第一話
辺り一面を埋め尽くす色とりどりの光。白くかすんだ熱気。地鳴りのような歓声。友達に誘われて何気なく来た人生初のドームライブ。
大音量の曲に合わせてペンライトを振ってみる、合いの手を入れてみる。周りと揃った。その瞬間、私は会場と一体化する。
そして、ドーム前方、観客の熱い視線の先、ひときわ明るく輝くステージ上にその姿はあった。
「アイドル」
赤、黄、紫……カラフルな少女たちが次々とパフォーマンスを披露していく。最後に、私と同じオレンジ色の髪の子がセンターに躍り出て歌う。
「夢は叶うよ、絶対に!」
「絶対に、夢は叶う……!」
この大きな感動をけん引するその存在に、私は夢を見出した。
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エピソード1 夢の旅立ち
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「たっだいま~!」
私は日葵、十八歳。大学受験も終わり、春休みを満喫中だ。リビングに飛び込むと、お母さんがにこやかに迎えてくれた。
「お帰りなさい。東京は楽しかった?」
「うん、最高だった! はいこれ、お土産!」
「あら~こんなにたくさん! ありがとう」
「えへへ、気づいたら一杯になってた…… どういたしまして!」
お土産を嬉しそうに台所へ運ぶお母さん。その後ろ姿に向けて、私ははやる気持ちそのままに、東京での運命の出会いについて切り出す。
「それより聴いてよ! 私ね、友達に誘われてアイドルのドームライブに行ってきたんだ!」
その瞬間、お母さんの動きがピタリ、と止まった。
「アイドル……?」
振り返ったその横顔は、何か別のことを考えているようだった。
「……お母さん、どうしたの?」
「ああ、何でもないわよ! 楽しかった?」
「うん、すっごく楽しかった! ものすごく感動しちゃった!」
少し不審に思いながらも話を続ける。伝えなければ、私の決心を。
「それでね……私、決めたの! 東京に行って、アイドルになって、ドームライブを創るって!」
バサリ、と紙の音が響く。見ると、お母さんがお土産袋を床に落としていた。
「それはダメよ」
先ほどまでとは違う、低く冷たく、なおかつ力強い声。
「え……」
突然の変化に理解が追い付かない。相対するその表情は、静かだが、厳しかった。
「アイドルはダメ」
広大な野原に埋まった、たった一個の地雷を踏みぬいたような感覚。相手の声と表情から、アイドルだけは絶対に許可しないという強い意志を感じる。そんな、これまでに見たことがない鬼気迫る様子に、どのように応対すればいいのか、全くわからない。
「な、何で……」
「アイドルは幸せになれないからよ」
はっきりとした否定と理由、それらがゆっくりと歩いて近づいてくる。一歩、二歩と後ずさるが、すぐに壁際に追いやられた。
「わかった?」
脅迫的に同意を求める、高圧的な態度に委縮してしまう。しかし、私の中のささやかな反抗心が、怯えながらも言葉を絞り出してくれた。
「……い、嫌だ」
「嫌か、嫌じゃないかは訊いていないの。わかったか、わかっていないかを訊いているの。アイドルはダメ。わかったかしら、日葵?」
抵抗むなしく、あっさりと言いくるめられる。こんなに理不尽なお母さんは初めてで、いつもの優しい母親に一刻も早く戻って欲しかった。どうすればいいのだろうか。
「わかっ……た」
少し考えた末、口からこぼれたのは屈服の言葉。応援してくれると勝手に信じていた。進路を決める時だって、私の意見を一番に尊重してくれたのに、その期待は裏切られたのだった。
「ごめんなさい……」
次いで、何も悪いとは思っていないはずなのに謝ってしまう。すると、お母さんはいつもの穏やかな表情と声に戻り、
「それでいいのよ。……ほら、部屋着に着替えてらっしゃい? 洗濯しておくから」
と、私に優しく言った。そのあまりの変わり様に、さっきの出来事は空想だったのではと一瞬錯覚するが、確かな心の傷がそれは現実だと物語る。私は言われるままに着替えると、そのまま自室へと逃げ込んだ。
薄暗闇の中、ベッドで横になり、枕にギュッと抱き着く。これまでは世界中のみんなが自分の味方だと思っていた。しかし、それは違った。私が偶然にも周りの意に反せず生きてきたから、その裏側を見せないでいただけだったのだ。そんな自分らしくないことを考えてしまうぐらい、一番信頼していたお母さんの凶変は、この世界に対する不信感を私に抱かせるのに、十分すぎる出来事だった。






