街散策と二日目
二話目です。
ん〜っ空気がきれいです。
現在時刻は午前5時。昨日と同じですね。
さて、今日は何をしましょうか。
昨日、ブロワさんと街散策に行くというお話をしましたから、今日は午前から午後まで、一日街散策をしましょうか。
とりあえず、朝食です。
今日は何にしましょう。昨日は卵焼きとレタスをサンドしましたから、今日は別のものを挟んでみましょう。
ということで、厨房に行きましょう!
んむ〜。今日は何を作りましょうか。
昨日は卵を使いましたし、今日は別のものを使いたいのですが。
そういえば、旦那様はお肉がお好きなのでしたね。
もしかしたら、またあの東屋にいらっしゃるかもしれませんし、お肉を使ったサンドイッチを作ってお裾分けしましょうか。いなかったらいなかったで私のお腹におさまりますから、無駄にはなりません。
そうと決まれば、お肉を作ってサンドイッチを作りましょう。
料理長になんの肉があるか聞いたところ、鶏、豚、牛は揃っているそうです。
どのお肉を使うか悩みますね……。
悩んだ末に、牛肉に決めました。
バットに薄く切った牛肉を乗せて、塩胡椒をまぶします。軽く揉んで下味をつけたら、フライパンヘ。
そうして焼いているうちに、レタスを手で千切ります。
昨日は料理長が用意してくれた既に千切ってあるレタスを使ったのですが、今日は自分で千切ろうかと思いまして。
水通ししたレタスをザルに乗せておいて、肉をフライパンから小皿に移します。
すぐに乗せたらレタスがしなびてしまいますから……。
肉を冷ましているうちに、パンにバターを塗ります。昨日よりはうまく塗ることができました。
そのパンにレタスを乗せ、その上に焼いた牛肉を乗せ、レタスをもう一度乗せたあとパンではさみます。
それを2つに切り分けて…。
できました。焼肉サンドです。
朝からはちょっと重いのかもしれませんが、普段の朝食にも焼いた肉がありますもんね。問題無いでしょう。
二皿分作りましたし、少し大きめのお盆に乗せてティーセットとともに運びます。
さあ行きましょう。薔薇園の東屋へ。
やってきました東屋には、やはり旦那様がいらっしゃいます。
「おはようございます」
「ああ」
今日は挨拶が返ってきました。そのことに少々驚きましたが、顔には出しません。
どうぞ、と言いながら先程作ったサンドイッチを差し出します。
食べないなら食べないでいいのですよ。私が食べますから。
手を組み食前の祈りを捧げます。
では、いただきます!
ふむ。美味しいですね。多少アドバイスはもらいましたが、私なりにうまくできたのではないでしょうか。
肉汁がジュワァとしみているパンがレタスでシャキッとしていて、重いのかもと思いましたが、全然そんなことありませんでした。
ふと前を見ると、旦那様も、サンドイッチを食べていました。
ふむ。出したら食べてくれるのですね。そういえば、昨日の果物も食べてくださいましたね。私は見ていないので、料理長が教えてくれましたが。
現在時刻は6時半。
8時くらいにはブロワさんと街まで遠乗りに出たいところです。
街に行ったら何をしましょうか。
とりあえずお金は貯めてありますし、昨日売ったもののおかげで使えるお金はドンと増えました。
ブロワさんに何かを買って差し上げるのもいいかもしれません。
旦那様やお義母様、お義父様には、消え物を差し上げたほうがよろしいでしょうね。
そんなことを考えていたら、あっという間に食べ終わってしまいました。
デザートにと持ってきていたオレンジを口にすると、甘酸っぱい柑橘類の特徴的な香りが鼻をすっと通ります。爽やかな味で、少しこってりしていた口が、さっぱりしました。
ふと旦那様を見ると、旦那様も食べ終わったようです。
その様子をじっと見ていると、旦那様が話しかけてきました。
「……今日は何をするんだ?」
私、なにげに旦那様から話しかけられたのって初めてではないですか!?
