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第3話 映画デート・前編

 人には無数に顔が存在する。



 物理的な話ではない。対外的な自身の役割のことである。



 家族との自分。友だちとの自分。恋人との自分。どれも同じ自分でありながら、曝け出せる性質は異なっている。



 そして兎野聖来は、今その自分造りの真っ最中だった。



 休日。クラスの女子たちとのショッピング。それは決して楽しいイベントではない。



 出会ってからまだ1ヶ月も経っていない、お互いのことを何も知らない状況。この段階こそが、自分の役割を決定づける最初で最後のチャンスである。



 今のところ聖来が属しているのは、いわゆるカースト上位というグループ。全員顔がよく、コミュ力も高い。



 だが断言していい。この八人グループの内、最低でも半分はカースト上位から脱落することになる。



 女子の世界とはそういうものなのだ。自分にとって都合のいい空間を作り出すことが至上命題。つまり下に見られでもすれば、その世界からは排除されてしまう。



 少しでも自身の価値を高めるために相手を蹴落とし、マウントをとる。これによりクラス内における自身の顔は決定する。



 誰も逆らえない特別層になるか、上のご機嫌を窺う中位層になるか。1年間、ひいては高校生活を占う最重要事項こそがこのタイミングなのである。



 そして始まってから5時間以上が経過した午後4時。聖来は、カースト上位と中位の境目にいた。



(ちっ。中々めんどくさい……!)



 顔やコミュ力において、聖来はこの中でもトップと言っていい。だが幼くかわいすぎる容姿、陽キャの中では比較的真面目な性格。そして堅苦しい生徒会に入っているという事実が、チャラさこそ第一であるこのグループで大きく足を引っ張っていた。



(カースト上位の中のいじられキャラになるのは嫌だしこのままでもいいけど……下に見られるのは気に食わない。一発逆転のカードがほしいけど……)



 そう思っていると、見つけた。前から丹土傑が歩いてきているのを。



(キタ! 丹土先輩っ!)



 女子高生にとって、彼氏はステータスである。特に大学生、若い社会人はポイントが高い。



 傑は身長も高いし、顔も悪くない。ボサボサの髪やシンプルな服装は聖来的にはなしだが、休日の社会人だと思えばギリ許せる。



(こいつらが自分のとこの生徒会長を知ってるとは思えないし……くふふ。よかったですね、丹土先輩。かわいいかわいい私を彼女にできますよ)



 作戦はこうだ。親しげに駆け寄り、腕を組む。傑は戸惑うだろうが、彼氏扱いすれば頭がパンクして静かになるだろう。



 そしてクラスメイトたちに傑を見せつけ、離脱。女共にマウントをとった上で、傑を困らせざまぁポイントも稼げる一石二鳥の作戦だ。



 そうと決まれば行動に移すだけ。聖来はぱぁっとした笑顔を作り、集団から飛び出す。そして、



「傑くーー……」

「…………」

「無視ぃっ!?」



 飛びつこうとした聖来の腕は、避けられたことで空を切る。しかも聖来には気づいているはずなのに、傑は一切速度を緩めず歩き去ろうとしていた。



「ちょっ、ちょっと先輩空気読んでくださいよっ。少しの間だけか……かれ、しのフリを……」

「なに聖来、この人彼氏?」

「うっ」



 慌てて耳打ちをしていると、クラスメイトが傑と聖来の間を取り囲み、品定めするように嘗め回して見る。



「そ、そうなんだよー。ちょっと恥ずかしがり屋なとこあってね、緊張してるんだよ。ねー、傑くんっ」

「…………」



 恥ずかしいのを堪え、傑の腕に抱きついてみせる聖来。だが傑は相変わらず何の反応も見せない。



(ま、まさか……! フリでも私の彼氏になりたくないのっ!?)



『ざまぁポイント+1』



(しまっ……! くっ、これ以上ざまぁポイントを増やすわけにはいかないっ!)



 当初の予定も忘れ、ざまぁポイントを与えるために聖来は傑の腕に胸を押しつける。



「あ、あれ~? せんぱいもしかしてわたしの胸に触れて興奮してるんですか~?」

「…………」

「む、無視しないでぇ……!」



『ざまぁポイント+1』



(ざまぁポイントを与えられない!? まさか私に魅力がな……! いや、違う。先輩は自信がないんだ。私の彼氏になる自信がっ!)



 傑の自信のなさは、短い付き合いでも気づいていた。意思は校則という盾ありき。錫音がいる場合は判断を委ねがち。何より全国で千位以内の学力を持っているのに推薦狙いというのが弱気な証拠。



(別に先輩がどう思おうが勝手だけど……私の隣を歩けるようになってくれないと困るんですよ)



「ごめん、みんな。私たちこれからデートだからっ」



 聖来は傑の腕を無理矢理引っ張り、集団から抜け出す。



「ちょっ……ちょっと……!」

「うっさいです! 今からデートしますよっ。拒否権はありませんからっ!」



 周りにクラスメイトがいなくなり、ようやく言葉を発した傑を連れていく聖来。



(しょうがないから今回だけはざまぁポイントを気にせずに楽しませてあげます。感謝してくださいね!)



 傑の中の自信のなさを見抜いた聖来の発案だが、当の傑は全く別のことを考えていた。



(か、帰らせてくれ……!)



 丹土傑という人間は、本来かなりの陰キャである。



 人付き合いはしたくないし、休日に外を出歩きたくない。今日も外に出たくなくて16時まで家でうだうだしていたほどだ。



 そんな傑が生徒会長をやれているのは、先々代の生徒会長から意志を受け継いだから。



 学校では生徒会長の証たる腕章を身に着けることで先々代の真似ができているが、腕章がない彼はただのコミュ障。



 制服ではなかったので最初聖来に気づかなかったし、ギャルに囲まれて死ぬほどびびっていた。



 ざまぁポイントを与えられないのも当然。「ざまぁ」は心が揺れることで発生する。心を閉ざしている以上、心にダメージを与えられないのだ。



 つまり傑に自信がないという考えは半分しか当たっていない。自信どころか自身すら粉々なのが、丹土傑という人間なのである。



(さぁ、今日はめいっぱい楽しんでもらいますよっ)

(兎野のやつ、俺を殺そうとしてる……!)



 お互いの想いに気づかないまま、遅いデートが始まった。

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