やってはならない儀式
もうすぐ午前三時。
丑三つ時……っていうのかな。うーん、あまりよくわからないや。
小さな2階建てのアパートの一室。
私は、家の電気を一切つけずに、浴槽に張った水をただただ見つめている。
片手にはウサギの人形を抱いて。
女子高生が持ち歩くには、やっぱりかわいらし過ぎるよな……。
けれど、今はどうだっていい。
静かだ。うん、とっても静か。
つい十日前までは、お母さんと二人で夜更かしして、録画したドラマや映画をよく観ていたものだ。
次の日の授業中は居眠りをしてしまって、先生に怒られたっけ。
なんだかとても懐かしく感じる。
独りって、こんなにも静かなんだ。
……よし、そろそろ始めよう。
「最初の鬼は杏だから、最初の鬼は杏だから、最初の鬼は杏だから」
私は、呪文を三度繰り返して、浴槽の中に人形を落とした。
事前にお腹を開けて詰め物をしていたから、ウサギは浴槽の底まで到達する。
ひとりでに浮かんでくることは、まずないだろう。
次は、目を瞑る。
「いーち、にーい、さーん……」
しん、としたお風呂場に小さく発した私の声だけが、大きく響き渡った。
「……はぁ」
十まで数え終わって、目を開けた。
えっと、次はなんだっけ。
右後ろ手で持っていた包丁を、水底に沈んだウサギに向けて狙いを定める。
ちょっとだけ、イケナイことをしている気分。
ううん、イケナイことだ。
これは、絶対にやってはならない儀式。
それでも私は思うんだ。
神様、もう一度だけでいい、会って、伝えたいんだ……。
包丁を、ウサギ目がけて振り降ろす。
「お母さん、見ぃつけた……!」
バシャッ。
浴槽に張られた、まだほんのり温かい水が激しく飛沫を立てた。
ウサギのお腹に突き立てた包丁により、縫い糸が切れ、お腹から米粒と、少しだけ入れた私の爪がしゃらしゃらと溢れた。
切断された赤い縫い糸が、浴槽にゆらゆらと漂う。
まるで、ウサギが流した血液のよう。
ちょっと……、怖いな。
「……隠れなきゃ」
***