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9話

「今宵、この場に居合わせた全ての者に祝杯を、また歴代の中でももっとも輝くマラビスタ劇団に乾杯を!」


 そう高らかに舞踏会の始まりを宣言した国王がグラスを掲げると、広間にひしめき合った人々も手にしたグラスを掲げる。

 いっせいに楽団が演奏を始めると、ファーストダンスを国王と王妃が務めるやがて一組また一組とダンスの輪が広がっていく。いくつものシャンデリアが眩い光を広大な広間を隅々まで照らし、今夜の為にあつらえられた花々も巨大な花瓶に生けられている。

 マラビスバの団員達も男女ペアになりダンスに参加している、今夜の舞踏会は美男美女のペアだらけで貴族達の目を楽しませているらしい、壁際ではダンスの誘いをまつ令嬢達が集まって目当ての人に熱い視線をおくっている。

 リゼットはダンスに参加するつもりもないのでバルコニー側の分厚いカーテンに隠れるようにして一人シャンパンを楽しんでいた。

 セレスティはホーク団長とダンスしているし、目をぎらぎらさせたアイリッシュはすでに何人か目星を付けたのか何人かの男性の中心でこれでもかと美貌が猛威をふるっている

「リゼット見つけた」

カーテンから顔を覗かせたのは、男優の中でもNo2の色男、フェリオだった

銀糸のような絹髪をストレートになびかせて、アイスブルーの瞳をすっと細めて笑う

グレーのタキシードに蒼いハンカチーフを差し込み金の飾チェーン飾りをした彼はすかさずリゼットの隣に寄り添う

「フェリオどうしたの?」

「ここにいさせて、だってそうしないと、彼女達に食べられてしまいそうで」

そういって目くばせするフェリオにカーテンの隙間から広間を覗き見れば、幾多のご令嬢達が誰かを探してきょろきょろとしているのがわかる

「フェリオも大変ねぇ~」

「そうなのよね…わたしって見た目だけは男でしょう?けれどほら、ねぇ」

「わたしだってフェリオがそっちの人だって最初はわからなかったわよ」

「知らなかった、まさかリゼットがわたしに興味を?」

「最初はっていったでしょ?それにそういうのじゃないっていうのもわかっているでしょう?」

「やだ、冗談よぉ」

お互い笑いあうと飲みかけのグラスをカチリとあわせて乾杯する。フェリオはリゼットよりも二つ年上だが劇団の中でも特に気が合う、彼は見た目も中身も立派な男性だが興味があるのは女性ではない、此の事を知っているのは劇団の中でも限られている

 フェリオは好きな人が出来るたびにリゼットに相談しにやってきたが経験がないリゼットが出来るのは頷いて話を聞くだけというのにそれがいいとフェリオは飽きもせずにやってくるのだ

「それにしてもフェリオ、いつになったら黒薔薇の男性を明かしてくれるの??」

「それはリゼット内緒だっていったでしょ」

「だってずっと黒薔薇としか言ってくれないじゃない、そろそろ明かしてくれてもいいんじゃない?」

「だってあの人ってば全然こっちには興味もないって感じだから、虚しい片思いに終わるのは目に見えてるの、けど───」

「止められない想いってやつね、はいはい」

「不毛よね~」

ふくれた顔でリゼットの肩に頭を預けたフェリオは年相応よりもずっとかわいく見える

ふと広間が騒がしくなったのでフェリオと二人顔を合わせ不思議そうに隙間から様子を伺う、皆が視線を集める先には、今まさに二階階段から優雅に降りてくる二人の人物がいた。

 柔らかな色の金髪、サファイアブルーの瞳にすらりとした身体には漆黒のタキシードを着込んだユーリに腕をからませて側に寄り添う美女は間違いなくクリスティーナだろう

押し上げた胸はいまにもまろび出そうなほど豊かだし最後に見たときよりも美しさを倍増させている

やがて二人は連れ添って国王に挨拶をすませるとダンスの中心に躍り出た

くるくるとわまる二人はどこかでみた細工人形のように美しい

「…っ」

リゼットの胸にささる棘に顔をしかめる

だめっこれ以上は見ていられない!

 カーテンの奥に逃げ込んで思いっきりバルコニーの外の空気を吸い込む

落ち着いて、だって決めたじゃないユーリの目に只一度うつればいいって、それだけよ?

