アネット無双 1
アネットは十三歳から国の最高峰の学園へと通うこととなった。
勉学はそれなりに楽しかった。
前世では成人済みだったが、転生した先は中世西欧を題材とした世界であり、日本とは違った文化や歴史、常識等覚えることは山ほどあった。
しかし、アネットは常に一人だった。
「今更子供と馴れ合う気にもなれないのよね。それに、おべっかとか以ての外だわ。面倒くさ」
だが、アネットの気持ちや考えとは関係無く、グラニエ公爵家の令嬢という肩書きがついてまわる。
アネットが、どれだけ素っ気なくしようとも冷たくあしらっても、周囲は放っておいてはくれない。
廊下を歩けば勝手によく知らない令嬢が周囲を固めついてまわり、歩みを止めれば呼んでもいないのに何処かの令息が挨拶に来る。
そんな学園生活に辟易としたこともあった。
「わたくし、一人が好きなの!放っておいてくださらないかしら!あまりにしつこいとお父様に言いつけるわよ!」
とうとう堪忍袋の緒を切らしてそう言い放った。
それからというもの、父の権力を恐れた令嬢令息は一切近寄らなくなった。
だが、この事を切っ掛けにアネットの噂が学園中に広まる事となった。
「アネット嬢、学園内で権力を笠に着た発言をしたと言うのは本当か」
「これは、クリストフ殿下ご機嫌麗しゅうございます。本日はお日柄もよく」
「今日は暗雲が垂れ込んだ空模様だ」
「.......これは、失礼致しましたわ」
アネットの挨拶にすかさず、突っ込みが入る。しかし、アネットは顔色一つ変えることなく陳謝した。
第一王子にも臆さない態度。それどころか、遠回しに嫌味とも取れる挨拶に、周囲のもの達は緊迫した空気で状況を見守った。
「先の質問に関する返答はどうなんだ」
「ええ。確かにわたくしは権力を振りかざした物言いを致しましたわ」
「公爵家の令嬢ともあろうものが、平等に学ぶ場で権力を振りかざすのは如何なものか!」
クリストフはアネットの返答を聞いて頭ごなしに、批判した。
クリストフや彼が連れ立っていた側近たちの奥で、此方を見つめる令嬢たちが冷笑を浮かべた目を向けているのが見えた。
アネットは、零れそうになる溜息をぐっと堪える。
彼女の話はこれで終わりではない。それにも関わらず、最後まで人の話を聞こうともせず先入観だけで叱責する目の前の男にアネットは冷めた目を向けた。
「お言葉ですが殿下、一方の意見だけを聞いて頭ごなしにわたくしを責め立てるのは偏見ではありませんこと?」
「なっ。だが、君はいつもそんな態度を周囲に取っているそうじゃないか」
「周囲というのは正確にはどなたに対してでしょうか」
「君の友人たちに対してだ」
「友人?」
アネットはクリストフの斜め上の返答に、素っ頓狂な声を上げて首を傾げた。
「ああ、そうだ。いつも、アネット嬢と共に居たご令嬢たちだ。彼女たちは何もしていないのに、君にグラニエ卿の権力を笠に着た態度を取られたと言っていた」
「殿下が何を仰られているのかわたくしには分かりかねますわ」
「君はそんなこともわからないのか!」
「だって、わたくしに友達なんてものいませんもの」
「なっ.......」
開いた口が塞がらないとはこのことだろうか。
クリストフは、アネットの発言にあんぐりと口を開けた。
暗雲垂れ込む空模様同様に、周囲の空気は暗雲が漂っていた。