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余命3日の伯爵夫人  作者: 神無月
1/3

余命宣告と一日目

三部完結です。

ゆるい設定ですので、好みでなかった人はすみません。


「伯爵夫人。あなたの余命はあと3日です……」

 

 そう告げられたとき、専属の侍女が崩れ落ちました。執事が額に手を当て、天を仰いでいる。

 私はその時。確かにこう思ったのです。


 ────やっと死ねる、と。


 生家で虐げられていた私には、まともな縁談など来るはずもなく、言われるままにここに嫁いできました。


 しかし、生家で疎まれていた私が、嫁いだ先で受け入れられるはずもなく。お義母様もお義父様も、旦那様すら、私のことをいないものとして扱います。

 せめてものの救いは、使用人たちが私のことを気遣ってくれることでしょうか。


 使用人たちは、もはや家族のようなものになっています。彼らには、それぞれの家族がいますし、妙に執着して困らせるわけにも行きませんから、言葉にはしませんが。


 お医者様によると、私が死ぬのは明々後日。

 今日を含めれば4日です。今日はもう、夕時ですし、もうそろそろ寝る時間です。

 なにせ体調が悪いと明確に意識したのが、夕食後なもので。


 残念ですね……。もう少し早く気づけたのなら「あと四日だ!わー」と、本日から遊び倒せたのですけどねぇ。

 まあそういうのは天の運ということで。


 とりあえず、侍女と執事、それからお医者様に口止めをしましょう。

 変に憐れまれるのはお断りですし、気を遣われるのも勘弁です。お義母様なんて、逆手に取って離婚するかもしれませんからね。

 さすがに、やっと死ねるのですから、前日のお祝いはしたいでしょう。離婚は困るのです。やりたいこともできなくなりますし。


 さて、今日はもうおしまいですけれど、明日から3日の寿命です。


 旦那様、お義母様、お義父様。

 少々騒がしくなりますけれど、3日の辛抱ですから勘弁してくださいませ。


 僭越ながら、わたくしルルーディア・ルーチェ・スティカ、残り3日の寿命を全力で楽しもうと思いますわ!



 *



 日が昇る前。起きるのには少々、いえ、大分早い時間ですが、目が冴えてしまっていて、もう一度は寝れそうにもありません。

 こんな早くに起きてしまうとお義母様に怒られてしまうのですが。

 ですが、今までは困っても今日からは困らないです。


 怒る?むしろどんとこいです。

 私はこれから、死ぬまで好きなことしかしないですからね!


 現在時刻は朝の5時。


 さあ、何から始めましょうか。

 いつも食べているサンドイッチは、確かレッチェル鳥の卵とバターでしたね。

 普段は料理長が作っているのですが…自分で作ってみるのもいいかもしれません!


 そうと決まれば厨房に行きましょう!


