11,『異常に臭う女』だなんて。
「こんにちは?」
とたんグールさんが逃げてしまわれたので、わたくしとしましては、とてもガッカリです。
〈獄神剣〉さんは物理攻撃力こそカンストしてくれますが、それ以外のステータスでは、STRにしか補正がかかりませんからね。
わたくしのAGIでは、グールにも追いつけないでしょう。
「あぁ、食べられ損ねましたね」
『……いま呪われた剣にどんびかれているぞ、貴様』
グールの弟さんに食べられてしまったお兄さん。その絶望は、どれほど凄まじいものだったのでしょうか。わたくしにも、少しでもその絶望、おすそわけしていただきたいものですが──
そのお兄さんは、腹部を集中的に食べられていました。引きずり出されたハラワタは、たいはんが齧られております。
しかし、わざわざハラワタを食べるとは──やりますね。
「あら。まだ息がありますね。では」
《ゴッドヒール》で再生させる前に、まずは《メディク》を使います。《メディク》は、石化・毒化・麻痺化・液状化などなど、すべての状態異常を治す白魔法です。
グールというのはゾンビと同じで、噛みついた相手に感染させる能力がありますからね。ここで《メディク》など使わず回復だけしてしまうと、このお兄さんは人間としではなく、グールとして復活してしまいます。
それは元回復担当であった身としては、許せません。
《メディク》→《ゴッドヒール》で、お兄さんを回復。
「ううう、僕は一体……」
わたくしは微笑みかけました。
「グール化した弟さんに生きたまま食べられていたのです。ご感想は?」
「そ、そうだ。トーマス! あああああああああ、トーマスが、どうして、ああああああああ、トぉぉぉぉぉぉぉぉぉマスぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
正気を失われてしまったようで、自分で自分の頭を地面にぶつけだしました。発狂というのは、気持ちがいいものなのでしょうか?
わたくし、発狂だけはできる自信がありませんね。
「自傷行為はいけませんよ。自分で自分を傷つけず、他人に傷つけていただくのが、われわれというものです」
『この気の毒な人間を、貴様と一緒にするでないぞ』と〈獄神剣〉さん。
とにかく、トーマスという方が、先ほどのグール化していた弟さんのようですね。
『貴様の白魔法で、この者の精神を治癒してやれ』
「残念ですが、精神というものは、治癒できないのですよ。少なくとも白魔法では。面白いことに──ですが鎮静効果のある魔法ならあります。《セダント》」
《セダント》は、ヒール系で回復しきれなかったとき、その痛みを和らげるために使うものらしいですね。『らしい』というのは、わたくし、《エンジェルヒール》やその上位たる《ゴッドヒール》を使えるので、『回復しきれない』という状況がないからですが。
しかし、今回は《セダント》が役に立ちました。
《セダント》の鎮静効果で、お兄さんが落ち着きます。そのかわりだいぶ眠たそうですが。
「おうちに送りましょう。さ、肩を貸してください」
「あ、ありがとうございます。あの、だけど僕、ひとりで歩けますから」
「いえいえ気になさらないでください。わたくし、こう見えても力持ちなんです。つい先日から、STRが爆上がりしましたので」
「はぁ」
お兄さんの名は、ルークというそうです。ルークくんは15歳、弟のトーマスくんは13歳。トーマスくんは長らく行方不明になっていたということです。
「行方不明といいますと、誘拐でしょうか?」
「どうなんでしょう。僕も、詳しいことは分からないんです。ただはじめは、トーマスは母親と喧嘩して、それで出ていったんです。だから保安官も家出ということで片付けました」
「それで家出だったのですか?」
「分かりません。十日ぶりに見かけて、どこに言っていたんだ──と声をかけたら、いきなり」
「お腹を食べられたのですね。ぞくぞくいたました?」
「え、あのぞくぞくって? そんなことより、お姉さんは、凄いヒーラーさんなんですね。僕、もうダメだと思ったのに、あんなに深い傷を治してしまうなんて」
「ありがとうございます。ですが、たいしたことではありませんよ」
ルークくんの自宅では、心配そうなご両親と、保安官のかたが待っていました。保安官というのは、法執行機関のひとつに属している方々です。なぜか冒険者ギルドとはうまがあわないのが、あるあるです。
「ルーク!」
と、ルーク君のお母さんが駆けよってきました。
「心配したんだよ! こちらの保安官さんがね、グール化したトーマスが目撃されたって。だけど、そんなバカなことがあるもんか!」
「そ、そうだよ、母さん。そんなの何かの間違いだよ」
ルークくんが哀願するようにわたくしを見てきました。
ふむ。トーマス君に食べられていたことは黙っていてほしい、ということのようですね。
確かに、お母さんが聞いてはショックでしょう…………それは、気持ちのいいことのような。
ですがいまは、ルーク君の依頼に応えましょう。それにわたくしも、ルーク君の致命傷を再生したことは、あまり知られたくはありません。〈セイント〉は引退した身ですからね。
保安官のかたが胡散臭そうに見てきます。
「ああ、そうか。あんたが、旅の者か」
「わたくしのことをご存じですの?」
「通報があったんだ。美女だが、異常に臭う女が町を徘徊している──と。まぁそれは罪にはならんから、放置していたが。どうやら風呂に入ったようだな」
『異常に臭う女』?
そんな通報をされていたなんて───感極まって昇天してしまいそうですね♪
『………………われは、所有者にめぐまれぬ』
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