第2話 AV!?・前編
「おはざーっす」
『さぁ、今日はAから始まる英単語を……』
「ちっ」
昨日華々しい勝利を収めた聖来が生徒会室に入った瞬間、既に生徒会長席で仕事をしていた傑が動画を再生した。勉強ものを、爆音で。
(転んでもただでは起きないってわけですか……)
全国でもトップクラスの成績を誇る傑にとって、凡百向けの勉強動画は何の足しにもならない。つまりこれは頭の悪い聖来に聞かせるためのものだ。
(ですがそんなものを私が聞くと思ったら大間違いですよ)
生徒会室の配置はこうなっている。
つまり聖来は二席を利用できるわけだが、わざわざ真面目に机に向かうつもりはない。書記席に荷物を投げ捨てると、机に置いてあったノートパソコンをとりソファーに座る。そして、
(私は死んでも勉強なんてしない!)
傑からは見えない左の耳にのみワイヤレスイヤホンを装着。音楽を再生した。
(くふふ……。気づいていないのでざまぁポイントは稼げないのが残念です)
それから約15分が経過。傑は資料作りに、聖来はパソコンでのSNS巡回に集中していた。
(さすがにそろそろ資料作らないとですかね)
聖来は家に仕事を持ち込まない主義。もとい家に帰ってまで生徒会のことを考えたくない。
いい加減手を動かそうと思ったその時。
『んっ、あっ、あんっ』
「!?」
傑のスマホから流れる音声が、女性の喘ぎ声になっていることに気づいた。
(まさか……AV見てるっ!?)
気づいていないフリをしながら、横目で様子を確認する聖来。大丈夫。傑はいたって真剣な顔でパソコンに向かい合っている。
(そりゃ聞き間違えですよね。あのくそ真面目が仕事中AVを見るなんて……)
『んっ、そこっ、だめっ』
(いやこれ絶対AV見てますよっ!)
ありえない。ありえないが、認めるしかない。聖来が入学した学校の生徒会長は、女子と二人きりの状況でAVを見るような人間だと。
(それはいいとして……や、よくないんですけど、置いておくとして。なんでAVなんて見てるんだろう……?)
考えられる可能性は三つ。
「ざまぁ合戦」のためか、イヤホンをつけるのを忘れているか、そういう性癖なのか。
(一つ目ならまだ……いやここからどう発展させていくのかはわからないけど、まだ納得できる。二つ目もしょうがない。でも三つ目だった場合は……生徒会辞めよう)
とにもかくにも。いつも通り「ざまぁ合戦」のためだけに聖来は頭を回す。
(普通に考えて、これは私の勝機。生徒会でAVを見てるなんて情報を手に入れられたら最早私の完全勝利。もう二度と逆らえなくなるはず。ばれないように動画撮っておけば……!)
聖来がゴソゴソとスマホを取り出そうとする中、傑は他のことに意識を向けず、一心不乱に資料作りに励んでいた。
そう。こんな状況でAVを見る男など存在しないのだ。
喘ぎ声の正体は、マッサージ動画。勉強動画が終わり、昨日途中まで見たマッサージの仕方を教えるといういたって健全な動画が自動再生されたのである。
それなのに聖来が勘違いした理由は二つ。片耳で音楽を聴いているので大きな声しか耳に入っていないのと、思春期だから。
兎野聖来という人間はイマドキ女子を気取っているが、交際経験はない。そのくせ性に対する関心は人一倍。かわいい言い方をすると、おませさんなのだ。
(くふふ……。短い間でしたが楽しかったですよ。あなたとの「ざまぁ合戦」。ですがこれで終わりです!)
(兎野がいて助かったな……。一人じゃ絶対終わらなかった……)
勘違いしている聖来と、真面目に仕事してくれていると信じている傑。
二人の空虚な戦いが始まった。