緑山異聞
部屋に戻ると多恵を囲んでおとこおんなが大騒ぎの最中だった。
あんたぁこんな顔だったのかい、いや別嬪だ
ちょっと櫛ぃ貸しな、おいらが結い上げてやるよ
えぇ多恵さんと言うのかい良かったねぇ名前まで貰って
女将さん、多恵さんの鼻の周りの胡麻粒みたいのはなんですかね
ありゃ雀班っていうんだよ肌の木目が細かい証拠さ
色白は知っていたけどここまでとはねぇ
当の多恵はうっとりと鏡を見つめている。
おれは皆に気づかれぬようにそっと座敷にすわりこのおお騒動を
みている。
旦那ってなぁどんなお方だい?
ゲソの為が言うにゃ足が12文の偉丈夫だそうだ
お顔は?どんな方かねぇ役者みたいな、団菊左みたいかねぇ
まだこっちぃ来てから日が経ってないからなぁ
ここのお運びが見たそうだがな、お客の顔なんぞまじまじ見んべ
多恵はようやく鏡から顔を上げ
ーこんな面を頂きました。これからもどうぞよろしくお願いしんす
と三つ指をついて一堂に頭を下げた。皆もわらわらと頭を下げ
良かったね
綺麗だよ
と口々に言いたてる。
居住まいを正し髪に手を当てて、こほんと。声を張り上げて多恵は
ーそしてあっこの床柱を背に大胡座をかいているのが
チョンと柝の音が入りそうな間合いで
ーわっちのお旦でありんす どうぞお見知り置きくださいませ
とおれをお披露目した。