5,『では痛みが欲しいか?』。
洞窟を進むと、天然の吊り橋状になっているところに出ました。
この吊り橋の下は、まさしく奈落の底という感じです。
ボードさんがおっかなそうにその奈落を見下ろしています。高いところが苦手なのかもしれません。わたくしは高いところから落ちる喜びを想像するだけにとどめて、先へ進むことに集中しました。
この先にわたくしにとってご褒美が待っているのですから。
われわれが吊り橋の途中まで進んだところ、前方からリザードマンが数体現れました。なんとも急襲という気迫もなく。ただ散歩の過程で現れたようにして。とはいえ、このリザードマンたちは間違いなく急襲部隊なわけです。
彼らが引きずってきた樽の中には、岩がつめこまれていまして、それを次々と投げてきます。
うーむ。ただ岩を投げる。しかし、これがなかなか効きますね。まずわたくしたちもボードさんも盾を装備していません。防御力をあげる固有技の手持ちもありません。しかも狭い吊り橋上にいて橋の下に落ちたらそれまで、という極限の状態です。かくして回避するのも難しいわけですね。追い詰められている……ぞくぞくしますね♪
「なんてこった! どうするんですかい、サーリアさんよ!」
「強行突破いたしましょう。ボードさんは、わたくしに続いてください」
「防御可能なんですかい?」
防御? なぜ防御などする必要があるのでしょう。自然と足取りも軽くなります。投げつけられる岩が、わたくしの全身を強打いたします。顔、胸部、腹部などなど。
着弾とともに走る激痛♪
リザードマンの強肩が投擲した大岩は、下手な槍使いの攻撃よりも威力があります。ボードさんの盾になることができて良かった。
吊り橋を渡り切ると、わたくしはさすがにその場に倒れました。ボードさんの声がしますが、あいにく眼球はふたつとも潰れてしまいましたので、何も見えません。そもそも顔面に叩き込まれた大岩の数々によって、いまや原型もとどめていないことでしょう。呼吸するたびに全身が激痛で悲鳴をあげます。甘美なる悲鳴を♡
《ゴッドヒール》で全再生し、ボードさんを見やると戦闘が繰り広げられていました。ボードさんが〈ファイター〉の固有技 《ブレイクアタック》で一体のリザードマンを蹴散らします。
ところがその背後から、別の個体がぬっとあらわれました。
あら。あれはリザードロード。いわばリザードマン種の最上位個体であり、そこまで進化するのは珍しいのです。少なくとも、こんなところでお目にかかるものではありませんね。〈牙突の天〉にいたころに何度か、最高難易度のダンジョンで見かけたことはありますが。
このリザードロードは、大剣クレイモアを両手に握り、ボードさんへと必殺の一撃をくわえようとしています。
さて。さすがに死んでしまった者は生き返らせられません。ボードさんを助けるのと、わたくしの尽きることのない欲求。このふたつの目的が合致した行為こそが、クレイモアの斬撃軌道へ飛び込むことでしょう。
刹那。リザードロードが振るったクレイモアが、わたくしの胴体を一刀両断にしました。あぁ…………素敵。
ボードさんが叫びました。
「ああぁぁぁあ、なんてことだぁぁぁ!」
死ぬ紙一重で《ゴッドヒール》を発動し、上半身と下半身をつなぎ合わせます。脊髄の再接続は、少々手間ですが。
リザードロードがわたくしを見下ろして、人間の言葉を話しました。
「〈せいんと〉。回復スルモノカ。キサマハ、セッカクニンゲンヲコロシテモ、ヨミガエラセル」
「いえ厳密には、致命傷を回復するだけですが」
「貴様ハ、危険ダ──次ハ、イキノネヲトメル」
痛みと苦しみを与えてくれるかわりに、即死させるつもりのようです。それは困りましたね。嬲っていただけないと、困ります。
そのときです。
どこからともなく声がしてきました。
『力が欲しいか?』という問いかけが。
いえいえ、そんなものはいりません。まったくもって。
『では痛みが欲しいか?』
痛み。なんと蠱惑的な響きでしょうね。しかしこの声は、いったいどこから? 奈落の底からでしょうか。
『われを手に取れ。力も痛みも、苦しみも強さも、貴様のものとなるであろう』
「ボードさん、わたくしを求める声がします」
「お、おい、いまは逃げるんだ! まさか、あんな上位個体が潜んでいやがったなんて!」
ボードさんがわたくしを抱えて、吊り橋へと逆走します。リザードロードは動かず、配下のリザードマンたちが追いかけてきます。わたくしは理解しました。ある程度の強さがないと、嬲られるのも難しいということが。
むろん、向こうが嬲る気になっていただけたら別です。しかし今のように、わたくしの白魔法を脅威とみなし、即死策に出られたら、わたくしにはどうしようもありません。
力が、必要です。
長時間にわたって虐められるための力が。嬲られるためには、嬲る力が必要なのです。この矛盾の苦悶さ♡
わたくしはボードさんの手を振りほどき、奈落の底へと落ちていきました。
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