ちょっと驚きすぎて呆然としていると、旦那様が焦れたように目を細めます。
少し慌てつつ、答えました。
「ブロワさんと街まで遠乗りに行こうかと。昨日は森の湖畔まで行ったので」
「…ブロワ」
「はい。白い毛皮がきれいな女の子のお馬さんです」
「……ふむ。俺もついていこう」
「えっ……」
「用事があるからな、丁度いい」
同行を申し出られたことには驚いたけれど、用事があるなら確かに丁度いいだろうとは思いますから、納得できました。
では、今が7時前なので、諸々の準備を含めて8時くらいには北の厩舎に集合ということで、予定を立てさせていただきますね。
そう言うと、旦那様は朝食のお礼を言って行ってしまいました。
……一応、お化粧をしていきましょうか。
*
昨日とは違い、町娘風の麻のワンピースを着ます。だってお出かけですもの。ただの遠乗りではないですからね。
革のブーツはやはり履き心地がいいです。
さて、そろそろ約束の8時ですが……。
私が厩舎に行くと、既に旦那様はいらっしゃいました。
どこにでもあるシャツにパンツという、ラフな格好ですが、やはり美形は侮れませんね。
オーラが出てるんですよ。
キラキラ光るオーラが。
ちょっと待ち合わせのときなんかは近寄りがたいかもしれませんね。ですが、約束は約束。
破っては元も子もないので、向かいます。
「おまたせしました」
「そこまで待っていない」
それだけ言うと、旦那様は厩舎の中に向かいます。
真っ直ぐにブロワのいる方へ……あら?
「旦那様はご自身の愛馬に乗っていかれるのでは?」
確か旦那様は黒い男性のお馬さんに乗っているはずです。
クロノアという名の。
その疑問に対し、旦那様は、街に行くのに二匹も馬を連れていたら面倒だということらしいです。
それもそうですね。
と、いうことで。街に行きましょう!
え、待ってください。一緒の馬ですか?……そうですか。
*
馬で三十分ほどしたところで、街につきました。現在時刻は8時半。まだ朝市の名残があり、活気があります。
賑やかで、とても楽しそうです。
ブロワを街の入口で預かり所に預けたあと、街に入りました。ブロワは預かり所に友人がいるそうです。
あら?あれは何かしら。
キラキラしていて、きれいです。
「蜂蜜飴だよ」
旦那様が教えてくれました。キラキラしていてきれいですが、あれが飴なのですか?
で、ではその横にあるのはなんですか?
「あれはチョコレート菓子だよ」
チョコレート菓子といえば、少し前に南の国が、栽培に成功して、大量に輸出しているため値下がりしたという、あのチョコレート菓子でしょうか。
私はあまり茶会などに参加しないもので、チョコレート菓子を見る機会はなかったのです。
早速お店に入って購入してみました。
包み紙を開けると、とても良い香りがします。これがチョコレート……!茶色くて滑らかな表面からは、どんなお味なのかはわからないのですが、香りが既に甘いので、きっと甘いお菓子なのでしょう。
ということで、いただきます。
ん!とても美味しいです。今まで食べていたお菓子とは全然違う濃厚なチョコレートが、くどくないのに後味がしっかりと残ってもう一個食べたくなります。
ですが、私は今日は食べ歩きをするのです。
あまり一つのものばかり食べているとあっという間にお腹いっぱいになってしまいます。
お土産にするくらいならいいでしょうか。
さて、…次は何を食べましょうか。
あら、向こうにある揚げ鶏なんて美味しそうです。串に三つ刺して、これで銅貨三枚なのですか。
鶏一つにつき銅貨一枚。お安いですね。
先程のチョコレートもそうですが、大体の物が銅貨で売られているので、銀貨や金貨はいらなさそうです。
いつもは貴族御用達店ばかり行っているので、銀貨や金貨ばかり使うのです。
一般の民はこんなにも手軽にいろいろなものが買えるのですね。
あまりに私が目を輝かせる様子が面白かったのか、旦那様が吹き出しました。
失礼ですね。街に出るのが初めてなんですから、仕方ないじゃあないですか。
まったく。
それにしても、私の黒髪と、旦那様の薄い青の髪が目立つのか、行く先々で注目されます。
む~ん。次来るときは、染めるかかつらをかぶるかして、隠しましょう。……次があるかはわかりませんが。
ふと目に入った宝飾店で、気になるものを見つけました。
