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第1話 勝負のはじまり・後編

 状況は極めて単純。生徒会活動中の動画視聴を諦めさせるか認めさせるか。



 現状は諦めさせたい傑が圧倒的に有利。必要のないスマホ使用は校則で禁止されている。これがある限り、よほどのことがなければ敗北はない。



 その油断が傑の行動を遅らせた。



「せんぱ~いっ」



 先手をとったのは聖来。甘い声を出し、スマホ片手に生徒会長席に座っている傑に近づく。



「一口に動画って言っても、ちゃんとタメになるものもあるんですよ? ほらっ」



 聖来が見せてきたスマホの画面には、顔が見えないよう狐のお面を被った女性が映っている動画が流れていた。彼女が持つ指示棒はホワイトボードを指しており、そのホワイトボードには高校レベルの数学の公式が書かれている。



「せんぱいは知らないかもしれませんが、こういう風に勉強を教えてくれる動画もあるんです。これでも禁止にしますか?」



 近年の陰キャは、昔とは違ってネットに強くない。SNSの発達やアニメブームにより、以前ならオタクの領分であった分野は陽キャに侵略されつつある。



 では陽キャの領分であった野外活動などに陰キャが浸透しつつあるのかというと、決してそういうわけではない。いわば領地拡大。陽キャの台頭により追い出された陰キャには何も残されていない。



 つまり無趣味。全ての分野において陽キャに劣る陰キャが増産されているのが現代日本である。



 傑もまさにそれ。動画を見ることもあるが、せいぜい推しアイドルのチャンネルを見る程度。広大な動画ジャンルに関する知識は全くなかった。



(まずいな……)



 状況の不利を悟った傑は、画面を見ながら冷や汗を垂らす。だがそれは動画視聴を認める流れになっているからではない。



(この人、めっちゃ胸大きい――!)



 そう。丹土傑は知らないのだ。胸が大きな女性がコスプレをして再生回数を稼ぐ類の動画を。



 狐のお面を被った女性がその典型的な例。やけに丈の短いスカートスーツを着用し、胸元を大きく開けて谷間を画面に見せつけている。



 すぐにスマホを払えばよかったが、既に傑は10秒以上胸を凝視し続けている。これにより行為に意味が生まれてしまった。つまり、何をしても綺麗に返されてしまう。



 パターン1。



「くだらない。やはりこんなものは不要だ」



 改めて動画視聴を否定しようとした場合、



「あんなに見てたくせによく言いますねー。先輩には刺激が強すぎましたかー? 先輩童貞ですもんねー!」



 長々と動画を見てしまったせいで煽られてしまう。



 パターン2。



「こういうのもあるのなら動画視聴も一部認めてもいいかもしれないな」



 傷が浅い内に負けを認めた場合、



「そうですよねー。先輩おっぱい大好きですもんねー! もっと見たいですもんねーっ!」



 新たな傷をつけられて大敗北が決まってしまう。



(甘かった……! 既に勝負は動画なんてところにないんだ……!)



 これは「ざまぁ合戦」。相手の心を折る戦い。



 たとえ動画視聴が認められなくても、煽られて心を折られてしまえば敗北。聖来はそのことをよく理解していた。それを証明するかのように、チャンネル名が指で隠されている。嫌がらせ特化の行動である。



(今頃気づいたようですがもう遅い。この勝負は私の勝ちです。くふふ……。さぁ、巨乳の前に沈むのです)



 傑と聖来は正反対。しかし勝利を確信した時の油断は、全ての生物が犯すミスである。



(! シャーペンが……転がって……!)



