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4話

 小さな村にも春がやってくる。簡易に舗装されているレンガ敷きの通りの脇に並ぶ草地からは可憐な花が今が盛りとばかりに咲き乱れている。お世話になった先生方に折り目正しく挨拶をすますと颯爽と走り出した。修学式を終えたリゼットは、真新しい白いシャツにこの日のために母が用意してくれた紺色のスカートをなびかせて、校舎を飛び出た

 くるぶしまできっちりとあるスカートは軽くはなかったけど必死に走る

ユーリが式が終わったら婚約をリゼットの両親に話そうと先日告げてかれたのだ

本当は一緒に帰るはずだったがユーリは一足先に帰っている、何やら用意するものがあるとそう言っていた

「もしかしたら…指輪…?」

そう呟いてリゼットは熱を持った顔を綻ばせた

「もしそうでなかったら、花束かしら…?」

どのみちユーリが用意してくれるものなら何だってリゼットは喜んでしまうだろう。白のジャケットに白いシャツ、パンツは濃いブルーのユーリはいつにもまして美しかった。それは式での礼装だから、周囲の男子も同じなのだがユーリだけは飛び抜けて美しかった。そんなユーリが花束を抱えて出迎えてくれるかもしれない…そんな妄想するだけで舞い上がってしまいそうだ

 浮きそうなほどの喜びのなかで、いつもの距離が何倍にも感じられる

学校からまっすぐに伸びる道に突き当たり角を曲がって真っ直ぐにすすめば、やがて商店街が見えてくる。さらに何件かの店を通りすぎ角を曲がる東に進めば四軒目がリゼットの家だその先にはユーリの家がある

 角をまがるときに、ふとショーウィンドウに写る自分に目が行く、ここは村にある唯一の仕立屋だ。

学校から走ってきたせいでせっかくきれいに編み込んでもらった髪が所々跳ねている、しかも額には汗が光っていた

「や、やだ!わたしったらみっともないわ…ただでさえこんなんだから格好くらいはきちんとしとかないといけないのに…」

わたわたと髪をピンで留め直し、鞄から取り出したハンカチで汗を拭き取る

髪色も濁った瞳の色も棒切れのような体もどうしようもないとわかっていても、ショーウィンドウの奥でポーズをとりすみれ色のワンピースをきた人形を羨ましいと思ってしまう

わたしもこんな風に綺麗だったらな…

「だめっ!」

ぶんぶんと頭を振って余計な考えを捨ててしまう

「ユーリはわたしを選んでくれたんだからわたしはこれでいいのよ!ね!」

ショーウィンドウに写る自分にそう言って、口角をあげて見せればそれなりにかわいく見えるはず

少しだけ小走りにユーリと約束した家へと向かった

リゼットの自宅前を通り過ぎようとしたところマリサが道に出てリゼットの帰りを待っていてくれた

「リゼット!おかえり修学おめでとう!」

そういって駆け寄りぎゅっと抱きつかれたリゼットはマリサの胸に押し潰された

「お、お姉ちゃん…!来てくれたのね」

なんとか胸から顔を出したリゼットに過剰すぎる頬ずりをしながらも

「あたりまえじゃないの、リゼットのこんなお祝い事お姉ちゃんは例え海の向こうからでも駆けつけるわ!」

「修学ってだけで大袈裟よ」

ほんのり頬を染めるリゼットをぎゅうぎゅうと抱き締める。マリサは隣向こうのリンドウという街で人の髪を結ったり切ったりする見習いとして働きに出ていた、初めは結婚すべきだと両親に言われていたが見た目よりも活発なマリサは今時結婚するだけが女の役割ではないと両親を説き伏せたのだ

「何いってるの、今日はそれだけじゃないでしょう?ユーリとのこ…」

「しー!!だめよお姉ちゃん!その事は秘密って言ったでしょ?」

「そっか…そうだったわね!で、その肝心の人はどこにいるのかしら」

リゼットは余りの嬉しさに秘密だからと念を押して姉のマリサにだけこっそり求婚されたことを打ち明けていたのだ、最初こそ驚いていたマリサだが

「ユーリなら言いそうよね」

と納得してくた

「ユーリの家で待ち合わせをしているの」

「じゃ、私もついていこうかな」

「えっ?」

「いいじゃないの、それにユーリが驚いた顔を見れるかもしれないし」

そういってウインクしてくるマリサはあどけなさが混ざってとても愛らしい

そんなマリサをリゼットは好きだったしそうなりたいと思っていた

「もう、お姉ちゃんは」

そう言いながらもマリサが握ってくれる手を握り返してユーリの家に向かって歩きだす

二人の家は隣同士だが道がほんの少しカーブがかっておりリゼットはユーリの家の青い屋根が見えてきただけで心臓が早鐘をうった

どうしよう、今日は心臓が爆発してしまうかもしれないわ…!