旦那様に断りを入れてから、店に入ります。
いらっしゃいませ、と店員が声をかけてくるのに会釈を返し、先程見つけた宝飾を見に行きます。
窓辺だったので、確かこのあたりに……。
ありました。
赤と紫の宝石が絡み合う、薔薇の形の髪飾り。
先程どうにも目に入ったときから気になって、どうしても近くで見たかったのです。
あ、これは、私と旦那様の瞳の色です。
だからでしょうか。目について離れなかったのは。
その隣に目をやると、黒い薔薇とそれより少し小さな赤い薔薇の宝飾のネクタイピンがありました。
……旦那様へのプレゼントは、これにしましょう。うざいと思われるかもしれませんが、明日死ぬ人間のささやかなお礼だと思って受け取って欲しいですね。
その反対の棚にあった、紫のすみれのタイピンと、薄い青の髪飾りを、義両親へのお土産にすることにしました。
先程目についた髪飾りは、買わないことにしました。どうにも、未練になってしまいそうだったので。
そうして、店を出たとき、時刻は12時。
食べ歩きやら何やらと、店に入ったり出たりを繰り返していましたから当然と言えば当然なのですが、時間がすぎるのが早いと感じました。
首をブンブンと振って考えを吹き飛ばしました。
だって……もう少し、この何気ない時間が続けばいいのに、と思ってしまったので。
あと一日で死ぬのに、未練を残していたってろくなことにならないんです。だから、こんな感情はいらない。
きっと気の所為なんです。旦那様の笑みに、
心が甘く疼いたのは、きっと気の所為。
*
お昼ご飯をファミリーレストラン、通称ファミレスというところで食べて、もう一度散策に繰り出します。
旦那様が、どれだけ食べるんだ、と呆れていますが、どれだけでも、お腹いっぱいになるくらいまで食べますよ。
せっかく街に来たのですから。
そうして食べ歩きを続け、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと旦那様を振り回していたときに気づきました。
そういえば、旦那様は用事があるのでは?
それについて聞いて見ると、旦那様はこう言いました。
「もう済んだ」
いつの間に済ませたのでしょう。気づきませんでした。
旦那様はやはりすごいのですね。
いろいろな店をまわり、太陽が沈みかかってきた頃。現在時刻は午後4時半。
もうそろそろ帰ったほうがいいのですが、一つだけ、どうしても寄りたいところがあるので、旦那様にお願いし、行かせてもらうことにしました。
街の中心から大分離れたところ。
一つの塔が建っています。この塔は、私が幼い頃に一度だけ来たことがあります。
そう、本当に幼い頃に。
その時も、このように夕日がきれいでした。
うっかり見惚れてしまって両親と姉に置いていかれました。懐かしいです。
ほうっと息を吐き、夕日を眺めていると、隣に立った旦那様が私の方を見ました。
「ルルーディア、君は………いや、なんでもない」
何でしょうか。微妙な言葉ですね。最後まで言ってほしいです。
ですが、旦那様のなにか言いたげなそのお顔を私は見なかったことにして、旦那様の手を引きます。
「さあ、帰りましょう。あまり遅いと心配をされてしまいます」
旦那様がね。
*
ブロワさんと合流し、ブロワさんに乗って帰ります。
伯爵家の厩舎が見えたところで、私はブロワさんから降ります。
「ルルーディア……?」
ごめんなさい、旦那様。私はこれから少し、森の湖畔に行ってきます。
とは言わずに、微笑み、ブロワさんに旦那様を送り届けてもらうように頼みます。
旦那様、それでは。今日は楽しかったです。
旦那様が見えなくなってから、私はそっとあるき出します。行き先はもちろん、伯爵家です。
今から湖畔まで行っては夕餉の時刻に間に合いませんから。
今日は楽しかったです。ですが、私は途中で気づきました。だんだんと身体が重たくなっていくことに。実際に体重が増えたわけではなく、感覚的なものです。
おそらくですが、病気が進んでいるのでしょう。もともと余命3日と言われたのですから、当然と言えば当然なのですが。
明日はどうなることやら。できれば最後まで遊び倒してやりたいところです。
明日は何もありませんように。
さ、夕餉前には帰りたいのです。サクサク歩きましょう!
