4,蛆虫ではありません、女性です。
さて、〈ガルダ洞窟〉にまいりました。
この洞窟、複雑にからみあっているためか、定期的にモンスターが住み着いてはダンジョン化してきたようです。入口から中を覗きますに、まず天然なダンジョンだけあってとても暗いですね。わたくし、《ライト》の類の魔法は使えませんし、〈ファイター〉のボードさんも同じでしょう。ですが、この一寸先が闇の中、いつ闇討ちされるかもわからない状態で進むのもゾクゾクして、おつなものがあります。
「では、進みましょう」
「まってくださいよ、魔女さん。そこに松明用の木や松脂が用意されていますぜ」
「あら、そうでしたか。あと魔女ではありません、サーリアです」
松明に火をつけまして、真っ暗な洞窟を進みます。超知性種族が創ったダンジョンとは違って、天然のダンジョンはシンプルなものです。それでも迷路然とはしていますが、〈無限迷宮〉のように秒単位で内部構造が変わるわけでもありませんし。しばし進むと、こもった洞窟内に血の匂いがし始めました。
「お、おい、サーリアさん。ここで引き返すって選択肢はないんでいか?」
「ボードさん。ここからが本番ですのに、こんなところで引き返すのですの?」
やがて足元に、何かが転がっていました。松明の灯りが照らすぎりぎりの範囲内に、巨大な蛆虫のようなものが。ワームの類のモンスターでしょうか。通常モンスターは、他種の縄張りには入らないものですが──テイマーでも裏にいるなら別ですが、今回の案件にそのような要素はありませんし。
あら、これは蛆虫ではありません。
人間でしたね。両足を切断され、両手だけでなんとか這っている人間です。
おそらく女性でしょう。『おそらく』というのは、頭部が半分ほど潰れて、原型を留めていないからですが。
「ひぃぃ、なんだこれは!」とボードさん。
わたくしより遅れて、ボードさんも気づきました。ボードさんはわたくしの後ろにいましたので、気づくのにワンテンポ遅れたのでしょう。
「し、死んでないんですかい、サーリアさん? こんな頭部が破壊されているというのに、どうして這っていることができるんですかい?」
「まともな意識はもう残っていないでしょうね。いまこの方を動かしているのは、動物的な本能でしょう。何かが彼女を突き動かしているのです」
わたくしたちが眺めている間も、微々たる速度で這ってきました。御覧なさい。この人間性をはく奪された姿を。
あぁ、なんて羨ましいことでしょうか。しかし、わたくしも常識人です。ほとんどの人間は、わたくしのように虐められるのが好きでないことくらいは、理解しているつもりですよ。
ボードさんが右の拳を固めます。
「ボードさん、なにをされようというのです?」
「この人を楽にしてあげるんですよ」
「はぁ。もしや、殺すおつもりではありませんよね? ボードさん。わたくし、たしかに〈セイント〉は引退しましたが、それでも元回復担当の端くれ、殺人を見過ごすことはできません」
「ですがね、このまま生かしておくのは気の毒でしょうが」
「仕方ありませんね。聖杖はありませんが──この松明をそのかわりにしましょうか」
松明をかかげ、《ゴッドヒール》をかけます。まず簡単なところから、切断されていた両足を再生します。ここからが難しい。人間の臓器において最も複雑怪奇にして精緻なる脳味噌の修復をしなければなりません。感情野や記憶野に間違いがあると、たとえ脳が戻っても人格が変わってしまいますし。集中いたしましょう。
「《ゴッドヒール》!!」
女性の脳が修復され、あとは簡単です。頭蓋骨、皮膚と回復。潰れていた眼球と、グチャグチャになっていた顔面も修復。引きちぎれていた舌と、へし折れていた歯も戻しておきます。ついでに、今回の損傷以前からあった虫歯も治療しておきましょう。
ボードさんが息をのみまして、
「き、奇跡だ……」
「いいえ。ただの白魔法です。ほとんどの人間は使えない、というだけで。真の奇跡とは、天使族しか使えぬ死者蘇生の魔法の《レイズ》のことを言うのですよ。わたくしも一度しか使えたためしがありませんが」
女性は復活しましたが、まだ意識は戻っていませんね。
さて。この女性が、例のリザードマンたちに虐め抜かれたのは間違いありません。この女性を生かしたまま放置したのも、トドメを刺すより面白いと思ったからでしょう。なんというサディズム精神。話があいそうです。
「この女性が這ってきた方向に、リザードマンたちの巣があるようですね。ボードさんはここでお待ちください」
「いいえ、サーリアさん。俺は山賊なんかに落ちぶれちゃいましたがね。それでも、許せねぇ一線はあるんです。リザードマン退治、最後までお付き合いしますぜ!」
この方は、なにをおっしゃっているのでしょうね。
「退治? 退治すると、誰が申しましたか?」
「は、い?」
わたくしはつい、だらりと舌をたらして、だらしない顔をしてしまいます。
「わたくしはただ、ただ徹底的に虐められにいくのですからね──」
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