3,リザードマンさん。
「ももも、も、申し訳ございませんでした! もう二度としませんから、どうか、命だけはお助けくださいぃぃぃぃぃぃぃ!!」
と、ボードさんは土下座して謝罪されるので、わたくしとしても困りました。
そもそもお命を助けたばかりだというのに。このままボードさんを解放すると、わたくしについてあらぬことを噂されるかもしれません。魔女だとか。それでは山賊遭遇率ががくんと下がってしまいます。本意ではありませんが、
「ボードさん、お命は助けますから、しばらく同行してくださいませ」
「お、お、おれを下僕にされるんで、魔女どの?」
「ですから魔女ではありません。かつては〈セイント〉ジョブでしたが、転職したところです。転職しても、ベースジョブ・アビリティは引き継がれますので、《ゴッドヒール》を使用できたというだけでして」
「はぁ。しかしサブ用のバトルジョブの解放にはマナの祠が必要では?」
「あら、そうでしたの? とりあえず、わたくしは魔女ではない、ということはお分かりいただけましたね?」
「あのー。いったい何に転職されようと?」
「厳密には考えていませんが、《挑発》アビリティを使えるジョブが良いのです」
「はぁ…………あの、それでおれにどうしろと?」
「とくに求めることはありませんが、しばし同行していただきますよ。これより〈ガルダ洞窟〉に向かいます」
〈ガルダ洞窟〉と聞いたとたん、ボードさんが真っ青になりました。まぁ、すでに顔面蒼白でしたので、変化は微々たるものですが。それでも顔色が変わったのは事実ですね。
「ボードさん、どうかされましたか?」
「〈ガルダ洞窟〉にはいま、リザードマンたちが巣くっているんですぜ。外来種のリザードマンが」
「リザードマンの群れが〈ガルダ洞窟〉に住み着き、いわばダンジョン化したことは知っていますよ。ところで外来種とは?」
「つまり、この王国領土の外から来たリザードマンということです。王国領土内のリザードマンだと、討伐難度はせいぜいDランクですがね。外来種──まず〈魔弩域〉から来た群れなんですが、これだと討伐難度はAランクまで跳ね上がります」
「お詳しいですね?」
「実は山賊に落ちぶれるまでは、おれも冒険者をしていましてね。ジョブは〈ファイター〉でした」
「いまもアビリティは使用可能なのですか?」
「まぁ使えるっちゃ、使えるんですが」
「でしたら、先ほどわたくしに使ってくださればよかったのに」
「え……」
絶句するボードさん。
わたくしは一考いたします。〈牙突の天〉にいたころは、外来種などは気にしたことはありません。とはいえ〈牙突の天〉は天災級のモンスター討伐が主だったので、いちいち外来とか気にする必要もなかったのかもしれませんね。
「では、〈ガルダ洞窟〉に参りますよ」
「……あの、魔女さま。おれの話、聞いてたんですか? ランクAですよ、ランクA。それを知らずに、バカな雑魚パーティが入り込んでいたら、いまごろ絶賛皆殺し中ですぜ」
「わたくし、殺されにいくのではありません。ざくざく痛めつけられるためにいくのです。あぁぁ」
恍惚の溜息をついてから、わたくしはひとつだけ言っておきました。
「わたくしの名はサーリアですので、そうお呼びください。前〈セイント〉、いまは無職のサーリアです」
※※※※
~〈ガルダ洞窟〉最奥~
エミリは死を前にしていた。
数時間前までは、エミリは6人のパーティで、この〈ガルダ洞窟〉に入った。クエストはリザードマンの群れの討伐。難度は群れの規模にもよるが、それでもD程度。楽勝とまではいかないが、無理なクエストではなかった。
だからエミリたちは、自分たちのパーティランクを上げるためにも、進んで向かったのだ。
エミリたちには夢があった。〈牙突の天〉のような王国全土に名を轟かせるパーティになるという。だがその夢を見た仲間たちは、一人を残してすでに殺されてしまっていた。血まみれの最奥地では、身の丈8メートルのリザードマンが立っている。
よく分からないが、リザードマンの上位種のようだ。しかし、こんなタイプは見たことがない。通常のリザードマンよりでかく、俊敏で、何よりアビリティを使う。そんなタイプのリザードマン上位個体が、数体、この群れに紛れていた。
エミリのパーティが『捕獲』されたのは、このリザードマン上位個体に刃が立たなかったからだ。そして捕獲されたエミリたちは最奥まで連れてこられた。
ここは解体場だった。すでにエミリの仲間たちは、ここで生きたまま解体されてしまった。
リザードマンたちは、簡単に息の根は止めてくれない。エミリのそばには、解体された仲間の残骸が積み重ねられている。悲鳴がまだ耳に残っている。ボブ、トマス、ケイト……
「エミリ! よく聞け! お前だけは逃げるんだ! お前だけでも──」
裸にされたリョウがひっくり返されて、股にクレイモアが叩き込まれた。そのままざくざくと胴体が両断されていき、内臓が飛び出していく。このあいだもリョウに息はあり、「あぁぁぁあ殺して殺ぜぇぇぇええぇぇぇ!!」と叫んでいた。
「リョウ……」
リョウとは冒険者になって、はじめに組んだ相手だった。二人でここまで仲間を増やしてきたというのに、それもすべて終わってしまう。
「……いえ、まだよ。まだ、あたしがいる、まだ」
だがエミリは逃げようがない。少なくとも走って逃げられない。リザードマンたちがはじめにしたのは、エミリたち全員の両足を切断することだったから。膝のところを、乱暴に叩き斬られてしまっている。
それでも逃げなければ。死んでいった仲間のためにも。這いつくばってでも逃げなければ。
エミリがリザードマンたちに気付かれず這って逃げようとしたとき。ふいに頭に重量がのしかかった。リザードマンの一人が、エミリに気付き、足を乗せてきたのだ。そして体重がゆっくりとかけられていく。このまま頭を踏みつぶすつもりだ!
「や、やめ、て、まっ、て、に、逃げようとしたことは、あ、謝るから、だ、だから、まって、いや、やめ、やめて、やめ、やめてやめてやめてやめてやめてぇぇぇ潰れひゃうからぁぁぁぁぁ!!!」
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