第3話 映画デート・後編
「見てください、この監督! 見事に駄作しか手掛けてませんよっ!?」
「いや俺映画観ないからわからない……」
「このヒロインの剣持イリアってアイドル、高校生なのに飲酒したってツイッターで見ましたっ!」
「疑惑だ。本人は否定してる」
「主演の男! か、かっこ悪くないですか……?」
「推しって言ってなかったか?」
「あーもう! どうしたらこの映画観ないでくれますかっ!?」
その後の空気のことを考え、観る前からわかる駄作を避けさせようとする聖来だったが、傑は頑として譲る様子がない。不自然なまでに頑なだ。
「どうしてそこまでしてこの映画が観たいんですか……?」
聖来の疑問はもっともだ。動画を見ることすら認めなかった彼が、ここまでして映画を観ようとするなど、普通に考えてありえない。だが傑は平然と。普段よりも明るい表情で答える。
「まぁ観てみろよ。絶対に後悔させないから」
☆☆☆☆☆
(結局観ることになっちゃった……)
傑の自信満々な態度に押され、隣に座ることになってしまった聖来。どちらにせよ観る予定だったのでそれ自体はいいが、やはり映画の出来が不安ではある。
(まぁポップコーンと飲み物を買ってくれたのは加点要素……。これで間に置いたポップコーンに手を伸ばした時、手と手が触れ合って……み、みたいなことが起きるかも……! でもクソ映画だった場合……あああああっ!)
やはりどこまでいっても、映画の出来がデートの成否を左右する。右側の傑をチラッと覗いてみると、期待の眼差しでCMを眺めている。
(先輩でもこんな顔できるんだ……)
いつもの仏頂面とは違う表情に、聖来の心がわずかに揺れる。
(いや! いやいや私ちょろすぎっ! こんなんでときめいたりしない……! 私はあくまで先輩の顔が好みなだけ……。付き合うにしても、告白してくるのは先輩から。私から好きになるなんてありえないっ!)
そんな覚悟を固めていると、ブザーの音と共に映画が始まる。そして約1時間半後。
(あれ……意外といい……?)
最初の内こそひどいなー、と思っていたけれど、観続けていると案外そこまで否定するものではないと気づく。
(ストーリー的には王道ど真ん中。どこにでもいるというめちゃくちゃかわいいヒロインが、転校してきた冷たい男に出会う話。それから色々あって、なんか優しい部分を知ったりして惚れるっていうやつ。うんやっぱり地雷要素しかないけど……なんでこんなに見れるんだろう)
顔を上げると、因縁のある不良に連れ去られたヒロインが男によって救出されるという、いかにもすぎる展開が繰り広げられている。
『おれ、おまえをひとめみたしゅんかんからすきになってたんだ……!』
(うわぁ)
最も大事な告白のシーンなのに、主役の棒読みと妙な日本語によってめちゃくちゃ微妙な空気が流れる。だが場面がヒロインに移り変わった瞬間、変わる。
『私もっ! 私もあなたが好きっ!』
つまらなすぎる台詞。揺れるカメラ。それなのに、いい。
表情、息遣い、声。どれも、他の俳優とはレベルが違う。
だが決して上手すぎるわけではない。眩しいのに、他の俳優が眩むほどの光量ではない。作品の雰囲気を壊さないよう努めたであろうことが伝わる、巧の演技。
(この子、ただのアイドルだったよね……?)
剣持イリア。中堅グループのセンターだったが、飲酒疑惑によって事務所をクビになった高校生アイドル。くらいの情報しか聖来は知らない。
でもそれだけでは収まらない圧が、映画越しで伝わってくる。まさか傑はこの子の存在を知っていたのかと考え、聖来が横を見てみると。
『ざまぁポイント+1』
「ざまぁ」は心が揺れることで発生する。たとえ相手が自覚していなくても、心を揺れ動かされたら、負け。
だから聖来は負けてしまった。
「せんぱい――」
ただ前だけを見据え、静かに涙を流す傑の姿に。聖来はときめいてしまった。
(なんで……なんで、こんな……!)
なぜ泣いている姿を見るだけでときめいてしまったのか。その理由に聖来は気づかない。
だがそこに理由など存在しない。
好きになるのに、理由なんていらないのだ。
☆☆☆☆☆
「よかった……。よかったな、兎野……!」
映画が終わり、シアターに光が灯ると同時に傑は言葉を漏らす。
「そう、ですね……」
正直な感想を言えば、映画の出来は赤点ギリギリだった。剣持イリアの熱演によって多少は見られるものになっていたが、あくまで見られるだけ。この後ツイッターで酷評するし、公式に批判のリプを飛ばすだろう。
結局手と手が触れ合うことはなかったし、映画自体の変な空気のせいでいい感じになることもなかった。
でもこれはデートで。傑と観ていたから。
「はいっ。百点満点でしたっ」
後悔なんて、一つもなかった。
ざまぁポイント累計
丹土傑 11
兎野聖来 15