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復讐心は誰の胸に花咲く?

「ブスリゼットー!」

まだあどけさが残る声色が突き抜けるほどの青空に木霊する

「お前の姉ちゃんは村一番の美人なのに、お前はぜんぜん違うんだな!ブース!」

 三人の男子に囲まれて項垂れている少女は、背を大木に押し当ててじっと耐えていた。

ぎゅっとスカートを握っている指先は力を込めすぎて白くなっている。

背の高い森林に抱かれたこの小さな村でさえ世界の縮図のように一通りの出来事が詰まっているらしい

どこかの本で読んだように、皆親切で貧しくとも幸せに…なんてことはない。それでも住まう国リンドリルグでは、平等の教えの基小さな村にもそれなりの学び舎が建てられ教員が壇を取る。小校、中高、学問と備わっているこの国では小校までは希望さえあれば誰でも学を修めることができる十三歳で卒業を迎える小校へ通うのもあとわずか、リゼットは休むことなく通い続けてはいた。

 同年代の女子達はほとんどが小学を卒業したのちは、よほどの理由で貰い手がない限りは結婚して家庭に入る、小学に通っている間でさえ真面目に授業を受けているかといえば否であるにも関わらずリゼットはこの先中高、はては学問にも進みたいと考えていた、なぜなら自分には結婚は出来ないと考えていたからだ。リゼットは何がよくなかったのか全てにおいて平均以下…勉強も人よりも何倍もの時間をかけて覚えなければならない、裁縫、家事、手習い全てにおいて不器用を通り越している。これについては周囲だけでなく家族からもお墨付きをもらっているくらいだ。記憶力が足りていないせいか彼らに虐められるようになったのは何がきっかけとかいつからとか明確には覚えていない。きっととても些細な事だったとリゼットは思っている。

 今日のような状態もリゼットにとってこれは毎日の日課のようなもので、黙って耐えてさえいれば同級生である彼らは興が覚めてどこかへ行ってしまう、それをじっと待っているのだ

黙ってうつむくリゼットに腹を立てた一人がおもむろに彼女のスカートを引っ張る

「なんだこれ~?ぜんぜんお前に似合ってないじゃん!」

「ほんとだ!ピンクとかないわ~なぁ?」

げらげらと笑われるもリゼットはぐっと唇を噛む

似合ってなくて当たり前じゃない…!お姉ちゃんのおさがりなんだもん!

姉のサリナは九つ上でいつもリゼットを可愛がってくれていた

「リゼットは本当にかわいいわ、お姉ちゃんの天使よ!さぁキスしてちょうだい!」

そういって頬にキスをせがみ、そうすれば溜息をつきながらうっとり微笑む姉の方が美しいのは周囲も承知の事だ

目が覚めるような金の髪にブルーの瞳、朝咲きのような薔薇色の唇に完璧なまでの顔の作りに比べリゼットは霞んだ髪色にどろりとした錆色の瞳、痩せっぽちの身体はいくら食べてもふっくらしないし、背も低い

わたしもせめてお姉ちゃんみたいな髪の色だったら…せめて瞳があの覚めるようなブルーだったら

そんな非現実的な妄想に囚われているとふいの生地を割く音が聞こえる

「なにするの!!」

咄嗟にスカートを押さえるリゼットを面白がった男の子たちは一斉にスカートを引っ張るとそのせいで何か所も裂け始めてしまう

「お前にこんなの似合わないから俺等がとってやるよ!」

「やめてよ!!」

「うわ!きったねー脚!!」

ズタズタにされていくのを必死で止めようとあがくもとうとう、リゼットの太ももが露わになるほどまでに破けてしまいとうとうリゼットはしゃがみ込んで泣き出した

同級生等はそれをみてやっと留飲を下げたらしい

「次に来るときはもっと自分に似合ったの来て来いよな、目障りだからな!」

「それよりもう来るなよ、お前見てると食欲なくなるんだよ」

「豚が卒業とかふざけんな、先生もお前みたいな馬鹿めんどくせーって言ってたぞ」

げらげらと笑いながら、一人が草地に転がっていたリゼットの鞄を蹴り上げると書がばさばさと転がり出るさらにそれを踏みつけながら彼等は消えていった。

リゼットはスカートの残骸をかき集めて、茂みの中で一人震えていた

どうしよう…このままじゃ帰れない、男の子たちに虐められているのも知られたくなくてずっと誤魔化していたのに今日こそ知られてしまうわ!

きっと心配して怒ってくれる…けどそうしたらきっと学校へも連絡するし、そうなったらわたしもっと虐められてしまう…

ぽろぽろと大きな涙が地面に染みを作っていく、かき集めた布地がリゼットの心のようでさらに視界が歪んでいく

もういやだ…どこか遠くに行きたい誰もいないところへ消えてしまいたい!!