自分に言い聞かせて、広場に戻り適当な相手とダンスするだけで目的は達成なのだ

後ろで心配そうに様子を伺っていたフェリオに向き直ると

「ファリオ、今日のわたしは完璧かしら?どこもおかしなところはない?」

「ちょっと…どうしちゃったっていうの?今日のってか今日もリゼットは完璧よ」

「わたし今からダンスに行くから!」

ずんずんと歩くリゼットに慌てたフェリオが腕を掴んで静止させる

「そんな大股で歩いてどこで何をするって?まるで戦場へ行く兵士みたいになってるわよ?」

「だから、ダンスよ、ダンスしなきゃいけないの、それで───そう完成よ!」

「ぜんぜん意味がわからないわよ…でもわかったから落ち着いて、わたしがパートナーするから、ね?」

「フェリオが?」

「あら、何その顔、わたしじゃ役不足とか言うんじゃないわよね?」

「そうじゃないけれど…わたしどうしても見てほしい人がいて…だから」

「なるほど…不毛な恋をしているのはわたしだけじゃないってとこかしらね。だったらこのNo2にお任せあれ、リゼットをあのホールで誰よりも輝かせてあげるわ」

そういうなり、ぐいっとリゼットの腕を自分の腕に絡ませると、つかつかとバルコニーを出ていこうとする

「フェリオ…!」

「まかせて、私の可愛い人」

ぱちりとウインクをした頃には広間の一角に現われたフェリオとリゼットに多くの視線が集まっていた


「あの女性がマラビスバ劇団の三姫か、なるほど美しい…」

一段高くなった場所で豪奢な椅子に腰かけた国王は髭をなでつける、その横に並んで座った王妃は柔和な顔で王妃の手をぱしりと叩く

「あなた、浮気なんてなさったら一生口もききませんからね」

「おいおい、お前以外考えた事もないよ、それにみてごらんあの三姫のエスコートしている男を、まるで若い頃のわたしの様ではないか?」

「いいえ、あなたのほうがずっとお綺麗でしたわ…」

「それを言えば、あの三姫よりずっとお前の方が美しく輝いておったぞ」

とんだ喜劇を見ているようだと周囲が辟易しながらも困った夫妻に平和を感じる

「父上、公共の場ではおやめ下さいと申し上げたはずですよ、皆、砂糖と蜂蜜を口に流し込まれた罪人のような顔をしているではありませんか」

「耳をふさいでおればよいのだ」

頬を染めた王妃から目も離さずぞんざいに言い返した父に 今日も重症だ と周囲を笑わせユーリはホールでダンスをするリゼットを見つめた

 ミルク色のドレスは彩光がかっており、リゼットが動くたびにゆらゆらと虹色に艶めいている、胸元でカットを入れたドレスは首元までレースで覆われているふわりとした袖はリゼットの白く細い腕をちらちらと覗かせる。

 髪は後頭部でまとめてありサイドに少し流しているそこに真珠のピンが散りばめられており究極までリゼットを輝かせている。

リゼットに視線を向けているが周囲にはユーリが会場を見渡しているとしか見えないだろう。

やがて音楽がかわる、この曲は円になって踊り、ワンフレーズとともにパートナーを隣と入れ替えていくというものだ、相手が変わればテンポも変わるので上級者向けのダンスだ

「さぁ、私達ももう一曲踊ろう」

「はい、ユーリロンバルト様」

クリスティーナをエスコートしてホールへ出る、ちょうど向かい側にはユーリを背にしたリゼットが居る。やがて男女が深くお辞儀を交わすと、リズミカルな音楽に合わせてステップを踏んでいく

軽やかに踊っていると見守っていた群衆からわっと歓声が上がる

 ユーリの視界の隅に身体を持ちあげられたリゼットが見える、どうやらパートナーである男がリゼットの細腰を持ち上げたのだ、見た目とは違うドレスの重さに加え女性自身の体重を合わせたのを軽々と抱えあげた男はホールの中でも数えるほどだろうが、フェリオの美しさとリゼットの美貌が事のさら注目を集める事に繋がっている。

 ひと際高く持ち上げられたリゼットは頬を染めて微笑むもふてくされたように口を尖らして何か抗議をしている様子だが男の方は気にもしないようにリゼットの鼻を軽くつまんで笑っている

やがて方手をとって女性をくるくると回し終えるとここでワンフレーズが終わる、隣とパートナーを変える番だ。

新しいパートナーとまた深くお辞儀を交わすと同じようにステップを踏む

目の前にいる女性はややふっくらとした体形をしている、オレンジのドレスはさらに膨らんでおりユーリを目の前にしてふらふらと赤い顔をしている

「コービッシュ伯爵夫人、どうかされましたか?」

「えっ…いえ、わたくし少し飲みすぎてしまった様ですわ…でもお気になさらないでくださいませ」

「そうですか、貴方のか弱い喉に無理をさせたのですね、どうぞ今だけでも私に身を預けて下さい」

ほぅっと溜息を零すとしとやかにユーリの腕に体重を預け一心にユーリを見つめ続けたがとうとうワンフレーズが終わってしまい、名残惜しそうなコービッシュ伯爵夫人を押しのけるようにして次の相手がユーリの前に立つ

