第二話
大学生活が始まった。アイドルのことをかき消すために、いろんなサークルや部活に顔を出した。結果、友達は増えたが、これと言ってハマるものは見つからなかった。
放課後、隣に座っていた友達に声を掛けられる。
「日葵―、今日さ、前話してた○○○のライブ、行ってみない?」
「へ、○○○? うん、いいよ!」
○○○というのは最近話題になっているアイドルグループだ。
「ちょっとー! 今日は私が日葵ちゃんと一緒に△△△に行こうと思ってたのにー!」
そこに別の子が割り込んでくる。
「残念でしたー! 私が早かったんです~!」
「何を~!」
「あはは……じゃあさ、○○○も△△△も行こうよ! 他の子も誘って!」
みんなで集まって話題のお店を回る。写真を撮って、SNSにアップする。理想のキャンパスライフだ。楽しい。確かに楽しいけれど、違和感がぬぐえない。
「日葵―、何ボーっとしてんのー?」
友達に顔を覗き込まれハッとする。
「あ……ご、ごめん」
「ほらー、○○○のライブ、始まっちゃうよー?」
みんながライブハウスに続々と入っていく光景を見て、私も遅れないようにと続く。中は人がギュウギュウに詰まっており、ライブがもうすぐ始まりそうな雰囲気だった。
「ヤバい、ちょー楽しみ! ね、日葵!?」
「うん!」
友達とのそんな無邪気な会話の途中、会場中の照明が不意に落ちた。ほとんど真っ暗なステージ上に複数の人影が現れ、フォーメーションを取る。観客の期待が最高に高まった次の瞬間、照明がアイドルたちをカッと照らし出した。
「皆さんこんにちは~! ○○○です! 今日は一緒に盛り上がっていきましょう!」
一息つく間もなく曲が始まる。色とりどりの光。こもった熱気。観客の掛け声。あの日のドームライブを思い出す。だが、おかしい。胸が、心が苦しい。最高に楽しい状況のはずなのに、乗り切れていない自分がいた。
「ありがとうございます~! ここで皆さんに重大発表があります!」
ライブも終盤に差し掛かったであろう頃、突然のMCが始まった。グループのリーダーが一息おいて、切り出す。
「実は私たち……東京に進出することになりました!」
観客から歓声が上がる。友達なんて隣でキャラを忘れてはしゃぎ回っている。その一方、私は独り置いて行かれたように、茫然とステージを眺めていた。これまでに遭遇したことがない感情に襲われる。この気持ちは何だ。
「いいなあ……」
ポツリとつぶやく。そうか、これが「羨望」か。どうしてもなりたい姿がそこにはあった。人生で初めて他人を羨ましいと思った。この世界には、こんなに、こんなに欲しいものがあるのかと、自分でも驚く。そして、その羨望に指し示されたのは劣等感。まっすぐ前だけを見て進んでいる彼女たちと、よそ見することを受け入れている自分。本当はアイドルに一直線になりたいのに、母親の凶変に怯え、大学生活を何となく送っている自分。やりたいことと、やっていることの乖離。これが違和感の正体なのであった。これまでは夢も目標もなく、ただ楽しく生きてこれた。しかしもう、そうは生きられない。
「それじゃあ、残りの曲も盛り上がっていきましょう!」
MCが終わり、曲が再び始まる。しかし、そこからは意識が自己問答に埋め尽くされて、あまり覚えていない。
気づくと家の前に立っていた。時刻は二十二時過ぎ。疲れた。
「今日も友達と遊んでいたの?」
リビングのドアを開けるとお母さんが迎えてくれた。
「ご、ごめんなさい……」
「まあ、遊びも大切だから……でも、ほどほどにしなさいよ?」
ちょっと困りつつも安心した様子だ。私が夜遅くまで遊ぶことには怒らないのか、アイドルをやることには怒るくせに。いや、分かってはいる。そうやって前に進めないことを他人のせいにしていては、いつまでも踏み出せないこと、現状を抜け出せないってことを。
「ね、ねえ……お母さん」
「んん、どうしたのかしら?」
切り出すために声を前に押し出す。踏み出さなければ。
「……ううん、何でもない! 疲れた! お風呂入ってくるね!」
笑ってごまかす。そんな自分がたまらなく嫌いになった。