 それは生徒会長としての使命か、はたまた個人の信念か。傑はまだ諦めていなかった。



「確かに勉強になる動画もあることは認めよう。こういった動画なら見ても構わない」



 自身で落としたシャーペンを拾うため、椅子から立ち上がって歩く傑。



「だが勉強ならこの女性より俺の方が上だ。そんなに不安なら俺が教えてやるよ」



 論点ずらし。動画にはもう見切りをつけ、物理的に距離をとることで話題の強制変化。ただただマウントをとることに傑は注力した。



 丹土傑は無趣味人間である。故に家にいる間は基本的に勉学に時間を使っている。



 その結果は常に学年1位。全国でも必ずトップ千。対策すれば百位に入れるほどの学力を手にしていた。



 元々生徒会に入ったのも、毎年一枠ある有名大学、上早大学への推薦権を手に入れるための内申点稼ぎが目的。故に成績面においては、傑の右に出る者はそうそういない。



「ぐ、ぅ……!」



 一方聖来の成績は下の下。偏差値50前後の和治学園に入れたのも奇跡的であった。見た目通りのお馬鹿さんである。



 そんな彼女が否応なく下になる話題に方向転換したのだ。これまでの話を無視したマウントに思わず聖来も言葉に詰まってしまう。



「さぁ座れ、兎野。この俺が直々に勉強を教えてやる」



 メイクだって社会勉強の一つ。Wi-Fiがビンビンに飛んでるんだから学校も動画視聴を前提としている。考えていた返しが見事に無駄になった絶望に、思わず聖来は後ずさる。



(ま、まずい……こんな展開になるなんて……!)



 聖来はきょろきょろと辺りを見渡すが、反撃の材料になりそうな武器がない。



(動画視聴を認めさせようとしたら勉強させられましたなんて、完璧なざまぁ展開……! これ以上ざまぁポイントを積むわけにはいかないのに……!)



 「ざまぁポイント」。それは傑と聖来の間で暗黙の了解となっている勝敗の数である。



 ざまぁさせられるとプラス1ポイント。現在のポイント数は10対10と互角だが、一度優位に立たれると中々反撃できなくなるのが「ざまぁ」。



(下手に勉強して自分の馬鹿さを突きつけられたら、「もうちょっと真面目になった方がいいのかな……」なんて思っちゃう……! 勉強なんて死ぬほどどうでもいいのに……!)



 だが反撃の手がない以上、詰みは明らか。傑もそれを感じとったのか、トドメの一言を浴びせる。



「あんな胸しか取り柄のない奴より、俺の方がよっぽど頭いいから」



 しかしそれも、油断だった。



「胸……? ちょっとなに言ってるか……わからないんですけど……」

「……は?」



 わざとらしくとぼけた聖来は、改めてスマホの画面を確認すると、大袈裟に驚いてみせた。



「わっ。確かに大きいですねっ。今まで気づきませんでしたっ」

「なに……言って……。いや、まさか……!」



 傑も聖来もわかっている胸のことなど口にしなかった。だが傑のマウント癖により、言質がとられてしまったのだ。



 丹土傑生徒会長は、胸のことしか頭になかったと。



「えー? 丹土せんぱいまさかずっとおっぱい見てたんですかー?」

「や……それは……」



 形勢逆転。傑が後ずさり、聖来が追い詰める。これが陽キャだったら「男だったら胸くらい見るだろ」などと反論できたかもしれない。



 だが傑は陰キャ。下ネタに耐性はないし、何より。恥ずかしい。こんな真面目な感じでいるのに、胸ばっか見てると女子に言われることが。



「この動画で大事なことは勉強だけなのにー、せんぱいはそんなことを考えてたんですねー。やらしー」

「ちょっ……まっ……!」



 反論の時間すら与えず傑を壁際まで追い詰めると、聖来はニヤリと笑い、第二、第三ボタンまで開けて上目遣いで傑を見る。



「そういえばわたしもこの胸くらいしか誇れるものがなくて……。あれ? それって――」



 さらに背伸びをし、身体が触れない程度に近づく聖来。



「――胸しか取り柄のない女に、動画視聴を認めさせられたってことですね」



 そして一言、



「ざまぁ」



『ざまぁポイント+1』



「っ、っ、っ――!」



 その声により崩れ落ちる傑。叩きつけられた現実に、彼は立ち上がることができない。



 そんな傑を見下ろし、羞恥心に頬を染めながらボタンを戻していく。



「生徒会室で動画見るのはオッケーってことで。じゃ、仕事に戻りますねー」

「ぁ……あ……あぁぁぁぁ……!」



 勝負を分けたのは油断の有無。傑は動画視聴を認めただけに留まらず、胸の前には勝てない情けない男だということを知られてしまった。




ざまぁポイント累計


丹土傑  11

兎野聖来 10

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