震える腕の中で丸まった布切れが目に入って来るとその中の一枚が細く長く割かれている

「…これで首を吊ったら…」

しゅるりと首に巻き付けるとなんとも言えない気分になった、なんだか本当に消えてしまえるような気がする、さらにほんの少し生地を引っ張ってみる

「…ふっ…!」

息が詰まるもさらに力をこめると、さっきまでざわざわと風に揺られていた木々の音も消えてすっかり静寂が支配したのが感じ取れる

もっともっと、不思議にも高揚してきた意識のままで力を込め続ける

指先がひんやりとしてきて、瞼が痙攣し始めたのが分かった。この瞬間リゼットの頭の中には何もなかった瞼に映るチカチカと光る星のような採光をひたすらに追うのみ

苦しい…けど…心地いいわ…

「だめだよ。」

凪いでいた意識に大きな石を落とされたかのようでリゼットは体がビクリと跳ねた

首に巻いていた生地が緩むと自然と体は空気を求めて動き出す

あまりに苦しすぎてリゼット前かがみになってせき込む

「さぁゆっくり深呼吸して、ね?」

背中をさする手は暖かい、倒れこむ身体を支えたのは顔を見なくてもわかる

リゼットの隣に住むユーリだ

二年ほど前に引っ越してきてからというもの、リゼットと家族ぐるみで付き合いがあるからリゼットは声を聴いただけでユーリだとわかってしまう

「リゼット?こんなやり方では気絶は出来ても死ぬことは出来ないんだって知ってたかい?」

いつのまにか取られていた布切れをユーリはやれやれといった体で茂みに放り投げるとリゼットの破かれたスカートに目を細める

「かわいそうにリゼットにとても似合っていたのに…誰がこんなことしたのかな?教えてリゼット?」

ユーリはまだリゼットの背をさすりながら柔らかい口調で聞き出そうとする

「え…誰にも何もされてないからいいよ…」

ばれちゃうのだけはいやだ…告げ口したら余計にいじめられてしまう…!

またみっともなくも大きな涙がぽろぽろと流れ出る

「リゼットは気丈でそこがかわいいんだ、さらに僕を頼ってくれたらもっとかわいいんだけどな」

ユーリの綺麗な指が涙を拭ってくるのでリゼットは思わず下を向く

「ユーリもお姉ちゃんも変よ…目がどうかなっちゃってるんだわ」

「え?──どうかなっているのか?見てくれる??」

本気で心配がるユーリがおかしくてリゼットは噴き出してしまった

「リゼット笑っている場合じゃないよ、ほらよく見て!」

そういってリゼットの顔を覗き込んだユーリの近さに驚く

サファイアブルーに金の光彩が宿る瞳は切れ長であるものの二重であるそれは目を見張るほど美しいしすっと通った鼻梁に薄くも透明感がある唇、彫像のような顔に影をつくる髪は光のような金色で触れたら柔らかいであろうというほどに微風に揺れている

「ユーリは…どこもおかしくないわ」

恥かしくなってぱっと顔をそらす、いつもそうだったユーリは人との距離感をつかめない人でクラスでもユーリを嫌いだという女子も男子もいない、リゼットの唯一の友達と呼べる地味で本の虫で書物にしか興味がないと豪語するアリーだってユーリの事が好きだった

「じゃぁ、やっぱりリゼットはかわいいってことだね」

「……そんなことより…わたしこのままじゃ帰れないわ…ユーリお願い、アリーを呼んできてくれないかしら…」

「アリー?…あぁリゼットのお友達だね、でも彼女をどうしてだい?」

「アリーなら家が近いからきっと何か着るものを貸してくれると思うの」

そういってぼろぼろになったスカートでなんとか素足を隠すように抑える。今更だがこんなボロ雑巾状態の自分を恥ずかしく思う、ぼさついた横髪を耳にかけて少しでも身なりを整えようとあくせくしていると頭の上からユーリの溜息が聞こえた気がして顔を上げる

ユーリはほんの少し困った顔で一考しているようだ

「もし、アリーがこんな君を見たら、とんでもないことが起きると思うんだけど、どうかな」

「あ…確かにそうね…わたし誰にも知られたくないのもうすぐ卒業だし…」

本の虫、アリーは見た目にそぐわず気性が激しい。嫌なものは嫌と言えるし、クラスでおおっぴらにリゼットを虐める者がいれば飛び蹴りをしたり…男女平等に…そんなアリーが今の状況を知ったらどうなるかわかったものではない、もし流血事件にでもなったら才女であるアリーの将来に傷がついてしまう。

