23,呪われた剣に選ばれた者が、まともであるはずがない。
わたくしの〈獄神剣〉を見るなり、保安官さんから余裕の笑みが失われました。
「なんだと? それは〈呪われた武具Type〉シリーズか? いや、模造品ということも考えられるが、しかし──本物だとしたら、ありえないことだ」
〈獄神剣〉さんは、意外と有名なのでしょうかね。一目で分かるなんて。いえ、『一目』でもありませんか。何度も保安官さんとは会っていますし、そのたび、わたくしの腰にさがっていた〈獄神剣〉は、目に入っていたはず。
「わたくしに、《ヴェノムタイム》をかけるのですよ、保安官さん」
ところが保安官さんは、なにを誤解したか、
「身代わりになろうというつもりか? だが、そうはいかんな。〈呪われた武具〉の使い手が現れたとなっては、ここから退いたほうが早そうだ。いいか。おれに下手なことをしようとすれば、その槍使いの女が狂い死ぬぞ」
ボードさんが低い声で言います。
「サーリアさん。この男を殺せば、《ヴェノムタイム》を解除できるはずですぜ」
「わたくしに──かけるのです──かけるのです」
誰も身動きをしません。唯一、エミリさんだけが苦しんでいますが、いまや声も出ないようです。舌を噛んだようで、口から血が噴き出ています。
このままだと、危ないですね。残念ですが、こんかいは《ヴェノムタイム》の甘美は、エミリさんだけのようです。
「時間切れです。〈獄神剣〉は固有アビリティtypeⅠ《刃無残》」
〈獄神剣〉を振るい、攻撃範囲の広い斬撃が発生します。
紙一重で回避する保安官さんのそばで、事務所の壁と、目の前の大通りが抉れて破壊されます。
「なんて破壊力だ──まて、分かった。《ヴェノムタイム》を解除する!」
とたん、エミリさんが苦しみから解かれ、安らかな表情となります。
安らか? ああ、エミリさん、もう少し《ヴェノムタイム》を味わっていたかったのでしょうか? だとしたら、わたくし、余計なことをしてしまいました?
「エミリさん。苦しみのたうち、人前で失禁まで至るなんて──羨ましいです……」
「おれは行かせてもらうぜ」
保安官さんが去ろうとすると、ボードさんが飛びかかります。
「逃がすと思ったかよ! 《ブレイクアタック》!」
しかし拳はとどかず、地面に這いつくばらされるボードさん。
重力場を発生させて動きを止める黒魔法の《グラビティ》ですか。
それにしても、あんな無様に地面に這いつくばることを強要されるなんて。
屈辱でしょうね……ボードさん。ああ…羨ましすぎます!
なぜ、誰もわたくしを虐めてくださりませんの?
「いいか。おれは行くぞ」
「いえ、そうはいきません。保安官さん。あなたのジョブは、〈エンハンサー〉ですね。黒魔法系統の上位ジョブだと、〈ウォーロック〉と肩こそ並べます。しかし戦闘系の黒魔法を多数会得でする〈ウォーロック〉と違い、〈エンハンサー〉はバフデバフ系統に偏る。パーティに一人いると重宝いたしますが、ソロでの戦闘は向かないはず。ですので、わたくしと〈獄神剣〉とは戦いたくないでしょう」
「だから降参しろってか?」
「いえ、いえ。わたくしを止めたかったら、《ヴェノムタイム》をかけるしかありませんよ?」
「……《ヴェノムタイム》を使え、だと? 正気とは思えんな。何か罠がありそうだ、が──仕方ない、試してみるか!」
来ました来ました来ました。
全身を貫く激痛、すべての血液が沸騰しているようですわ。
これは、これは正気を失ってもおかしくないのです。失禁も、失禁も──ああ、くっ、膀胱がからでした。膀胱がからでは、出るものが出ません。
だけど、これは、いいいいいいいいいいいいいいい♪♪♪♪♪♪♪
「わ、訳がわからん。《ヴェノムタイム》の地獄で、恍惚としていやがる。だが、そうか──呪われた剣に選ばれた者が、まともであるはずがないか。では、おれは行くとしよ、ぐぁぁぁあああぁぁ!!!」
保安官さんの右脚が、斬り飛ばされたのです。
はい、わたくしが〈獄神剣〉で両断したのですわ。
「いけませんよ、保安官さん。ともに痛みを味わいつくそうではありませんか? それに、あなたにはまだ、グール因子に《プロテクト》をかけた理由を聞かねばなりませんし」
「《ヴェノムタイム》の中で、まともに思考し、動けるだと。信じられん」
「さぁ、保安官さん──」
ふいに、わたくしの右手──〈獄神剣〉を握っていた右手が、その手首から切断されました。
あら、見えない斬撃ですの?
一人の、あらたな男のかたが現れています。長身で、中性的な顔立ち。
わたくしの右手を切断したはずの剣類は装備していませんね。氷のような眼差しで、保安官さんを見ます。
「ディード。遊んでいる場合か?」
「おお、いいところにきたな」
それから、その男の人はわたくしを見やります。蛆虫を見るような、汚物をみるような、そんな汚らしいものをみる眼差しで。
「なんだ、この雑魚女は?」
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ♪ なんて素敵なかたですの? わたくし、このかたと結婚しますわ♡
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