新・アネット爆誕 2
後頭部を縫合する程の大怪我を負ったアネットは、外出許可が降りるまでに半年かかった。
記憶が統合し馴染むまでには十分過ぎる時間があった。
そこで、アネットは思い出す。
アネットが何故登城していたのか。
あの日、アネットは自国の第一王子に呼ばれ会いに行っていた。
アネットは第一王子のクリストフにパーティーで、一目惚れしてからというもの、しつこい程に付き纏い、公爵令嬢という地位を使って婚約者の地位を狙っていた。
当時のアネットは、何故王城に呼ばれたのかもわからず、浅ましくも婚約者になれるのではないかという期待を胸に登城した。
しかし、アネットの浅ましい願いは叶うこととなる。
「かねてより、アネットが望んでいたクリストフ殿下の婚約者候補として選抜されることが決まった」
これ程までに、実の親から絶望的に宣言されたのは、前世でも今世でも生まれて初めてだろう。
しかし、アネットにとってもまた絶望的な宣告であった。
アネットの父は、宰相にして国王陛下の左腕の異名を持つ思慮深い男である。因みに、右腕は王弟殿下である。
それ故に、父は実の娘でありながらもアネットは第一王子の婚約者に相応しくないとして反対していた。
当時のアネットは、幼少ながらに整った顔立ちではあったが、褒められるのは顔だけであった。
知能は低く、高慢かつ傲慢。しかし、目上の者に取り入るのは上手かった。
だが、聡明な父はそれを見抜いていた。
王妃に取り入ったアネットは、王妃の助言と権力でクリストフの婚約者になろうとするも、父により阻まれていたのだ。
しかし、此度のパトリスによる不祥事により、責任を取る形で、王家より正式に婚約者候補として名が上がってしまったのだった。
「お父様、そのお話辞退してもよろしいでしょうか」
ナゼールは予期していた反応との違いに目を瞠る。
「お前はクリストフ殿下の婚約者候補になりたかったのだろう?嬉しくないのか?」
アネットがなりなかったのは、婚約者候補ではなく、婚約者だが父は分かった上で尋ねた。
そして、アネットも父が自分を見定め如何に、婚約者候補で納得させるかを思案していることに気付いていた。
「わたくし、婚約者候補は嫌ですの」
父の眉がぴくりと動く。
「なんだと」
性格は厳格な父だ。
アネットは見限られている部分もあったため、放任なところもあったが、器用に何でもこなす弟のディオンには厳格な部分が特に顕著だった。
久しく向けられる、父の威厳のある瞳にアネットは口角が上がるのを必死に堪える。
この表情が見たかったがために、アネットは含みのある言い方をした。
「ふふっ、ご安心くださいませ、お父様。わたくしは婚約者になりたいとも今は全く思っておりませんわ」
とうとう、父は今まで見たことがないほどに、驚いた表情をした。
ベッドで静養中であったアネットは、俯き唇を噛み締め両手は布団を握り締めた。
茶髪に口髭を携え、冷たい印象を与える水色の瞳をした隙のない父が驚愕する姿は、前世の記憶があるアネットの目には可愛く見えて仕方なかった。
それも、西洋の顔立ちは年若くても目鼻立ちがくっきりとしていて渋く見える。所謂、ダンディの部類に入る父は、アネットのおっさんフェチ許容範囲内であった。