コンプレックス
僕と氷川君は一緒に、地下の冷蔵庫から、ケース入りの瓶ビールを運んでいた。業務用のエレベーターに瓶ビールを乗せて、扉を閉める。上の階へのボタンを押した。
上の階に移動して、瓶ビールを上の冷蔵庫に運んでいく作業の途中、つい、思った事が口を突いて出てしまった。
「氷川君てちっちゃいのに力持ちだね。」
重いのにフラつかずにちゃんと持ってるし、手伝って欲しいとも言わないし。ミヤなら絶対に手伝ってって言うから。中身の入ったビール瓶て、かなり重いんだけど。
「…そうですか?」
「うん。」
「西野さん…、力持ちも、ちっちゃいも、言われて嬉しくないです。」
僕にいい含める様に、氷川君は言葉を放つ。あれ?気分を害したのかな?
「何で?褒めてるのに。」
「…褒めてたんですね。じゃあ良いです。」
氷川君は苦笑いをした。
「もしかして、花も恥じらう乙女には、嬉しくないのかな?」
「もしかしなくても、乙女は、普通は嬉しくないんじゃないでしょうか。」
「力持ちはともかく、ちっちゃいは褒め言葉だと思うんだけど。ちっちゃい方が可愛いでしょ?」
特に女の子はそうだと思う。
「…背が低いと、似合わない服も多いんですよ?」
「そうなの?」
そんなの、考えた事もない。僕は低くも高くもない、平均ぐらいの身長だから。
「そうですよ。洋服も成人式の着物だって、大きい柄は似合わないし。宮園さんぐらい背が高ければ、何でも似合うのに…。小学生の頃に、ちゃんと牛乳飲んでれば良かった。」
「飲んでなかったの?」
「…牛乳、好きじゃなくて。給食でしか飲んでませんでした。馬鹿みたいに飲んでた弟は大きくなってるから、きっと牛乳だと思うんです。今、あの頃に戻れるなら、ちゃんと飲みますよ。」
ちなみに僕は、牛乳は大好きだ。普通に美味しいと思うんだけどなぁ。
「今から飲んだら?」
「もう遅いです。」
「あまり背が高くない男には、小さい方がモテるかも?」
「背が低いから、背が高い人の方が好みなんですよ。」
「う〜ん。…世の中ままならないね。」
「…そうですね。」
はぁ、と氷川君は溜息をついた。
別の日
「癖毛って良いね。」
僕はメニューを拭いている氷川君の髪を見て、可愛いなって思ってそう言ってみたんだけど。君は微妙な顔をする。
「どうしてですか?ストレートの方が良いですよ。西野さんも宮園さんも真っ直ぐで羨ましいです。」
「そう?癖毛ってクルンとしてて、良いと思うんだけど。」
「癖毛は湿気が多いと広がるし、大変なんですよ?ブローするのも面倒だし、私はいつも括ってしまいます。」
そう言えば、髪を解いている所を見た事がない。括らなくても可愛いと思うんだけど。
「…なんか、西野さんて、人が嬉しくないポイントばかり褒めますよね。」
呆れた顔で、氷川君は僕を見る。女心が分かってないのは、認めざるを得ない。
「無い物ねだりかな?」
「ああ、なるほど。」
「でも、氷川君には似合ってる。ちっちゃいのも、癖毛も。」
「…ありがとうございます。」
少し赤くなった氷川君は、僕から目を逸らして横を向いた。耳が赤い。照れてる顔初めて見たかも。
僕が癖毛に憧れて、パーマをかけてみたら、ミヤにも氷川君にも似合わないと言われた。更には他のバイト仲間や、社員さんまで微妙な反応で…。もう、気を使うぐらいなら、ハッキリ似合わないって言ってくれよ!
ミヤなんか、僕を指差して、大笑いするんだ。失礼な!でも、正直なミヤらしい。笑われた方が救われる。
「あはははは!本当に似合わない!何でパーマなんて、かけたのよ?」
ミヤはツボの様で、目に涙を溜めて、お腹を抱えて笑っている。
「…大学の友達に、フランス人と日本人のハーフの子がいて、癖毛がカッコいいと思ったんだよ…。」
真っ直ぐな髪なんて普通で、面白くない。
「西野、超日本人顔なのに!」
「自分でも失敗したなぁとは思ったけどさぁ…。」
あれは、ハーフだからカッコいいんだな…。それにしても、ミヤ笑い過ぎ、酷くない?ちょっと、イジるのも限度があると思うんだ。
「…西野さんて、癖毛に憧れてるって言ってたの、本気だったんですね。」
氷川君はマジマジと僕を見る。
「本気に決まってるでしょ?そんな事で嘘つかないよ。」
くるくると自分の髪を触る。やっぱり不自然かなぁ。ちょっと、髪が傷んでしまったかも知れない。
「私、ストレートパーマかけようかなって思ってたんですけど、やっぱりやめます。」
「うん、勿体ないよ?」
目もぱっちりしてるから、癖毛が似合ってる。自然な感じの癖毛って貴重だと思うんだよなぁ。
「西野さんも、真っ直ぐな髪の方が似合ってますよ?」
「…そう?」
「…自然な方が良いですね。」
「そうかもねぇ。」
パーマはやめてしまおうと、僕は心に決めた。似合わないって、分かったしね。
氷川君がストレートになるのを阻止出来たみたいだから、無駄じゃなかったかな。僕は彼女のゆるく巻かれた様な癖のある髪を、見詰めてそんな事を思った。