 突然厨房に訪れた私に驚いていたけれど、私がこれからの朝食は自分で作りたいと言うと快く厨房の一つを貸してくれました。


 手を洗って、エプロンと三角巾を身に纏った私は、もはや一般家庭のお母さん。


 さあまずはパンにバターを塗るのでしたね。

 ヘラで薄くバターをすくい、切ったパンに塗ります。意外と難しいですね。

 力の込め方がよくわからず、パンをへこませてしまいましたが、特に味に影響はないそうですし、問題ありません。


 さて、次は卵ですね。

 ボウルに卵を割り入れるのですが……これがまた、難しいのです。

 うまく割れずに手がべしょべしょになってしまったり、机についてしまったりします。むむむ。


 別にかき混ぜてしまうので、黄身が割れた程度なら平気なのですけれど、さすがに机についたものを使うわけには参りません。


 何回も繰り返してやっとのことでボウルに割り入れることができました。やはり黄身は割れてしまっていますが。

 とりあえず、まわりの飛び散った卵を片付けて、ボウルの卵を溶きましょう。


 ボウルの卵を溶いたら、熱したフライパンに流し入れます。

 ジュワァ……っといい音がしますね。いつもはこんなことしないので、物が焼ける音というのは新鮮です。


 フライパンに薄く広げて、焼きます。さすがに焦がすわけにはいきませんので、料理長が見守ってくださいました。


 うまく焼けた溶き卵を、半分にたたんで、バターを塗り、レタスをのせたパンにはさみます。

 左手でしっかりと押さえて包丁で半分にします。


 レタスの切れるザクザクとした音がまた、新鮮で、とても楽しいです。

 薔薇園の東屋で朝食を取ることにしましたので、お盆にティーセットと先程作ったサンドイッチを乗せて東屋まで運びます。


 薔薇園の東屋は、風がよく通るのに、ちょうどよく木の陰になっていて、一人でのんびり過ごすのには丁度いいのです。


「あら……?」


 どうやら、先客がいるようです。むむ、あの立派なお顔は旦那様ですね。私の旦那様は美人なのです。

 エルネア・ユーラ・スティカ伯爵。


 さすが、美人伯爵と呼ばれるだけあります。薄い青の絹糸のような髪にどこまでも見通すような紫玉の瞳。びっくりするほど整ったお顔は、神々の作った芸術品と呼ばれています。


 今更ですけど、こんなお方が旦那様だなんて、私は恵まれていますね。いないものとして扱われていますけど。


 ふむ、どうしましょうか。出直しますか?いえ、でもここ以外に丁度いい東屋は知らないのです。

 う〜ん……。まあ問題無いでしょう。


 ということで、どうせいないものとして扱ってくれるので、ありがたくいないものとして存在します。矛盾している気がしますが、おいておいてと。

 一応挨拶はしますよ?


「おはようございます」


 これだけですけれど。


 東屋のテーブルにお盆を置いた私はそのままベンチに腰掛けて、食前の祈りを捧げます。

 今日も美味しくいただきます!


 旦那様に目もくれずサンドイッチを食べ始めた私に、旦那様が呆気にとられている気配がしますが、いないものとして扱ってくださいませ。どうせ3日後には消えるのですし。


 黙々とサンドイッチを食し、食後の祈りを捧げた私は、旦那様に話しかけずに席を立ちます。

 もちろん、たった今食べた朝食を乗せたお盆も忘れてないですよ。



 *



 さて、次は何をしましょうか。


 う〜ん。お義母様に禁止されていた事項は、いくつかあるのですが、たった3日のうちにできることとなると、大分限られますね。


 あ、久しぶりに乗馬をしましょうか。


 そう思い立ったら行動です!

 現在時刻は朝の7時。結局、移動と調理、それからお片付けで2時間も取られてしまったのです。楽しかったので構わないのですけどね。


 久しぶりの厩舎の香り。最後にこれを嗅いだのは何年前でしたっけ………思い出せないですね。

 おそらく結婚する以前ですね。


 馬に乗りやすいようにパンツスタイルに着替えてきましたので、乗馬は全く問題ありません。

 ですが、どのお馬さんに乗っていいのかがわかりませんね。ふむ。


「もしもし。そこのお方、ちょっとよろしいかしら」

「はーい、なんですか」

「乗馬をしに来たのですけれど、どのお馬さんに乗っていいのかわからないの。教えてくださる?」

「わかりました!」


 チュアンと名乗った青年が案内してくれたのは白いお馬さん。

 ブロワという名のお馬さんだそうで、大人しくて乗りやすいそうです。

 ウォーミングアップにお付き合い願えますかしら。ヒヒンと鳴いて答えてくださったお馬さんにありがたく乗らせていただきます。


 パカパカポコポコ。ふむ、長年乗り続けていた乗馬の勘は狂ってはいないようです。

 ちょっと走ってみますか。ブロワさんもよろしいですか?


