30,うーつ。
〈被虐願望〉を結成してから、10日ほど計画しました。
わたくしたちは新たなクエストを求め、次なる地に向かった──のですが、どうもここのところ、クエスト日照りらしく、これという案件がどこにもないようです。
考えてみますと、ここいったいは王都付近。
王都にはSランク以上のパーティがごろごろいますので、これというクエストはすべて、彼らにオーダーされてしまうのでしょう。
となると、われわれのような無名なパーティのもとには、そうそうクエストが降りてこない。それに王都付近の治安維持は必須ですので、何かあれば聖猟騎士団も出張ってくるわけです。
そう考えると、立て続けにリザードロードとグール事件に遭遇できたわたくしは、幸運でした。まるで台風で根こそぎにされるような、素晴らしい時でしたのに。いまは快晴。何ら事件は起きらず、とても退屈なのです。
「………………はい?」
「サーリア。なんだか元気がないわよ?」
「……そう、でしょうか?」
「って、サーリア、あんたなにしているのよぉぉ?!!」
「は、い?」
視界が片方しかないので、エミリさんの表情はよく分かりません。しかし視界の片方はどこにいったのか。
「……サーリア。あんた、だって、スプーンで、シチューを食べていたスプーンで」
「はい?」
「……右目をえぐっているわよっ!」
ふむ、どうりでスプーンの上に眼球が、あ、いまシチューに落ちましたね。
「わたくし、ここのところうつかもしれません」
「というより、ただの右目をスプーンでえぐる変態なのでは? ここ公共の食堂なのよ。場所をわきまえて、サーリア」
「心が沈む一方です。ああ、なぜ誰も、わたくしを虐めてくださらないのでしょうか? わたくしは、こんなことのために生きているのではないのです。先ほども宿に入ろうとしたら、親切なかたが、わたくしのかわりにドアをあけてくださいました。わたくしが荷物をもっていましたので」
「そう、良かった、わね?」
「いいえ、わたくしはそういうのは、求めていないのです! わたくしは、わたくしの前でドアをぴしゃりと閉じていただきたい。足を引っかけて転ばされて嘲笑われたいのです。どうもここのところ、わたくしは善人にしか会っていません。善人ばかりです。しかし人間の性根は腐っているはずでしょう?」
「うーーーん。それは、けっこうな偏見だと思うわよ」
「性根が腐っていないのですか? いよいよ、わたくしは不幸です。ああ。わたくしはもう生きてるのが嫌になりました」
「………………サーリア。いいわ、あたしたちは友達だものね。友達ならば、友達の悩みを解決してあげないと。そうでしょう? ちょっと待ってて」
そう言ってエミリさんはいったん立ち去りました。
わたくしは右目を《ゴッドヒール》で再生してから、なにげに増えたパッシブスキルを確認しておきます。
これまでは《MP回復》と《MP補填》だけでしたが、これだと〈獄神剣〉の技にまでMPを使えなくなります。
というのも常時を使用している身(〈獄神剣〉による呪いを抑制しているためです。ですので、右目を再生するなどするときは、《ゴッドヒール》にさらに《ゴッドヒール》を上乗せしているわけですね)。
そこで新たに会得したのが、シンプルな解決策、《MP節約》。
これのおかげで、莫大にかかる《ゴッドヒール》のMP消費を半分まで抑えることができます。
ほかの白魔法についても含まれますが、あいにく〈獄神剣〉の技で消費するMPまでは減らすことはできません。
とにかくこれで、MP枯渇問題をだいぶ解決できたのではないでしょうか。
ふむ。食堂の後ろのほうの席で、男のかたが二人、密談していますね。ですが密談するならば、ささやき声はおすすめしません。意外と遠くまで聞こえるものですので。
そして、その会話には──
「ドラゴンの鱗は高く売れる。そうだろ?」
「だがドラゴン狩りなんてものは、命がけだぜ。ましてや、ダーク・ドラゴンなんてよ。討伐難度はSどころの話じゃない」
「だからこそ、その鱗は高く売れるんだろ? なにも殺せという話じゃない。鱗を一枚、えぐってくるだけだ」
エミリさんが槍を持って戻ってきました。わたくしに向かって穂先を向けます。
「い、い、いくわよ、サーリア。その身体を貫く、貫くわよ……うううう。求められているからといって、友達の身体を槍で突くなんて、あたしには、だけども、サーリアのためには……」
「あら。これでは、嫌がるエミリさんに暴力を強制していることになるので、わたくしには何ら悦びはありません。ですが、お気持ちだけは受け取っておきますね」
「サーリア──あなたも立ち直ってくれたのね?」
「立ち直るもなにも、わたくしはただ停滞していただけです。ですが、いまわたくしは、心から喜びを感じられる道を見つけましたよ」
「え、それは?」
「ドラゴンに生きたまま焼かれましょう!」
「……………ドラゴン退治と、せめて表向きは、ドラゴン退治と」




