27,肉の塊ふたたび。
わくわく。
わくわく。
アベルさんは斬傷から噴き出す血を片手でおさえ、かみしめた歯のあいだから絞り出すようにして言います。
「なる、ほど……サーリア。君は、少しばかり、しつけが必要なようだ。僕の嫁になるまえに、その奔放な態度を、少しは、あらためてもらわねばならない」
エミリさんがすかさず、
「その発言、すでにストーカーレベルのキモさね」
確かに気持ち悪いかもしれませんが、そんなストーカー気質な人に斬られる、このみじめさもまた、乙なものでしょう。想像しただけでゾクゾクいたします。
「さぁ、いいですよ、アベルさん。このわたくしに悦びを──」
あら──わたくしの右手が、ぽとりと落ちました。
握った〈獄神剣〉さんとともに。
それから右腕が、さらなる崩壊現象を起こし始めます。ぼとぼとと、肉が崩れ落ちていくのです。
もちろん無痛ではありません。わが肉が崩壊するのですから、その痛みは想像を絶するほどです。
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、とろけてしまいます♡♡♡♡
ところで何が起きているかといえば、MP切れのせいで、《ゴッドヒール》を使って〈獄神剣〉さんによる呪いの肉体崩壊を抑えることができなくなってしまったのですね。
パッシブスキル《MP回復》と《MP補填》をもってしても──しかし計算があいませんが。
ああ、そうでした。
固有技発動にもMPは必要とするのでした。《痺斬》、《刃無残》と連続したものですから、そこで一気に消費してしまったのですね。
「…………この何もうまくいかぬ焦慮感も、ある意味では、気持ち、い──」
全身がぼろぼろの肉塊となって、わたくしは死にました。
──エミリ──
好機を逃さない。それがエミリの信条。
サーリアの肉体が崩壊し始めたとき、一瞬、エミリも心底ビビった。
が、すぐに〈獄神剣〉による呪いの話と、《レイズ》とかいう蘇生魔法で復活できることも思い出す。
そして、そんな事前情報を知らない聖猟騎士団隊長アベルは、自分の未来の嫁 (と勝手に思い込んでいるだけだがこの変態は)が、ボロボロの肉塊と化すのを目の前にして、さすがに驚愕し動きを止めている。
この好機だ。
敵は聖猟騎士団の伍番隊隊長。聞いた話では番号が少ないほうが、より実力もあるという。つまり十ある隊の中で、真ん中というわけ。
冒険者ギルドのランクでいえば、SかSRあたり。
まともにやっては勝てないし、サーリアの一撃を受けて傷を負っている今でも、正面からバトルして勝てるかはかなり微妙。
ゆえに、いまここで不意打ちする。
エミリとしては、どうせなら真っ向から正々堂々と戦いたが、それ以上に──
「負けるのは、嫌いなのよ!! 《ライジングスラスト》!!」
背後からの一撃を受け、アベルが吹っ飛ぶ。
「き、貴様、不意打ちとは、卑怯ではないか!!」
「勝ちゃあいいんだよ、勝ちゃあな!!《ブレイクアタック》!!」
と、これまたアベルの背後にまわったボードの一撃。
「き、きさま、ら──!」
はからずものコンボ攻撃によって、アベルが倒れふした。
意識失った様子だが、まだ息はある。
ボードがトドメをさそうとするが、
「まって、おじさん。さすがに不意打ちしたうえで命までとったら、卑怯でしょ」
「だがよ、こいつはサーリアさんを追ってくるぜ」
「うーん。たぶん、その変態を殺すのは、サーリアだと思うのよね。サーリアがそれを望みそう」
「まぁ、いいだろ。で、肝心のサーリアさんだが──」
二人は、山積みになったサーリアの肉の塊を眺めた。
よくよく見ると、崩壊したといっても原型をとどめているものがある。なかでも不気味なのが、肉塊の上にぽとりと置かれている、サーリアの眼球が一個。
右目か左目か知らないけども。
「…………これ、いつ復活するの?」
「さぁな。まえに〈ガルダ洞窟〉でこうなったときは、だいぶ時間がかかったというがな。その後、新たなパッシブスキルとして《MP補填》とかいうのを会得したから、そうそう肉体崩壊することはない、とか言っていたはずなんだが」
近くからうめき声がした。
ハッとしてみると、先ほどサーリアがスタン効果で気絶させた騎士団員の何人かが、意識を取り戻そうとしている。
エミリは慌てて槍の柄頭で頭を殴って歩き、再度眠ってもらうことにした。
「まずいわね。ここで長居するわけにはいかないわ。おじさんはルーク少年を確保してきて」
「確かあのガキ、まだグールのままじゃねぇか」
「そうよ。だから噛まれないように気をつけてよね。ここにきておじさんまでグール化したら、もうあたしは面倒みきれないわよ」
ボードを送り出してから、エミリは半壊した事務所近くの物置小屋まで行き、運よくシャベルとバケツを見つけた。
その二つをもつと、サーリアの残骸のもとまで戻る。
そして肉塊をシャベルですくっては、バケツに入れていった。
「あたしは一体、何をしているのやら──」
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