「本日も麗しいですねベアトリス嬢、その赤いドレスもよくお似合いで庭園のバラの様ですよ」

「まぁユーリロンバルト殿下…いつかその薔薇を見せていただきたいですわ」

「もし貴方を薔薇園に連れて行ったら薔薇達が嫉妬してしまうでしょうね」

もちろんユーリは一かけらとしてもそう思っているわけではないが、相手が褒めてほしいだろう所を見つけては増長して褒めているだけなのだ

どのような人間でも欲望が態度や仕草に出ている、それがよくわかるだけにユーリに映る世界はひどく単調な物に感じる



「まったく信じられない…ああやって色んな方にモーションをかけているだなんて…!」

耳がよいリゼットには微かにだがユーリの会話が聞こえていた、それもユーリとの順番が近くなるほど、その甘ったるい睦言に辟易してくる

 リゼットを相手に踊る男性貴族はぷくりとふくれたリゼットの顔に早くも心奪われている様子で顔がだらけきっている

わたしもああやってユーリのおふざけに踊らされた一人なんだわ…!

 そう思うと、消えかかっていた憎しみがふつふつと蘇る

それに睦言を聞いた女性は皆揃って天にも昇ったような顔をしている

皆騙されているのよ…!なんて最低な男なのかしら…!そうやって釣れた女性を慰み者にしては喜んでいるのよ

 いよいよリゼットがユーリのパートナーになる番が迫ってきた、今まで踊っていた相手にお辞儀をすると、背筋を伸ばして一歩踏み出すやがて意を決して正面を見れば漆黒のタキシードに包まれた胸部が見える、深くお辞儀を交わし、差し出された手に誘われるように指先を乗せる。

 本来なら相手の顔を見ながら踊らなければいけないが、リゼットは俯いたままで心の中で葛藤していた。

怒りにまかせて行動すべきでないと訴える自分と、復讐してやるのよ、こんな最低男にはお似合いよ と叫ぶ自分どちらに軍配があがるかは神のみぞ知るといった状態だ

「リゼット?」

ユーリが自分の名を呼んだ、その音で脳が痺れたように停止した

「顔を良く見せてくれないかい?リゼット」

ゆっくりと時間をかけてユーリの顔を見る、何の障害もないクリアな視点で見るユーリの瞳は最後に見た時と同じサファイアブルーだったが顔のつくりはあの頃よりずっと精悍になっていた

「どれほどこの日を待ちわびたか──会いたかったリゼット…」

どれほど──?会いたかった──?

「…にを言っているのかわからないですわ…殿下」

「君は変わったね、そうだ綺麗や美しいなんて言葉では足りないほどに」

ええ、そうよ、貴方に裏切られたおかげでわたしは変わったのよ…!?

言いたかった言葉が喉につかえてしまう

「今度こそ、私の側にいてくれないだろうか、もちろんすぐにリゼットの信頼が取り戻せるとは思っていないし償いもするよ

リゼットが望むなら生活に必要な物は全て私が用意する」

ユーリの側に?わたしの信頼?必要な物は全て??

「それは…わたしにマラビスタ劇団を捨ててほしいという事ですか?」

「あぁ……それは今すぐとは言わないが…ゆくゆくはそうなるだろうと思うけれど──」

なるほどね…今度は女優であるわたしさえも落として、最後にはわたしはまた全てを失うのよね

何て世の中は無情なのかしらね。こんな人だとわかっていなければわたしはまだどこかでひっそりと無き暮らす女でいたでしょうよ

「わたくし、もう殿下がご存じのリゼットではないのですよ?マラビスバ劇団の女優ですの

甘言に惑わされる幼女ではないのです、それに収入もそれなりにありますので誰かに囲んでもらう必要もありません」

「リゼット!」

リゼットは渾身の色気を纏って悪女上等に笑ってユーリを睨み返すと、曲よりもワンテンポ早く終了のお辞儀をする

「さようなら殿下、もう二度とお話することはないでしょう」

次のパートナーへと向き直った所でユーリの手がリゼットの左手を掴んだ

「なっ…」

「失礼、レディ。髪飾りが落ちましたよ?」

そういってユーリの右手の先には真珠のピンが光っていた

「さぁ、どうぞ───」

掴んだ手を強くひかれ、よろめいたリゼットをユーリは自分の胸に抱えるような態勢でピンを後頭部に差し込んだ、リゼットは動揺をかくせないままでいたがユーリはごく自然を装ってリゼットの耳に口を寄せると囁く、息とともに届いたユーリの言葉に一瞬硬直したのち、逃げるようにその場を後にした。

音楽が終わってフェリオが迎えに来てくれた後もずっとユーリの視線を感じたリゼットは一足先に自室に戻りあの時に囁かれたユーリの言葉を思い出す


『君を捕まえてみせるよ』


ずるずると壁に身体を預けて座り込む

「どうしよう…まだ一カ月も残っているのに…」

翌朝、すっかりむくんだ顔をセレスティに叱られたのは言うまでもない

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