22,地獄の痛苦。
「この建物は、なんでしたか?」
「え、サーリア。気づいてなかったの?」
「そんな簡単なことを分からないわたくしを、無知蒙昧の白痴のクソ女と罵りますのね?」
「……本当は、分かっているんでしょ?」
というわけで保安官事務所に入りました。
留置エリアの檻の中に、ルーク君が倒れています。まだ死んではいないようですが、だとすると、なぜ生かしているのか。
わたくしたちの背後に、保安官が現れます。コーヒー片手に、とくに警戒した様子はなく。
しかし気配は消していたようですが。
「おお、あんたたちか。あんたたちの前に、この私がルークの坊主を捕まえたぞ」
エミリさんがハッとして振り向き、槍を構えました。
「あんたが、『黒幕』だったのね?」
「黒幕とは、なんのことかな? 私はただ、保安官として職務をまっとうしたに過ぎないのだが?」
「あんた、そういえば『保安官』としか知らなかったけど。あんた、何者なの?」
「私はただのしがない『保安官』だ。それ以上でもそれ以下でもない。だが──私への疑いは、どうやら晴れないようだな?」
「どうなの、サーリア? この男で決まりなの?」
わたくしはうなずきまして、
「《プロテクト》に仕込んだ《トラッカー》によって、このかたが反応していますので。グール因子に《プロテクト》をしかけた者が『黒幕』ということですので。はい、このかたが黒幕さんですね」
しかし目的が、いまだ曖昧ですね。グール自体は自然発生であり、わたくしが知るかぎり、黒魔法でも〈オラクル〉の呪術系アビリティでも、人為的には作れない。
となると、ルーク君がグール化しているのを、保安官さんはいちはやく気づいて、《プロテクト》をかけておいたのでしょうね。
その目的は、えーと、この町ロウデをグールで混乱させることでしょうかね。
しかし、それだけだと動機として弱いような──わたくし、この手のことを考えるのは専門ではないのですが。
「サーリア。なにを唸っているのよ? この男で決まりなら、取り押さえるわよ。おじさんも、やる気はあるわね?」
「任せておけ!」
と、ボードさんも拳をかためます。
「そうはしゃぐなよ。おれは無駄な争いはごめんでね、ここで足止めさせてもらうぜ。《ラースロウ》」
《ラースロウ》。
標的のAGIをがっつり減少させて、動作を遅くさせる黒魔法の《ラースロウ》ですか。
《スロウ》ならたいていの黒魔法系はこなせる者ですが、その上位版を出すとは。
このかた、ただ者ではありませんね。
エミリさんがうめきます。
「これじゃ、まともに動けないわ!」
エミリさんほどにAGIが高くても、水中で動いているようなものですからね。
そこでわたくしは《メディク》で、この状態異常を解除します。
「どうでしょうか、エミリさん?」
「さすがサーリアね!」
保安官さんは首を振って、
「ほう、やるもんだね。これならどうかな、《ヴェノムタイム》!」
なんと《ヴェノムタイム》!♪!♪
対象に地獄の痛苦を与え続ける、悪辣な黒魔法のひとつではありませんか。
使用できる者は少ないので、わたくしも滅多にお目にかかれません。
なんといっても、《ヴェノムタイム》よる地獄の痛苦は、数秒で正気を失うほどと言われています。ほとんどの者が、その苦しみから逃れるため、数秒で自殺してしまうとか。
しかも《ヴェノムタイム》は、《メディク》などの白魔法では解除できない。
《ヴェノムタイム》を仕掛けた者が解除するか、その者を殺すか、またはその者から3000メートル離れる必要があるのです。
あぁぁぁ、まさしく地獄、地獄、地獄がわたくしのもとにぃぃぃぃぃ♡♡♡♡♡♡
「アァァァァアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!!!」
と、地獄の痛苦で苦しみだしたの、エミリさんでした。
エミリさん……え、わたくしではなくて?
地獄の苦しみで白目をむいて絶叫し、失禁までしてしまっている、この幸せそうなエミリさん。
わたくしではなく、エミリさん。
そういえば《ヴェノムタイム》は、一度にかけられる標的は一人までだったはず。つまり、その唯一の枠を、エミリさんに使うなんて。
どうして、こんな非道なことができるのです?どうして、どうして、どうして、どうして……。
保安官さんはニヤッと笑います。
「これで、あんたたちパーティの、最大戦力は削ったわけだな。その槍使いの嬢ちゃんは、もう戦えないぜ」
ボードさんが首を振りました。
「あんたは、なにも分かっちゃいねぇな」
わたくしは《獄神剣》の剣先を、保安官さんに向けした。
「保安官さん。あなたは、万死に値しますね」
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