失恋
その話を聞いたのは、木原さんからだっただろうか。ミヤが元彼とヨリを戻したらしい。遅出だった僕と氷川君は、閉店作業に追われている時だった。
目の前が真っ暗になった様な気分だった。胸が締めつけれれる様に苦しい。心配そうな顔で氷川君は僕を見詰めている。
ああ、知らなかったのは、僕だけだったのか…。
「知ってたの?」
「…はい。」
「電話で、どうすれば良いか相談されてましたから…。」
「そうだったんだ。」
ミヤ、淡々としている様に見えてたけど、悩んでいたんだな…。
「前に元彼に会いに行ってしまうって話をしていた事、覚えてますか?」
「…うん。」
「私もそうだから、分かるんですけど…、まだ好きだったんですよ。会いたいって言われたら、自分は馬鹿だと思いながらも、会いに行ってしまう…。たとえ、傷付いてしまうだけだと分かっていても…。」
「…そうなんだ。」
「他の人が、自分を好きだと言ってくれても、その人と良い感じになっても、彼に会うとその彼以上に好きになれない自分に気付くんですって。」
「…そうなんだ。」
「その彼から、やっぱり君が良いって言われたらしくて。」
「そうか…。」
「宮園さん、友達に乗り換えられた事に傷付いていたから、迷ってたみたいですけど…。でもちゃんと謝ってくれたって。もう一度、付き合う事に決めたみたいです。」
「そっか…。」
閉店作業を何とか終えて、着替えを済ませ、外に出た。ずっと上の空でしていたけど、ちゃんとこなせていただろうか…。
秋の風を頬に感じながら、星空を見上げる。涼しいと言うより、肌寒い。秋の夜空って、あまり目立つ星が無くて、寂しいななんて考えていた。
このまま駅に向かう気にはなれなくて、途中の公園のベンチに腰掛ける。夜の公園は、人気もないので丁度良い。
ぼんやりと一人で過ごしていたら、自然と涙が溢れてきた。気が緩んだ途端、涙腺も緩んだみたいだ…。胸の苦しさを洗い流す様に、涙は止まらない。止められない。
当たり前だ、好きだったんだから…。どうして、こんな想いをしてまで、人は恋をするんだろう?届かなかった想いは何処へ行く?
星空に吸い込まれて、それがガラスの欠片の様にキラキラ光るなら、救われるのだろうか…。触れれば痛い想いも、いつかは光る想い出になるだろうか…。
そんな、取り留めのない事を考えていたからだろうか、近付いて来た人影に気付かなかった。
「西野さん…。」
遠慮がちに掛けられた声に振り向く。心配そうな瞳で僕を見詰める、氷川君が見えた。
「…恥ずかしいところを見られちゃった。」
僕は手で涙を拭う。
「泣く事がですか?恥ずかしくないですよ。全然恥ずかしい事じゃありません。」
氷川君はコンビニで買ってきたらしい、ペットボトルの温かいココアを、僕に差し出した。僕はそれをありがとうと言って受け取ると、キャップを開けて一口飲んだ。ほろ苦くて甘くて美味しい。
「お腹が満たされると、少し気持ちが軽くなりませんか?」
「…ホントだ。」
思わずふっと笑ってしまう。君の不器用な励ましが嬉しかった。そんな僕を見て、彼女も笑う。そして僕の隣に座った。
「西野さんは、イケメンじゃないけど、良い男だから、きっと他の人が現れます。」
「…イケメンじゃないって、本当の事だけど、今言う?傷心の男に。」
「…失礼しました。つい。」
「ついって…。」
こんな時なのに、また笑ってしまって、切ない気持ちが溶けて流れる様に、目にまた涙が溜まった。それは悲しい涙じゃなくて、温かい涙で。君の優しさが、心に沁みた気がした。
「他の好きな人が現れたら、今度はちゃんと好きって言えるかな?」
言えなかった自分が情けなくて、そんな言葉が口をついて出る。
「…好きって言うのって、難しいですよね。私は、自分から言った事がないんです。怖くて。」
「僕はない事はないけど、怖いっていうのは分かる。僕等は意気地無し同士だね。」
「そうかも知れません。」
「お互いに、次に恋をする時は、勇気が出ると良いね。」
「…そうですね。」
君は空を見上げた。秋の寂しい星空を。
僕の心に寄り添ってくれてありがとう。照れ臭くて、声に出さずに君に心の中で告げた。
ああ、僕はやっぱり意気地無しだ。
お久しぶりですね。
不定期更新とは言え、遅々として中々進まないのはどうなんだろうと反省する今日この頃です。
いつもお読み頂きありがとうございます。
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