第八話
家出してから一か月が経とうとしていた。今日も朝から公園で練習だ。
「はっはっ…… はっはっ……」
「はいゴール!」
「はああああ~~~疲れた~~~!」
最初は何度も止まりかけたランニングも、今では一定のペースで走り切れるようになった。
「おお、またタイムが十秒縮んでるよ! やったね!」
「はあ……はあ……ほ、本当……?」
少しずつだが成長を実感する。しかしながら、息一つ上がっていないお姉ちゃんと、クタクタでその場に座り込みそうな私。まだまだ先は長そうだ。
「よし……今日も頑張ろう!」
自分に活を入れ、ボイトレ、ダンス練習と続く。始めた頃はどれも全くできなかったが、最近はやっと様になってきた。そうして集中している内に、あっという間に夕方になる。
「それじゃ、一曲通そうか!」
最後に歌とダンスをフルコーラスで数回通し、現時点でのパフォーマンスの完成度を確認することが、いつもの流れだ。この時ばかりは、これまでの集大成みたいで、少し緊張してしまう。
「~♪」
この数週間、歌詞と振り付けを心身に叩き込んできた。曲に合わせて口が、手足が勝手に動く。笑顔が自然と溢れ、最高に乗る。気づけば、さっきまで向こうで遊んでいた子供たちが、観客として集まってきてくれていた。
「夢を歌うよ~♪」
終わりの決めポーズ。直後、まばらながらも拍手が起こる。
「でき……た!」
これまでは曲のどこかでミスをしていた。
「ノーミスだよ、お姉ちゃん!」
「やったね!」
嬉しさに耐え切れずお姉ちゃんに抱き着くと、頭を優しく撫でてもらえた。その胸の中でこの一か月間を思い返す。一日たりとも自主練を怠らなかった。ホテルに帰ってからも自分や他人の動画を見て研究した。まさにアイドル漬けの日々である。その成果が、今、ここに現れたのだ。
「お姉ちゃん、かっこいい~!」
「お姉ちゃん、かわいい~!」
横から子供たちの声が飛び出し、取り囲まれる。
「あ、ありがとう……///」
建前のない、純粋な誉め言葉に思わず照れてしまう。
「ねえねえ、お姉ちゃんたちは何で歌ってるの?」
一人が率直な疑問をぶつけてきた。
「私知ってるよ! お姉ちゃんたちはアイドルなんだよね!?」
こちらが答える間もなく、別の子が答える。
「アイドル!? すごーい!」
子供たちのキラキラした目線が一斉にこちらに向く。正直、気持ちいい。
「じゃあ、私もアイドルになる!」
「ええ!? じゃあ、私も!」
次々とアイドルが誕生していく。その様を見て、ドームライブと出会ったあの日の自分が重なる。今度は私が誰かの背中を押すことができたのだ。こうして感動はつながっていくんだと実感する。
「私たち、お姉ちゃんたちを、応援、してるから!」
「でも、私たちも負けないよ! じゃーねー!」
そう言って去っていく子供たちの背中を、手を振って見送る。親が子を送り出す時もこんな気持ちなのかと、大げさなことを考えていた。
「良かったじゃん!」
お姉ちゃんに背中をバシッと叩かれる。まるで自分のことのように嬉しそうで誇らしげだ。一方、私は口元が緩みっぱなしという有様である。自分がやっていることは無駄じゃない。自分も誰かに踏み出す勇気を与えることができる。そうやって、自信が止まらなくなった。
「ねえねえ、この感覚を忘れないうちにもう一回やろうよ!」
「おお、やる気満々だね! オーケー! 今、曲かけるから待ってて!」
開始位置につく。胸に手を当て、瞼をそっと閉じ、じっと待つ。だが、一向に曲が始まらない。何事かと見ると、お姉ちゃんが私をただ茫然と見つめていた。
「お姉ちゃん、どうし……」
いや違う。見つめているのは私の背後だ。振り返ろうとしたその時、よく聞き覚えのある、しかし懐かしく感じる声が聞こえた。
「こんな所にいたのね」
その声は静かであるにも関わらず、子供たちの雑音の中でもハッキリと私の耳に届いた。心臓が痛いぐらいに飛び上がる。なぜここに、と半ばパニックになりながら、声の方に顔をゆっくりと向けると、そこには怒りをグツグツと煮えあがらせた様子の人物が立っていた。
「お母……さん!」