想像しただけでリゼットは卒倒しそうになった。

「じゃ、こうしよう、このまま森を抜けていけば僕の家の裏手にでるから、そうしたら僕が何か見繕うよ、スカートはないけどサリナやご両親には僕が上手に誤魔化してあげる」

「上手に誤魔化す…?」

「僕にまかせていて」

そういうとユーリは自分がはおっていたジャケットを脱いでリゼットの肩からはおらせる

身長がないため、ちょうど膝まであるジャケットはなんとかリゼットの足を隠してくれそうだ

「いいの?借りてしまっても…なんだかとっても仕立てがよさそうなんだけど…」

羽織ってわかるその生地は柔らかくて、軽い、リゼットはこんな生地は姉のサリナの冠祭でしかみたことがなかった

まじまじとジャケットを見ているリゼットにユーリは優しく微笑むと

「僕の父の物なんだ、だからそれはお古ってこと。もし破けてしまったらきっと僕は新しいジャケットを買ってもらえるだろうから、仮にそうなってしまったら僕はとてもラッキーだね」

リゼットの手をとって歩きだすとユーリは仄暗い森を躊躇なく進んで行く

何度か木の根に躓くリゼットに辛抱強く付き合うユーリに感謝する

「ユーリは夜目がきくのね、わたしはよく見えないわ!」

「そうかな?僕にはリゼットがよく見えるよ」

ほんのすこし振り向いたユーリの表情はやっぱりよく見えない

「それはきっとユーリの目が綺麗だからなのよ、おばあちゃんが言ってたもの綺麗な瞳は全てを見通すって、わたしの目は錆びているから見えないのね」

くすくすと笑うとふいに顔に何かがぶつかる

「わっ!……ユーリ?急に止まったら危ないわ」

ぶつかったのはユーリの背だ

「そういえば、リゼットは誰にも虐められているのを知られたくないんだったよね?」

「えぇ…そうだけど?」

「僕は知っている」

「そうだけど…ユーリは誰にも言わないでしょ?」

二年ほどの付き合いでリゼットは確信していた、むしろリゼットには友達と呼べる人間が極端に少ないせいか自分によくしてくれる人というのは信頼するに値するべき人間なのだ

良い人、だからリゼットによくしてくれる。それを疑うなんてリゼットには出来ない

「僕はリゼットがとても好きだよ、でも虐められている君を放置できるほどできた人間じゃない」

ゆっくりと振り向いたユーリは細いリゼットの肩を抱くと物悲しげに息を吐く

「ユーリ!だめよ誰にも言わないで!」

「それは僕に無償でお願いしているのかな?」

無償という言葉にリゼットの思考が停止する

無償?って、え?だって友達だったらお願いは聞くものじゃないの?むろん命を差し出せとか悪事に加担するなどは論外だ、ただこの些末な秘密を共有するのに何か代償が必要なのは今まで知らなかった。

「お、お金はもっていないの…でもわたしが持っている中でユーリが気に入るものがあれば何でも…」

抱きすくめれらたままに明らかに動揺したリゼットに破顔したユーリは

「じゃぁ僕に君をちょうだい?」

「え??わたし!?」

しばらくの間茫然としていたリゼットの顔が暗闇の中でも真っ赤になっているのがわかったユーリはさらにリゼットを抱きしめる手に力を込める

リゼットは急激に体温が上がっていくのを感じた、今ここに誰かが枯れ木を投げ込んだらすぐさま燃え上がるだろう

「結婚するならリゼットがいいんだ、僕は必ず君を幸せにすると誓うよ」

「…!!」

クラス中…いや学校中の人気者のユーリに求婚されるだなんて、これは夢かしら!?

確かにリゼットですらユーリに憧れをもっていたし、これでも十三歳で夢見ることだってある、できるなら誰かに愛されて結婚して子供が生まれる、そんな未来を夢見ていた、幼いころから姉とくらべられあまつさえ、何もかも人並み以下かよくて平均かといったリゼットにはそんな夢描いた未来があるとは思えなかっただからこそ、修学してどこか働き口を見つけれたらと考えていたのだ。

 そんなリゼットに星のように輝く人が…ユーリが好きだと言ってくれている

まるで身体が宙にういたようでどこかへこのまま飛んで行ってしまいそうなのをユーリが強く抱いていてくれている

まるでつなぎ止められているかの様

「リゼット、お願いイエスといってくれないか?」

「は、はい、ユーリわたしをお嫁さんにしてください!」

「嬉しいよ、リゼット」

そういって離れたユーリの顔を見ることは出来なかった、森の仄暗さが隠していたから

けれども、リゼットは宙に舞いそうなほど歓喜していた。

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