「ヒヒン!」

「あら、ありがとう」


 お優しいのね。こんなことならもっと前から来ていればよかったですね。ブロワさんとは絶対に仲良くなれましたのに。


 しばらく駆けたあと、チュアンに一つ、伝えます。


「少し遠乗りに出ますね。10時までには帰るわ」

「了解しました〜」


 ということで、お出かけしましょうブロワさん。と言っても、2時間ちょっとで行って帰れる距離などたかが知れていますが。

 う〜ん。今日は無理ですが、明日遠乗りついでに街で散策するのもありかもしれません。お金は貯めてありますし。


 森の湖畔まで来ました。もちろん時計は持っていますから、時間を間違えるなんてことはありません。今は8時頃なので、1時間と少しはのんびりできますね。


 あら、シロツメクサがありますね。ふむ。


 少々はしたないかもしれませんが、その場に腰を下ろして、シロツメクサを摘みます。

 何本か束ねたところにくるりと巻いて、束ねたシロツメクサと茎を揃えます。それを何度も繰り返し、輪っかになったら隙間に差し込んで繋げます。


 少し不格好かもしれませんが、きれいにはできましたので、早速プレゼントです。


「ブロワさんに差し上げますね。どうぞ」

「ヒヒヒン」

「うふふ、なかなかうまくできたと思うのですよ」

「ヒッヒン」

「あら、ありがとう」


 ブロワさんは女の子だそうですし、女の子二人の遠乗りというのも素晴らしいですね。

 女の子といえば。

 丁度湖畔に来ているので、少し水に浸かってみたいです。


 ということで、ズボンの裾をたくしあげて、靴下を脱ぎ、水にそっと足を入れます。

 冷たいです。ですが、とても楽しいです。

 そうだ、ブロワさんもいらっしゃらないかしら。

 ブロワさんは一鳴きすると、右の前足からゆっくりと水に入ってきます。


「どうですか、私はとても楽しいです!」

「ヒッヒンヒヒン!」


 こうして二人で水に浸かって遊びました。

 ブロワさんの尻尾がはねた水が顔にかかり、お返しにと体に水をかけ、ブロワさんからさらにお返しにと、水のかけあいっこもしました。


 濡れてしまいましたが、タオルを持ってきていましたから、風邪を引くことはなさそうです。

 体を拭って、干していた濡れた服を回収し、ブロワさんに乗って帰るとしましょう。


「ブロワさん、明日街まで遠乗りするのに、お付き合い願ってもよろしいかしら?」

「ヒッヒヒン」

「では、明日もお願いしますね」


 そうして帰った多少濡れたまま私達を見て、チュアンが大慌てでタオルと侍女を呼んできたのは、申し訳ないですね。でもいい思い出になりそうです。



 *



 さて、お昼ですが……どうしましょうか。朝のように自分で作ってみるのもいいのですけれど。う〜ん。


 そうだ、確か裏庭にオレンジと林檎の木がありましたね。

 よくわからないけれど、あの木は年がら年中果物がなっているので、今も多分あるでしょう。ということで、お昼ご飯はオレンジと林檎です。

 さあ、もぎに行きましょう。


 裏庭は少し、静かなところです。人がほとんど立ち入らないので。

 オレンジの木は……あ、ありましたね。2つほどいただきます。それから林檎は……あら?

 あそこにいるのは旦那様ではないかしら。


 林檎の木の影で本を読んでいらっしゃいます。む~ん。近づくのが躊躇われますね。どうしましょうか。

 ……朝のように気にしなければいいのでは。


 よし、いないものとして扱っていただきましょう。いつものことですし。

 私ルルーディア・ルーチェ・スティカ。貴方様の世界にはいないものとして存在します!また矛盾している気がしますが。


「こんにちは」


 挨拶はしますよ?礼儀ですし。


「ああ、こんにちは」


 あら、返してもらえました。なにげにお話ししたの、超久しぶりです。

 まあそれはそれとして、林檎を……2つほどもいで失礼いたします。


 さあ厨房に行きましょう!


 林檎とオレンジを持ってきた私は、再び厨房の隅を貸して貰い、林檎とオレンジをカットします。林檎は皮をくるくるとむいて、8等分にします。

 オレンジは、手で皮むいて、一つ一つ皮をむきます。むきむき。


 お皿に乗せてっと。いい感じにできました。今回は果物ですし、割と簡単にできました。

 ちょっと量が多かったので二皿できてしまいましたね。う〜ん。

 せっかくですし、旦那様にお裾分けしますか。


 再び、裏庭に来たわけですが、旦那様は変わらず先程の林檎の木の陰にいます。

 お裾分けしますか、なんて言いましたが、どうやってお裾分けしましょう……。

 近くにおいておけばいいですよね!多分。


 ということで、旦那様が腰を下ろしているすぐ近くにハンカチをしいてお皿を乗せます。

 これだけでは食べ難いと思うので、予め書いておいたメッセージカードを添えておきましょう。

 これで良し!