「あら…?人集りだわ…」

マリサが不思議そうに頭をかしげるのでリゼットも背伸びをしながらカーブ先を見てみる

確かにそこには人だかりが出来ている

只それが異様な有り様でリゼットの心は一気に不安へと傾いた

だんだんと歩く速度が上がってしまいには走り出したリゼットに手を振り払われたマリサも慌てて後を追う

「リゼット!!」

後ろから追い付こうとしているマリサの声に急き立てられるようにユーリの自宅前までたどり着くも玄関が見えないほどの人に阻まれてしまう

「ユーリ!」

「誰だ誰だ、村の者か?下がりなさい!!」

「きゃ!」

恰幅のよい男に弾き飛ばされたリゼットは勢いよく地面に尻餅を付く

紺色のスカートには土がべっとりと付いてしまうがリゼットはそんな事より中にいるはずのユーリが気にかかって仕方ない、それに家の前に大挙して押し寄せているなかに兵士の格好をした人達が険しい顔で村人を制しているのがわかればさらにリゼットの不安は膨らむ一方だ

「ちょっと!わたしのかわいい妹に何してくれるの!!」

抱き起こしながらマリサはリゼットのスカートについた汚れをはたいてくれている

「なんだまた村娘か!!これ以上、王太子様の道を邪魔するなら気って捨てるぞ!!」

「な、何?」

「ふん。ここにお住まいは我が国の正当なる後継者であらせられるユーリロンバルト王太子様だ、これより帰城されるのだ!」

そう言うと恰幅のよい男はざわめく村人達を押し退けて道を開けていく

さらに集まってくる人々に辟易したのか兵士に合図を送るとよく訓練されている兵士は人垣を作り強制的に道を開ける

「お姉ちゃん…今あの人は何て言ったの…?」

「な、何かの間違いよ、そうよそれに王太子様がこんな辺鄙な所で住んでいるわけないわ」

「…そうよね…」

ユーリどうしてこんな事に…?早く会いたい…!

二人が寄り添いながら成り行きを見守る中、6頭仕立ての豪奢な馬車が道を進み出ると一斉に兵士が槍を構える

何が起きたかとざわめく村人にかまわず豪奢な馬車の扉が開かれる、その馬車からすっと白い手が外へと差し出されるとすかさず外で控えていた男が手を掲げると

やがて羽毛のように手を添えた人物が中かなら降りてくる

その姿に周囲からは感嘆のため息が聞こえてくる

 ピンクブロンドの艶やかな髪は高く結い上げられ、レモン色のドレスはよりいっそう白い肌が映える

細い腰を強調するように絞られたドレスは幾重にも襞がある

リゼットは見たこともない光景に一瞬ここは絵本の中なのかと錯覚してしまうほどだ

しかもその女性の顔立ちは天使像のように整っている緑の瞳は遠目からでも大きくきらきらしている

その女性ははっと目を見開いたかと思えば急に駆け足で誰かの名前を呼んだ

何かに躓いたのか前のめりにた折れ込みそうな身体を抱き止められ目から一筋涙を流した

彼女の身体を抱き止めたのは、白い礼服を纏った美しいリゼットの婚約者だった

「うそ…ユーリ?」

震える声で名を呼ぶ

嘘!あれはユーリなんかじゃないわ!似た人なのよ!

「どうなってるっていうの?」

今にも崩れてしまいそうなリゼットの肩を抱いてマリサはその光景に眉を険しくした

「違うのよ、あれはユーリじゃないわ、それにもしユーリだったとしても彼はわたしと約束したもの」

そう言いながらも顔色を失ったリゼットは一歩進む、ユーリに近づこうとまた一歩進む

何歩ほど進んだだろうか、周囲がわっと歓声を上げる

リゼットは目前で起こった出来事に気を失いかける

ユーリと女性がキスをしたのだ

微笑みながら顔を染めた女性はこの世の幸せを独り占めしたかのように輝いていたしユーリも眉を下げながら微笑みかけている

しょうがない人だとも言うように

 ユーリの白手袋に包まれた手がおもむろに彼女の後ろ首に回されるとそのまま顔を寄せたユーリが何か囁いたのかさらに女性は顔を赤くしている

リゼットは急激に身体が冷えていくのを感じた、地面に立っているのかそれとも座り込んでいるのかもわからない、ただ耳元で姉のマリサが何か叫んでいる

じっと二人を見つめていた一幅の絵画のような二人を──馬車の窓からユーリが一瞬こちらを向いた気がする

いや、そう思いたいリゼットの幻だったのか

やがて二人は6頭馬車に乗り込むと兵士を従えて村を去っていった

どれくらい時間がたったんだろう、リゼットの肩をさするマリサの動揺、怒り、泣きそうな表情がないまぜになった表情が視界にうつる。辺りが妙に静かなに事に気がついてみればもうそこには人だかりはなく、静まり返ったユーリの自宅前にリゼットは立ち尽くしていた

玄関ポーチまで進んで、二回ノックする


「やぁ!リゼットよく来てくれたね」


「ユーリ!」

扉には鍵は掛かっていなかったのかすんなり開いたそこには誰もいなかった

伽藍堂になった家の中は家具もカーテンもそのままに家人だけが消えていた

居間へゆっくりと入っていけば


「ほらこっちへ来てお茶にしないかい?」


テーブルで優雅にお茶を飲むユーリは居ない

廊下に引き戻したリゼットは二階への階段を一段もう一段と上がっていく

「ユーリ…?」

開け放たれたままの部屋はユーリの私室だ


「いつか一緒に暮らせるようになったらこの本は寄贈して代わりにリゼットのための鏡台を買おう」


そういってデスクに向かっていたユーリは居ない

どこをどう探したってユーリは居ないんだわ…わたしは何だったの?!

そのまま膝から崩れたリゼットは叫ぶように泣き叫んだ、自分にこれほどまでに大きな声が出せるのかと思うほどに

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