35,安らかな死ー。
ヤシダ神殿の地下ダンジョン入口は、すっかり閉ざされているようです。
それ以上に興味深いのは、その入口付近には、多数の亡骸が転がっていることでしょうか。
それらの犠牲者が、どのように気持ちよく死ねたかは分かりませんが、ひとつ確かなのはだいぶ経過しているということでしょうか。白骨化が進んでいますし。
それらの死体の向こうには、漆黒の扉がどーんと構えているわけです。この扉以外にも行くルートはあるかもしれませんが、正攻法で進むのが無難というものでしょう。
わたくし、エミリさん、ボードさんの三人は、その扉から少し離れたところで、ひとまずの待機状態となっていました。
「うーん。これ、絶対に罠が仕掛けられているのよね。あの白骨化した死体は、扉を開こうと不用意に近づきすぎて、なんらかの罠であーして死んだわけよね」
「わたくしに、お任せてください♪」
「……意気揚々ね、サーリア。だけど、そうね……ここはお願いしていいかしら?」
「当然です♪」
ボードさんが慌てて、
「あ、まってくださいよ、サーリアさん。場合によっては、その場で無限に死ぬトラップかもしれませんぜ」
「え、そんな素敵なトラップでしょうか?」
「まぁ知りませんけども、念のため引きずることができるように、このロープを腰に巻いてくだせぇ」
ボードさんが用意していたロープを腰に巻きまして、わたくしは入口へと歩み始めました。白骨死体からは死因は特定できないため、どのような地獄の痛みとともに死んだのかは分かりません。
ああ、どんなエグい罠が仕掛けられているのか。
わくわく。
漆黒の扉の前に立ちました。ふむ。まだ何も起きません。
さては、この封じられた扉を開けようとしたとたん、えげつない罠の数々が──なんでしょう。眠たくなって、きまし、た。
静寂のなかの暗闇。それは死の世界。死の世界………………………………
ハッとして、復活魔法で蘇ります。
ちなみにこれは死ぬことがキッカケとして発動しますので、ある意味では、パッシブスキルもいえましょうか。
死んでいるあいだにロープで引っ張られたようで、エミリさんとボードさんのところまで戻っていました。
「いまのは、安らかな………死? そんなもののために、わたくし生きてきたのではありません」
エミリさんが困った様子で、
「涙目で訴えられても困るのだけども?」
「ふーむ。どうやら、このトラップは黒魔法最高格たる《デス》と同じもののようですね」
「《デス》? それって、防御不可の完全なる即死魔法よね? そんなチート魔法、使える人なんて見たこともないし、噂だって聞いたこともないわ。あ、だけど、サーリアの《レイズ》もそうだっけ。死を超越する魔法も、問答無用で殺せる魔法も、チートの世界」
実際のところ、《レイズ》で復活できるのはわたくしだけですし、《デス》で殺せる効果範囲も限られてきますけども。
「いえ、そんなことよりも、《デス》の最悪の点は、それが安らかな死ということです。苦しみも痛みもない。快楽がない死なのですよ!」
「だからそんなことを涙目で熱弁されても困るのだけど? そんなことより、どう回避すればいいのかしら? サーリアだから良かったけれど、あたしかおじさんだったら、もう人生終了ゲームオーバーだったわよ」
「ええ、現在のところ《レイズ》は他者には使えませんし、《デス》は即死ですので」
「あれ。ちょっとまって。おじさん!」
「お、おう」
と動じた様子のボードさん。
「おじさんは、冒険者時代にここの地下ダンジョン探索をしていたはずでしょ? どうやって、地下ダンジョンに入っていたのよ?」
「あーー。そのことなんだが、実は言い間違いがあってだな。おれのパーティは参加していたんだが、おれは参加していなかったんだ。そのー、酒の問題があって、だな」
ジト目のエミリさん。
「それ、言い間違い、とは言わないでしょ」
「あー、おれにも黒歴史というのはあるんだ」
「すべてでしょ、おじさん。もうすべてが黒歴史でしょ」
「たいていダンジョン入口のトラップというのは、難題パズルを解くと解除されるものです。いったん解除しても、一定時間で元に戻ってしまうものですが──パズルの回答は同じですので、冒険者ギルドではそのような知識の集積があります。正式クエストだったならば、事前に教えていただけるのですがね」
わたくしが指さしたほうには、数字のパズル盤がありました。
正しい並びの七桁の数字パネルをはめることで、《デス》のトラップが解除されるわけです。
エミリさんが固唾を呑みまして、
「あたし、苦手なのよね、パズルって」
「正解かどうかは、どうすれば分かるんですかい、サーリアさん?」
「トラップが起動いたしません」
「ああ……なるほど」
「正答かどうかは、わたくしが扉を開けて試してみます。わたくしでしたら、いくら死んでも問題ありませんので」
エミリさんが申し訳なさそうに、
「ありがとう、サーリア。気落ちした様子なのは、これから何度も死ぬことになるから?」
「いえ、それが苦しみという快楽のない死だから、です」
「まぁ、だと思ったわ」