夕食は、タラのムニエルでした。とてもおいしかったです。
昨日と同じく酒瓶を片手に部屋に戻ります。
今日はお酒も飲むのですが、お義父様とお義母様、旦那様にお手紙という名の遺言書を書こうかと。
何から書けばいいのやら。そこまで関わり深くないですしねえ。戸籍上家族なのであって。
む~ん。悩みますね……おや?
「旦那様」
廊下の向こうから旦那様がいらっしゃいました。お部屋に戻るのでしょう。
しかし、旦那様は私の前でピタリと止まりました。あらら?
どうしたのでしょう。怒られるのでしょうか。何かやらかしてしまったのでしょうか……。
「ルルーディア」
「はい」
うう、なんて言われるのでしょう。離婚届は出さないでください。離婚はやめてください……!
「これを、君に」
「……?」
明らかに離婚届ではないですね。
手のひらサイズの箱です。
開けていいのでしょうか。旦那様に確認すると、いいと言われました。
では、失礼して……。
これって…今日私が目についてついつい見に行ってしまった、赤と紫の絡み合う、薔薇の形の髪飾りじゃないですか。
気づいてたんですか……?
「気になっていたようだから、プレゼントにと思ったんだ。受け取ってくれ」
「あ、ありがとうございます」
もう……本当に未練になってしまうではないですか。まったく。
目に薄く膜が張ったように視界がぼやけてきました。
「では、また明日」
「ああ」
そう、挨拶をした私は、上手く笑えていたでしょうか。
部屋についた私は、後ろ手で扉を閉じて、そのままそこにしゃがみ込みました。
「遺言書を書かなくては……」
先程の、旦那様とのやり取りなど頭の隅に追いやらなくては。未練を作ってはならないのです。
膝に力を入れ、立ち上がると、真っ直ぐに窓際の机に向かいます。
引き出しから便箋を取り出し、お義母様、お義父様、旦那様の順に遺言書を書いていきます。それと、使用人のみんなにも……。
ブロワさんには二日間でしたがお世話になりました。明日の朝にでも、今日買ったプレゼントを渡しに行きましょう。
『────ルルーディア・ルーチェ・スティカ』
次の便箋を取り出します。
『お義母様へ────』
お義母様はなんと言うでしょうか。馬鹿者と言って罵るでしょうか。涙を流すでしょうか。
なんだかんだ、あの人は優しいのです。
私のことを気に入らないと虐げる割には、どこか甘いのです。口では嫌だと言いつつも、刺繍のやり方を丁寧に教えてくださるのですから。
お義父様はなんと言うでしょうか。周囲に当たり散らすでしょうか。いつものように、拳を握りしめて、涙を堪えるのでしょうか。
なんだかんだ言いながらも見守ってくれていたのです。
私を下賤の娘と蔑む割には私のやることに文句は言いませんし、気を遣ってくれるのです。無視をすると言っても危険なことをしているときは止めてくださいますし。
旦那様はなんと言うでしょうか。舌打ちをするでしょうか。死を迎える私の手を握ってくれるでしょうか。
実は私は旦那様のことをほとんど知りません。自身の旦那さまであり、伯爵家当主であるということ以外、あまりにも知らなさすぎるのです。
だから、私の死をどのように見るのかも、その後どうするのかもわかりません。
ですが、一つだけ。これだけは知っているのです。
あなたはとても心配性なのです。
会話をしたこともなければ、顔を合わせることも数えるほどしかありませんでしたが、会うたびにじっとこちらを見て、一つ頷いて顔を背けるのです。
使用人たちに「ルルーディアは元気か」と聞いて回っていたのも知っているのですよ。
「ごめんなさい、皆様……」
ペンを握る手に、思わず力を込めます。ぐっと握りしめたペンがするりと手から滑り落ちました。
──カシャン
「え……?」
拾い上げようとすると、指先は触れるのに手に取ることができません。力が入らないのです。
──まさか。
手を光のそばに持っていくと、小刻みに震えていました。ああ、こんなところにも病気が影響を及ぼしてくるのですね。
明日、私が死ぬという現実が刻々と迫ってきます。
左手は動くので、布で右手にペンを縛り付けて、遺言の続きを書きます。
今は意識してはならないのです。
────死が近づいていることの恐怖など。