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振り子  作者: さきち
9/10

うさぎ

秋も終わりに近づいて、冬の足音が聞こえてきそうな季節。道沿いの木々も紅葉しているものが散り始めていた。

僕は大学の講義が終わってバイト先に来ると、丁度休憩中だった氷川君とミヤ、木原さんに出会う。

白シャツに黒のパンツ、腰にはタブリエを巻き、ベストとタイを締めたら完成だ。まだ時間があったので、休憩中の彼らに合流した。


「今日の肉料理って、ウサギじゃないですか?敬遠されるお客様も多い感じですね。」

氷川君が木原さんに話しかけている。

「日本人には馴染みがないからねぇ。」

そう言って、コーヒーを飲む木原さんは、少し残念そうに美味しいのになぁと呟く。

「余ったら、賄に出してあげるよ。」

「え!食べたいです!」

「私も!」

氷川君とミヤは目を輝かせた。こういう所は本当に気が合うみたいだな、この二人。

「え、ウサギでしょ?…ちょっと僕はいいや。」

「滅多に食べられないのに、何遠慮してんの?」

「いや、遠慮ではなく。抵抗があるだけ。」

だって、ウサギだよ?想像すると、食べられなくなっちゃう。お客さんの気持ちが、ちょっと分かる。興味津々になる、ミヤや氷川君みたいなタイプか、僕みたいに抵抗を感じるタイプかに分かれるんだよな。


「昔、まだ修行時代の頃、先輩にお前よく平気だななんて言われながら、全然大丈夫っすよーって、ウサギの毛とか毟ってたけど、今は可哀想で、もう出来ない…。」

木原さんはそう言って、俺も若かったなぁと感慨にふけっている。今はちゃんと毟られた状態のウサギが、肉屋から届くらしい。厨房の裏でウサギの毛を毟っている所なんて、僕は見たくない。

「あー、私も昔はカエル触るのとか平気だったのに、もう触れない…。」

氷川君はそう言った。

小さい頃は平気だったのに、何故か駄目になってしまうものってあるよね。虫とか、トカゲとか、昔は平気で触ってたのにな。怖いものとか苦手なものって、大人になると減ってくるもんだと思ってたけれど、逆に増える事もあるんだなぁ…。

小さい頃って、平気で女の子に好きって言ってた気がするのに、今は言えないもんなぁ。チラリと氷川君を見る。

ミヤが元彼とヨリを戻してから、落ち込んでた気持ちに、スッと氷川君が入って来たんだ。氷川君はどう思ってるのか、分からないけれど、僕は自分がいつのまにか氷川君に惹かれている事に気付いてしまった。我ながら単純だと思う。


そして、誰にも気付かれない様に、溜息をついた。


「クリスマスメニュー決まったから、上でメニューの紙貰って、画用紙に貼り付けておいてくれる?」

「はい。」

僕達は、頷いた。

「あと、直子さんが、クリスマスオーナメントとか、いっぱい持って来てたから、飾り付けヨロシク!」


上にあがってタイムカードを押して、早速頼まれた仕事を始めた。

ミヤはメニュー貼りで、僕と氷川君はクリスマスの飾り付けをしていく。氷川君は楽しそうに、ツリーを飾り付けていた。クリスマスソングを鼻歌で歌いながら。


「12月のシフトの希望出した?」

「はい、クリスマスメニューの間はフルで入って欲しいって、木原さんに頼まれたんです。」

「ああ、ミヤが入れない日もあるからね。」

ベタだけれど、デートらしい。チクショウ、リア充め。

「西野さんは?」

「僕も木原さんから頼まれた。っていうか、お前暇だよねって、もちろん入れるだろうってさ。その通りなんだけど、何だか悔しくなる…。」

断定して言われるとなんだかなぁ…。

「私も一緒ですから、落ち込まないでくださいよ。それにバイトしてたら、寂しくないじゃないですか。」

「そうだね。氷川君と一緒なら寂しくないかな。」

一人で家にいるよりマシかな。少なくとも、好きな人と一緒に過ごせるんだし。

「…西野さん、私以外にも人はいますよ?」

「むさ苦しい男ばっかりね。」

このレストランは、結構可愛い女の子が入っているから、彼氏持ちばかりで、クリスマスの予定が埋まっている子が多いんだ。だから男のバイトばかりなんだよね。社員さんは女性もいるけど、もっと歳上だし。


「世の中の半分は女ですから、大丈夫ですって。」

「…じゃあ、氷川君が僕の彼女になってくれるの?」

僕の事をどう思ってるか知りたくて、そんな事を冗談めかして言ってみたんだけど。

「…西野さん、宮園さんの代わりは嫌ですから。いくら私でも。」

ちょっと怒った様な口調で、氷川君は言う。

「…ごめん。」

ミヤの代わりって思って言ってはいないけど、そう思われても仕方ないかな…。怒らせたままなのは嫌で、何とか笑って欲しかった。折角楽しそうにしていたのに、僕が笑顔を奪ってしまった事に、落ち込む。

「…でも、氷川君と一緒なら、寂しくないって思ってるよ?一緒に居られるのは、嬉しいって思ってるのも本当だよ?」

氷川君を真っ直ぐに見て言ってみる。嫌な思いをさせるつもりは、なかったんだよ。

「…分かりましたから。逆に私が虐めたみたいな顔するの、やめてください。」

困った様に氷川君は言う。

「僕、虐められたみたいな顔してる?」

「してます。もう、怒ってませんから、その顔やめてください。」

良かった。ホッとして氷川君を見たら、彼女もホッとした顔をしていた。

「…西野さんって、タラシの才能があるかも知れませんね。小学校の時に世話した、プルプル震えてるウサギを思い出しました。」

氷川君は、ボソリと言った。

「…そんな才能あったら、フリーじゃないと思う。それにしてもウサギって…。」

僕ってどういうイメージなんだろう?

「…あ、食べる時に抵抗、感じそうじゃないですか。」

氷川君はまた、ボソリと呟く。

どちらからとも無く、笑ってしまって、そこに通りかかったミヤが不思議そうな顔をしていた。


次の日に出た賄いで、ウサギ肉が出たんだけど、氷川君もミヤも美味しそうに食べていた。女の子って、強いなって改めて思ったんだよね。

あ、僕は、木原さんに頼んで別のモノにして貰ったよ。何故か芽生えてしまった、近親感のせいでもある。共喰いは、いけないもんね。

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