 因みにこのメッセージカード、「どうぞお召し上がりください」とだけ書きましたので、私は聞かれても知らぬ存ぜぬを貫けます。


 さて、次は何をしましょうか。



 *



 現在時刻は午後1時。


 う〜ん。

 一度部屋に戻ってきたけれど、この部屋は、私の物がたくさんあります。私の部屋ですから。

 でも、明後日死ぬ人間の遺品なんていりませんでしょう?

 ということで、大掃除いえ、廃棄祭りを始めましょう。


 ドレスなんかはもったいないですし、売りましょうか。というか、この部屋にあるもの大体売れるのでは……?

 最悪ベッドと鏡、服と髪留め一つあれば事足りますし。


 そうと決まれば、商人を呼びましょう!


 やってきたのはちょっと胡散臭そうな人。でもこの人、見た目以上に誠実な人で、適正価格での売買がまんま評判につながっているのです。


 そして賄賂も受け取らないので、悪徳貴族から嫌われてます。でも潰れないのは、王族ひいては高位貴族の後ろ盾があるからです。


「と、言うことで、これをここからここまで、全部買い取ってくれるかしら!これくらいのお値段で」

「いやいやいや」

「あ、売るには高すぎたかしら。ごめんなさい。じゃあ──」

「お安すぎますよ、奥様」

「あら、そうなのね。じゃあ、どれくらいが適正価格なのかしら」

「これくらいです」


 掲示されたお値段に目を見張ってしまいます。ゼロが、いくつありますか?

 そんな高価なものではないと思うのですが……。生家から持ってきたものですし。


 理由を聞けば、とても大切に使われていて、傷一つないこと。それから今ではもうないデザインの物がいくつもあるということだそうです。なるほど。

 因みにその今ではもうないデザインの物というのは私の祖母から頂いたものですね。


 もったいない気もします。ですが……私がこれ以上使えないのですし、誰か大切に使ってくださる方にお譲りするほうがいいのです。

 ですが……そうですね。


「私が死んだら、この家具を引き取りに来てください。お代は旦那様……エルネア・ユーラ・スティカ伯爵にお願いします。やはり、手放し難いものですから」

「承知いたしました」

「ここに一筆したためておくから、お願いね」


 そうして、今すぐ売り払うのは止めにしました。祖母から頂いたもの以外は売り払いましたが。


 その後は、料理長が作った夕食を食べ、部屋ヘ帰りました。酒瓶片手に。


 晩酌セットです!


 私の部屋にはバルコニーがありますから、そこで晩酌を一人でしようかと。

 鼻歌を歌いながらバルコニーの柵の際に椅子を運びます。柵に酒瓶をおいて、グラスに注いだお酒を飲みます。

 あら、これは赤ワインだったのですね。

 料理長が出してくれたから、よく見ていなかったです。


 ふと見上げると大きなお月様があります。


 私は明後日死ぬ。


 死んだらお月様のもとへ行けるのかしら。


 カチャ…


 あら?隣のお部屋のバルコニーの扉が開きました。お隣って旦那様では……?

 と思ったら案の定、旦那様が出てきました。


 旦那様は私を見て、目をまん丸くします。まあ驚きますよね。

 私、今まで晩酌なんてしてませんから。もちろんお義母様に禁止されていたので。


「……」

「………」


 月夜に見つめ合うなんて、なんてロマンチックなのかしら。

 役者はいないものとして扱われている嫁と我関せずの夫ですが。あら、字面を見るとロマンチックのロの字もありませんね。


 ふむ。お邪魔ですかね。


 丁度酒瓶が空になりましたし、そそくさと部屋に入りました。

 旦那様、おやすみなさい。それでは!


───余命、あと2日。

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