表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

第五話

 目が覚めると、そこには真っ白な天井。ゆっくりと瞬きを繰り返す。ぼんやりとした意識の中、目線だけを動かし、辺りの様子をうかがう。白とベージュを基調としたきれいな部屋だ。ふと耳に入ったのはタッタッと何かを軽く叩く音。見ると、お姉さんが椅子に座りながらタブレットを操作している。


「あ、起きてる!」


こちらに気づくなり、ベッドに座って寄り添ってくれた。


「大丈夫? 気分はどう?」

「ここは……?」

「ここは私が寝泊まりしているホテル」

「ホテル……」

「丸一日間寝てたんだよ。よっぽど疲れてたんだね」

「丸、一日……!?」


意識が徐々にハッキリするとともに状況が掴めてきた。お礼をしなければと、慌てて上半身を起こす。


「あ、あの、ありがとうございま……!」


その時、お腹がグウ~~~と部屋中に響き渡りそうなぐらい鳴った。


「あ、これは……///」

「あはは、本当にわかりやすいね! 大丈夫! お腹空いてるだろうと思って、ご飯買っといたよ! 好きなやつか分からないけど……」


そう言うお姉さんの目線の先にはテーブル。その上にはコンビニ弁当が積んであった。


「ゴクリ……」

「どうぞ召し上がれ♪」


飛びつく。箸もまともに使わないぐらいがっついた。他人にどう見られようが関係ない。ただただ美味しかった。


「もごもご……」


お腹を一杯に満たした後、そのまま椅子にもたれかかり、満腹という当たり前だった幸せに浸る。


「美味しかった?」


お姉さんに声を掛けられハッと我に返る。


「あ、はい! あの……ありがとうございました!」

「いえいえ、どういたしまして!」


食事中は気づかなかったが、対面の席でこちらを見守ってくれていたようだ。弁当を動物のように貪ってしまった自分を今更ながら恥じる。


「き、汚くてすみません……///」

「いいよいいよ! それよりもさ……」


お姉さんは前かがみになると、こう尋ねてきた。


「お名前、教えてくれるかな?」


そうだ、私たちはまだお互いの名前すら知らない。


「あ、はい! えっと、私は日葵って言います!」

「日葵ちゃんか! 明るくてかわいくていい名前だね!」

「本当ですか! ありがとうございます! あの、お姉さんの名前は……」

「私? 私の名前は……」


お姉さんは少し困った顔をすると、こうごまかした。


「お姉ちゃんでいいよ! あとタメ口で!」


本名を明かせない事情があるのだろうか。気にはなったが、深くは追及しないことにした。


「お、お姉ちゃんですか? ……わかりました! じゃなくて、わかった!」

「オーケー、オーケー! よろしくね、日葵ちゃん!」


お姉ちゃんが元気に手を差し伸べる。私もゆっくりと手を伸ばし、ギュッと握手に応じる。温かい。そうやって相手の存在を肌で感じられたことで、仲間ができたんだと実感し、少し安心した。


「……もう一つ訊いていい?」


お姉ちゃんの声のトーンが少し低くなる。お母さんが凶変する時もそうだったことを思い出し、少し身構えてしまう。


「どうして家出してたのかな?」


やはりそう来たか。話すか一瞬迷うが、ここまで良くしてもらって黙っておくわけにもいかない。


「お母さんとケンカしちゃって……」

「……何でお母さんとケンカしちゃったの?」


結構グイグイと突っ込んでくるな、と思いつつも答える。


「私、大学を辞めて上京したいと思ってて……でも、お母さんには安定した道を進みなさいって猛反対されて……それが原因でケンカしちゃったんだ」

「うんうん、なるほど、そうだったんだね…… じゃあ何で東京に行きたいのかな? 何かエンターテイナーになりたいってこと?」


エンタメ都市国家「東京」。国内外から多種多様なエンターテイナーが集う場所。アイドルも含め、有名なエンターテイナーは必ずと言っていいほど東京で修業を積み、夢を掴んでいる。そんな経緯もあり、エンタメ業界で夢を目指すなら上京することが、この世界の通例となっていた。


「ええっと……」

「ああ、回りくどくてごめんね! 単刀直入に言うと、日葵ちゃんの夢が知りたいんだ!」

「私の夢?」

「そう、感じるんだよね! 何と言うか……こう、内に秘めたキラキラを!」


どうやら観念するしかないようだ。私はお姉ちゃんから目を反らしながら、ビクビクしつつ打ち明けた。


「わ、私、アイドルになりたくて……」

「アイドル!?!?!?」


机を叩く音に飛び上がる。お姉ちゃんは顔がぶつかりそうなぐらい前のめりに立つと、目を見開きながら問い詰めてきた。


「今、アイドルって言った!?」

「は、はい~~~……」


私は後悔していた。やはり、この世界ではうかつに「アイドルになりたい」と言ってはいけないのだ。お姉ちゃんもお母さんと同じように凶変してしまう。そしてまた怒られてしまうのだろうか。そう思い目をつぶったその時、


「いいね! 応援するよ!」

「ごめんな…… へ、ふえ?」


返ってきたのは予想とは真逆の反応。


「応援してくれるの……?」

「当たり前だよ! なんたってお姉ちゃんもアイドル……」


お姉ちゃんはそこまで言うと、しまったというように口を手で押さえた。


「ええ、お姉ちゃんもアイドルなの!?」

「あ、いや、その……」


完全に形勢逆転である。


「そう言われるとどこかで見たことがあるような……?」

「え、ええ!? 気のせい、気のせい、完全に気のせいだよ!」


お姉ちゃんの目線が右上、左上と泳ぎ回る。嘘が苦手なところは、どうやら自分と一緒のようだ。


「怪しい~」

「そ、それよりもさ、大切な話があるんだけど!」


話題を無理やり変えられる。もう少しとっちめたいが、今日はこのぐらいにしておこう。


「日葵ちゃんはこれからどうしたい?」

「え、私?」


どうしたいか、という漠然とした質問に考え込んでしまう。そうやって悩んでいる私に、お姉ちゃんは少し意地悪な笑みで質問を重ねる。


「このまま家出生活を続けるつもり? お母さんから逃げ続けるの?」


核心を突かれた。言われた通り、現状、私は逃げているだけだ。お母さんからも、大学生活という現実からも。


「……私、見せたい!」


何も言い返せなかったあの時。その悔しさを負けん気に変えて訴える。


「本気だってことを! ちゃんと歌って踊れるようになって、お母さんに認めてもらいたい!」


しばらくの沈黙。その後、お姉ちゃんは納得したようにうんうんと頷き、


「そう言ってくれるって、信じてた」


と、にっこり満面の笑みを浮かべた。


「よし、日葵ちゃん……アイドルになるよ、絶対に!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