが、ついに登り切ってしまいました。
せっかくなのでまた一からやり直したいものですが、そういえばボードさんのことを忘れていましたね。
さっそく、洞窟内を進もうとして、後ろから声をかけられました。
「待って」
「はい?」
振り返りますと、赤い髪を長くのばした、とても可愛らしい少女がいらっしゃいました。
さて、このかたとどこかでお会いしたことがあったでしょうか?
「この先は危険よ。リザードマンたちがいるわ。それも、通常の個体とは力が違う、強い個体が」
「はぁ」
それで思い出しました。このかたは、先ほど心地よさそうに蛆虫していた方ではありませんか。もしかすると余計なことかもと思いつつ、《ゴッドヒール》で肉体再生したのですが。
あのときは意識を失われたままだったので、わたくしと面識があることは知らないのですね。
「でしたらあなたこそ、引き返したほうがよろしいのではありませんか?」
「そうはいかないわ。あたしは、仲間の仇をとらなくちゃいけない。たとえ、死ににいくようなものだとしても。それでも、あたしは仲間たちのために戦わないといけないのよ」
先ほど、あそこまで痛めつけられたというのに、またリザードマンたちのもとに戻ろうとするなんて──さては、このかた、マゾヒストですのね!
変態ですわ。
『いや、それは違うだろう。愚かではあるが、貴様と同類ではないぞ。それだけは言い切れる。』
と、わたくしの脳内に〈獄神剣〉さんの声が響きました。
わたくしの考えが分かるようです。
つまり、わたくしの思考はつねに〈獄神剣〉さんに見られている、プライベートはなく、すべてが赤裸々に。なんだか、ぞくぞくしてまいりました。
「では、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
と、わたくしは彼女に言いました。
「別にいいけれど、本当に死ににいくようなものよ。そこは自己責任でお願いするわね。少なくとも、あたしは同行を頼んだりはしていないのだから」
「はい、承知しております。実は、わたくしのお友達も、リザードマンたちに捕まってしまっていまして。ええ、もうかれこれ30分ほど前に」
「そうなの。それは……お気の毒だけれど、もう生きてはいないでしょうね」
「あら、そうですの?」
ボードさんが、どれほどの苦痛の中で死を迎えたことかと思いますと、羨まし……………………ではなく、心が痛みます。
「ああ、そうそうまだ名乗ってなかったわね。あたしはエミリよ。ジョブは〈ランサー〉。だけど装備していた槍は、リザードマンたちに取られてしまったの……
あたし、ズタボロになるまで痛めつけられていたのに、気づいたら回復していたのよ。こんなこと信じられる?」
「ええ。わたくしが回復いたしましたので」
「……あんた、つまらない冗談を言わないでくれる? すると、あんたのジョブは〈ヒーラー〉なわけ?」
かつては〈ヒーラー〉の最上位ジョブ〈セイント〉でしたが、いまは無職ですので。
「いえ、無職です」
「つまり、マナの力を得ていない、というわけ? そう、あんたが戦力にならないことは分かったわ。それでもこの先に進もうというの?」
「はい」
リザードマンたちにまだまだ満足いくまで痛めつけられていませんので。
エミリさんは、どことなく誤解された様子で言います。
「そう。友達を助けるため、命を懸けるというのね。それって無謀というのだけど、それでも気に入ったわ。あんた、名前は?」
「サーリアと申します」
「ねぇ。気になっていたんだけど──あんた、無職というわりには、変な剣を持っているのね。鞘もないし、すごく刃は錆びれていて、戦闘で役に立つとも思えないけれど」
わたくしの脳内で、〈獄神剣〉さんが、
『なにを抜かすかぁぁぁこの小娘がぁぁぁ!!』
とお怒りです。
『サーリアよ。この小娘に、わしを持たせるのだ。さぁ、早ようせい』
〈獄神剣〉を持つと、肉体が朽ちて滅びます。この焼けるような激痛、いまもわたくしの肉体を苛んでおります。抑制するため常に《ゴッドヒール》を使うことで、肉体維持しているわけですが。
ふむ。エミリさんは、あまり苦しいのがお好きではないようですので、〈獄神剣〉をお渡ししないほうがよさそうですね。
「お断りいたします」
「え、なにが?」
「いえ、こちらの話ですわ、エミリさん」
「ふーん。まぁ、いいわ。行きましょう。あたしとあんた、即席パーティね。きっと長生きはできないでしょうけれども」
「あら、そう思いますの?」
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