アネット無双 4
金の髪に琥珀色の瞳。甘いマスクは、世の女性を虜にするほど。
一頻り笑ったあと、男はにっこりと笑みを浮かべた。その笑みを見ただけで、その場にいた令嬢たちは頬を紅に染めた。ただ、一人を抜いて。
「何だいその顔は。アネット嬢」
「いえ……べつに」
アネットの顔にはうんざりとした表情がありありと浮かんでいた。
「アデラール様ッ」
時期、騎士団第一番隊隊長にまでのし上がるアデラール・バシュレの姿があった。
令嬢たちは、アデラールの登場に落ち着きない態度であからさまに狼狽える。
クリストフの側近候補兼護衛をしているアデラールは、クリストフに勝るとも劣らない美貌を兼ね備え、令嬢たちからの人気も高い。
「君たち、何してるの?」
「い、いえ……これは、その……」
令嬢たちの憧れの的であるアデラールからの問いに、先の態度とは打って変わり緊張に吃りだす。
「俺さ、騎士目指してるだろ?騎士って弱者を守る立場なのは知ってるよね?だから俺、いじめとかする奴って大っ嫌いなんだよ。まさか、自分より立場が弱い者を寄って集っていじめたりなんかしてないよね?」
言って、笑顔を向けられた令嬢たち一同は血の気が引き、真っ青な顔をした。
「そ、そんなっ。いじめたりだなんて……わ、わたくしたちはこれで失礼致しますわ」
令嬢たちはそう言うやいなや、そそくさと校舎へと戻って行った。
「では、わたくしもこれで」
「いやあ、流石アネット嬢。アネット嬢を完全に味方だと信じきっていた令嬢たちを裏切り、バッサリと切り捨てる手口。お見逸れしたよ」
引き返す令嬢たちに便乗して、その場を離れようとしたアネットは動きを止めた。
否、正確には、腕を掴まれ動くことが出来なかった。
「チッ……アデラール様、手を離してくださらないかしら?」
「アネット嬢、今舌打ちしたよね?」
「空耳ですわ。よく、耳の掃除をした方が良いのではなくて?」
無表情のアネット、笑顔のアデラール、二人の間には対極的な空気が漂っていた。
アデラールは、以前クリストフがアネットに注意をして来た時に、第一王子を相手に臆さない態度を取るアネットに興味を持った。
以来、アネットに声をかけてくる数少ない人物であった。
対するアネットは、彼が苦手だった。
アネットが好む男性は、中年以上であり、渋く体躯の良い屈強な男性だ。そして、智将よりも武将を愛し、目標の為には何を犠牲にしても突っ走れる精神力と愛する者、護るべきものが出来た際には命を張れるほどの気概を持った男性をこよなく愛した。
アデラールは、若くはあれど、剣術において腕前は大人顔負けの技術を持ち、智と武を兼ね備え目標に向かって努力を怠らないひたむきさがある。
しかし、女性との関係では浮名が立つことが多く、言動が軽い。
そんな所も、アネットが嫌う要因ではあったが、なんといっても顔が受け付けなかった。
まだ、あどけなさが残るクリストフとは違い、アデラールの顔立ちは十三歳にして既に完成されていた。
大人な女性からも人気があることから、恐らくクリストフよりも人気は高いだろう。
アネットは、イケメンが嫌いなわけではない。どちらかといえば、好きな方だ。
だが、イケメンは遠目から眺めるから良いのであって、自分の周辺に居着かれるとどうにも苦手意識が出てしまう。
アネット曰く、顔がうるさいんだとか。
顔がいいと衆目を集める。そんな人物が隣に立たれでもしたら、おまけとして隣に立つ人物にも衆目がいってしまう。
注目されるのは良いが、晒されるのはごめんだ。
これ以上、アデラールとは関わり合いになりたくないアネットだったが、アネットの塩対応もアデラールの前では意味をなさなかった。