31,ダークドラゴンさん。
ドラゴン種の火炎は、より強力な対抗策でなければ消火することはできません。
わたくしの《メディク》でも難しいでしょう。
となると、ドラゴンの火炎は、この身が灰になるまで、わたくしを焼きつくしてくださるわけです。ああぁ、そのときの痛みと絶望は、どれほどわたくしの心を快楽で染め上げてくださるのでしょうか。わくわくです。
「サーリア。わくわくしているところ悪いけれど、この近くにドラゴンは現れていないわよ。ドラゴン──モンスターの食物連鎖においてトップに君臨する生命体。その数はいくつかあるけれど、少なくとも亜種のワイバーンでもなければ、その力は揺るぎない……そんなものが現れていたら、とっくにギルドが察知しているはずだし、SSRランククエストとして発注がかかっているはず。だけど、そんな気配はまったくないわ」
エミリさんの指摘ももっともです。しかし、この食堂の片隅で密談していた方々の会話にも、一種の信憑性はあります。ダークドラゴンとは、ドラゴン種の中でも、最も隠密性に長けたタイプ。町村を破壊した、などのことを向こうから仕掛けてこない限り、ギルドの情報網さえもすり抜けている可能性はあります。
わたくしは低い声で、密談を耳にしたことを明かしました。エミリさんは、自然な形で視線を、密談者たちのほうへと向けます。
それから、ビールをちびりと飲みました。
「う~ん。怪しいわね。ドラゴンが出たのに、どこにも報告しないというのは?」
「こっそりと鱗を採取したいからでしょう。確かにドラゴン鱗は、素材としても特上品ですもの」
「それでサーリアは、どうしたいの? ドラゴンに焼かれたいというけれど、あたしも、そうそうオーケイは出せないわよ。いくらサーリアの性癖を知っているからといっても、相手がドラゴンじゃね」
わたくしも、こちらのエミリさんというかたが、だいぶ分かってきました。エミリさんの性格を利用するのは、いくらか心苦しいのですが、わたくしのことをドラゴンが待っているのです。よって利用させていただくとしましょうか。
「ダークドラゴンの隠密系アビリティは、かの〈アサシン〉にも匹敵するといいます。ですから被害が発見されにくい。たとえば町村ひとつを消し飛ばせば、さすがに発見されるでしょう。ですが、これが小規模なキャラバンとかだったりしたら、どうでしょうか? または新天地を目指して旅をしている家族の幌馬車だったりしたら? 彼らが犠牲となり、灰になるまで焼かれるにせよ、丸のみにされるにせよ、ドラゴン被害の痕跡は残らないでしょう。仮に、ダークドラゴンがいるのだとしたら、一日でも早く討伐しなければ。犠牲は増えるばかりですのよ」
「そ、そうね。そのことは考えてなかったわ……だけどサーリア。ダークドラゴンが本当にいるとして、ちゃんと討伐する気はあるんでしょうね? あなたの目的って、ドラゴンにいたぶられることじゃないの?」
「ええ。わたくし、ドラゴンにいたぶられたいですわ。自分の欲望には正直ですの。ですが、お返しはちゃんといたします。いたぶっていただけたら、こちらも同じようにしてあげないと。それに、わたくしも無実のかたがたが、ドラゴンの犠牲になるのを良しとはしません。ですから、答えはイエスですわ。ちゃんと、ダークドラゴンを討伐いたします」
頭の中で、『たっぷり痛めつけていただいてから』と付け加えておきましたが。
これは嘘をついたわけではありませんものね。エミリさんは深い溜息をつきまして、
「サーリア。あなたの覚悟──みたいなものは分かったわ。それにあなたの言うとおり、ダークドラゴンが野放しになっていて、まだ冒険者ギルドも騎士団もそのことを掴んでいないのだとしたら、あたしたちがなんとかしないといけないわね。まぁそもそも、この〈被虐願望〉のリーダーは、あなた。あなたに最終決定権があるわけだし……このパーティ名を決めたときのように」
「恐縮です」
「まぁ、おじさんがどう反応するかは──これは分かり切っているわね。絶対に反対するでしょうけども。相手がドラゴンだもの、無理はないわ。リザードロードが雑魚に思える強敵中の強敵ですものね」
その後、わたくしたちはボードさんを見つけました。酒飲みのボードは、本格的な酒場に移動していたのです。ですがまだ、判断力が鈍るほど酔ってはいませんでした。ところがダークドラゴンの話を聞くと、
「なるほど。そいつは大博打だ。ですがサーリアさん。オレも男だ。やりましょう! つっても、酒が抜けてからにしたいもんですが」
「ご安心を。密談されていた方たちも、今夜は動かないでしょう」
それで安心したのか、ボードさんがウイスキーのお代わりをしました。拍子抜けした様子のエミリさんと、その酒場を出ます。
「意外だわ。おじさん、絶対に反対すると思ったのに。だってドラゴン狩りよ? けどサーリアは、おじさんが了解すると読めていたようだけども、どうして?」
「うふふ。ボードさんは、かつては盗賊だったのですよ。そしてドラゴンの鱗が、どれほど高価で売買されていることでしょうか」
エミリさんは飽きれた様子で、「あー、そういうことね。やれやれ」




