第四話
公園のベンチで体育座りをしながら、うずくまる。寒さと空腹にじっと耐える。昨日から一睡もできていない。ホームレスとしてこれから生きていくのか、それともこのまま死ぬのか。ポツリポツリと頭に浮かぶのは暗い未来ばかり。すべてを投げ出したかった。そんな時、真っ暗だった視界が不意にオレンジ色ににじむ。
「あなた……大丈夫?」
顔を上げる。朝火がまぶしい。その光の中にこちらをのぞき込む一人の女性。自分と同じオレンジ色の髪が特徴的だ。私と比べて、身長は十センチ、年齢は五歳ほど上だろうか。
「すごく疲れた目をしてる」
だが、その表情はサングラスとマスクに覆われて見えない。完全に不審者のお出ましである。しかし、逃げる気力などもう残っていない。私は「どうとでもしてくれ」と言わんばかりに、また顔をうずくめた。
「もしかして家出?」
家出という言葉に反応してピクッと肩が動いてしまう。とっさに首を横に振る。
「やっぱりそうなんだね」
私は昔から嘘が下手だとよく言われる。今回も一瞬で見破られてしまったようだ。
「実は私も家出中なんだ」
衝撃的な告白に思わず視線を上げる。お姉さんは大人が子供に話しかけるように、かがんでこちらを見上げていた。サングラスとマスクを取ったその顔立ちは、年上の美しさの中に、少しのあどけなさを残していた。
「つらいよね。帰る場所がないって」
つらい。帰りたい。また自室のフカフカベッドで思いっきり寝たい。お母さんの特製カレーをお腹一杯食べたい。当たり前だと思っていたことが、欲望となって次々と溢れてくる。
「ねえ、一つ提案なんだけど、私、今、ホテルで寝泊まりしてて、だから一緒に来ない?」
突拍子もない提案に意識が覚める。同時に不信感が生まれる。これはあれだ、不審者が子供をお菓子で釣って、そのまま連れ去る手口と一緒だ。
「……私のこと、不審者だと思ってるでしょ?」
不満げな顔でそう言う。当たり前だ。大体なぜ赤の他人にそこまでしてくれるのか。
「ほっとけないからかな」
こちらの心を読んだようにそうつぶやくと、かがんだままこちらに背を向けてきた。何をしているのか。
「ほら、おんぶ! 疲れて歩けないでしょ?」
戸惑う。本当について行っていいのだろうか。誘拐犯だった場合、お母さんにまた迷惑をかけてしまうのではないか。だが、このままここでうずくまっていても、いずれ野垂れ死にするだけだ。疑心と現実がグルグルと回る。
「私は強制しないから。いつまでも待ってるよ」
そう言って、こちらに背を向け続けている。小一時間ほど放っておいてみたが、動かない。途中で人が通り、この異様な光景に不審な目を向けるが、それでもなお動かない。
「何で……」
私が初めて声を発する。
「あ、やっと喋ってくれた!」
「何で、ここまで、心配してくれるんですか……?」
かすれた声を絞り出す。のどが痛い。今は普通に話すことでさえ重労働だった。
「うーん、こんなことを言うと本当の不審者になっちゃうかもだけど……」
お姉さんは少し考えるそぶりを見せた後、こう言った。
「あなたに夢を感じるから。私は潰して欲しくないんだ、その想い」
朝日に差されながら振り返るその横顔は、慈愛に満ち溢れていた。
「何それ、変なの……」
顔を埋めてふっと笑う。自暴自棄とうれしさと安心感が混ざり合って、自分でもよくわからない感情になる。付いて行ってみようか、この人に。そう直感した。
「……よし!」
声を自分に叩きつけ、活を入れる。心身にグッと力を込める。やっとのことで立ち上がれた。しかし同時に、めまいと痛みに襲われる。それでも一歩を踏み出して、そのままお姉さんの背中になだれ落ちた。
「よし来た!」
思いっきり乗っかったにも関わらず、その体勢は全く崩れない。そのまましなやかな力使いで軽々と持ち上げられる。
「じゃあ行こうか!」
まさか十八にもなっておんぶされるとは。そして、これからどうなるのだろう。そんなことを考えている内に、いつの間にか意識を失っていた。






