1,痛いのが気持ちいいは常識です。
「わたくし、本日かぎりで、このパーティをやめさせていただきます。長らくお世話になりました」
と、わたくしはパーティの皆さんに向かって、頭を下げました。
「そんな、サーリアさん! 嘘だと言ってくれ!」
「サーリアさんがいなくなったら、誰がおれたちを治癒してくれるんです!?」
「四肢欠損まで回復できるセイントは、あなたぐらいなんです!」
「なぜなんですかぁぁぁ!! 僕たちが何をしたんですかぁぁ!!?」
思っていたより阿鼻叫喚となってしまいました。ですが分かっていただきたいのです。わたくし、こんな人間になるために、生きてきたわけではありません。
こんな、聖女と崇められるような、セイントになりたくて生きてきたのではないのです。初心にかえるときが来ました。
「ごめんなさい、皆さん。わたくしを止めないでください。わたくしは、行かねばなりません──」
というわけで、SSRランクのみで構成されていた王国一のパーティ〈牙突の天〉を抜けさせていただきました。
ベースジョブというのは選べるものではありません。わたくしは初級クラスのヒーラーに目覚めまして、さくさくとレベルが上がりました。
なんでもS級の白魔法の《エリアヒール》をはじめから会得していまして、これがとにかくレベルが上がりやすい。治癒した負傷者の分だけマナ経験値を稼げるわけですからね。
たった数日で、中級クラスを抜かして最上級セイントのクラスとなりました。そのころには欠損した四肢も再生できる《ゴッドヒール》なんぞも会得しまして。これで激しいバトルでもパーティの皆さんは、果敢に戦えると大好評でした。
気づけば、王国最強と謳われる〈牙突の天〉の一員となっていたわけです。回復担当のわたくしは大変大事にあつかっていただき、つねにロイヤルガードの方が守ってくださっていたものです。
おかげで、わたくしは一度もダメージを受けたことがありません。
本当に、一度も。バハムートのような最上級ドラゴンとのバトルでさえも。わたくしは、火の粉ひとつ受けたことがないのです。
なんて、悲惨な人生でしょうか!?
痛みこそが生きている証だというのに。
先日も、パーティ仲間のおひとりが、右腕を吹き飛ばされる大怪我をされました。マンドレイクの不意打ちを受けたのですね。森林地帯でマンドレイクと遭遇するのは考えものです。
とにかく、ひどい傷でした。右肩のところから破砕され、噴き出す血、苦痛の絶叫、皮膚一枚でぶら下がっている右腕。
なんて、なんて、なんて、羨ましかったことか!
わたくし、白状してしまうならば、少しばかり性的快感を抱いてしまったほどです。他人が痛がっているのでこれならば、自分で痛みを感じたら、どれほどの快感に変換されることか。
しかしながら、自分で自分を傷つけたいわけではありませんよ。それは白魔法の使い手として、断じて許されることではありません。自傷行為なんて。
いくら、自分で右目を繰り出しても《ヒール》の上級魔法の《エンジェルヒール》で治癒できるからといっても。
いくら、血管を引きずり出しても《エンジェルヒール》で治癒できるからといっても。
わたくしには、そんなことは、断じて認められません。白の魔法使い最上級クラス・セイントの身として、こえてはならぬラインというものはあります。こえてはならぬラインが、あるのです。
ですから、わたくしが望むのは、痛めつけられること。ゴブリンの群れに弄ばれ、グールに毒漬けにされ、ドラゴンに噛みちぎられ、ゴーレムにハラワタを引きずり出されたいのです。ああ、なんて甘美な……
「ぐへへへへ」
あ、よだれが。
よだれをすすっていたところ、小さな子供と目があいました。ここは自宅ではなく街中なのに、つい自分の世界に入り込んでしまっていました。
その坊やが、わたくしを指さしまして、
「お母さん。あそこのお姉ちゃんがいま、変態みたいに笑ってた」
「こら。あの方は聖女さまじゃないかい。聖女さまが、変態みたいに笑うわけないだろ。バカな子だよ、まったく」
と、母親に連れられていく坊や。
……………………小さな子に憐れなものを見る目で見られてしまいました。
こういう精神的なのも、いいですね。
「ぐへへへへ」
とにかくソロになったので、これで誰もわたくしを護ってくださいません。
ダンジョンに行くとしましょう。
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