男同士
休憩中に木原さんがやって来た。お疲れ様ですと挨拶すると、何だ、お前だけかとガッカリした顔をされた。
「ミヤと氷川君は?」
「ちょっと買い物してくるって、連れだって出て行きましたけど。」
「はぁ、癒しが居ない…。」
肩を落として椅子に腰掛けて、ダラリと卓に突っ伏した。
「すみませんね。むさ苦しい男しか居なくて。」
「ホントだよ。可愛い子を見るのが癒しなのに。」
「…不倫はやめてくださいよ?」
木原さんは結婚していて、奥さんと子供もいる。
「そんなことしたら、直子さんに辞めさせられるわ!」
直子さんと言うのは、この店のオーナーさんだ。
「ミヤも可愛いけど、氷川君も可愛いよな。良い子だし。」
「…そうですね。」
可愛くて良い子なのは確かだな。
「お前はミヤ一筋?」
「…どうでしょうね。」
僕は、はぐらかす。最近、少し氷川君が気になってるんだ。素直なところが、単純に可愛いと思う。ミヤに相手にされないって言うのもあるけど。でもどっちが好きかっていうと、やっぱりミヤだと思う。
「俺は氷川君、ストライクなんだよなぁ。結婚してなかったら、間違いなくアプローチしてるね。」
「…そうですか。」
良いなって思ってるのは、僕だけじゃないんだな。まぁ、そりゃそうか。
「もう立派な戦力だし、頑張ってるから、可愛い。」
「確かに頑張ってますね。」
彼女が来てから、二ヶ月ほど経過していて、その間にすっかり仕事を覚えてしまった。
「どっちもフリーなのに、何でお前はいかないんだ?」
心底、不思議そうに木原さんは僕を見る。
「一緒に働いてるのに、気まずくなったら嫌じゃないですか。」
「そんな事してると、他に盗られると思うぞ?」
自分に意気地が無いのは分かってる。でも、失敗するのが嫌だと思う事は、悪い事だろうか…。嫌われてはいないけど、恋愛対象かどうかを見極めてから行動したいって思う僕は、やっぱり意気地なしかな?相手の気持ちが分かったら良いのに…。
「僕のじゃないですから。」
「だから、自分のものにする為に、行動するんだろ?」
「このままで、満足出来なくなったら、動きますよ。」
「最近の若いのは、消極的だなぁ。もっとガツガツ行けばいいのに。」
「それ、おっさんのセリフですよ?」
「おっさんって言うなよ!まだまだ、若いつもりなんだから!」
そう言って拗ねてしまった。おっさんが唇尖らせても、可愛くないです。
二人が戻ってきて、途端に木原さんは嬉しそうな顔になる。まぁ、機嫌が良くなるなら良かった。コンビニでお菓子を買ってきたらしい彼女達は、卓の上に広げて一緒に食べようと言ってくれる。
「あー涼しい。外はもう暑いです!」
6月も後半になると暑い。真夏とまではいかないけれど、すっかり夏な感じがする。梅雨だけど、晴れた日は日差しがジリジリと肌を焼く。
たわいないお喋りをしていた時、氷川君の携帯が震えた。メールが来たらしい。彼女は携帯のディスプレイを見詰めて固まった。顔に動揺が走るのを僕は見てしまった。
誰からだったんだろう…。気になったけど、僕からは聞けなかった。その後は普通に会話をしていたけど、どこか心ここに在らずな感じで…。
そう思ったのはミヤも同じだったんだろう。結構表情が豊かだから、氷川君は分かりやすい。
「さっきのメール誰から?」
ど直球で聞くミヤは勇気があると感心してしまう。とても真似できない。
「…元彼です。…元気?って、何か会いたいって。」
「会うの?」
「…うん。一応。」
「そっか、会いに行っちゃうよね。私もそうだもん。」
ミヤの意外な答えに驚く。そういうタイプじゃないと思ってた。
「え、何で?別れたのに?」
僕は別れた彼女に会いたいなんて言ったこともなければ、その逆もない。別れた後は、一切連絡は取ってない。
「嫌いになって別れた訳じゃないから。私はね。」
ミヤはそう言ってタバコに火をつけた。モヤモヤとした感情が僕を支配する。
「…向こうから別れてくれって言われたんだけど、何でだろう…?」
困惑を滲ませた声で氷川君は話す。
「今考えても仕方ないよ。会って聞いてみれば?」
「そう、ですよね。」
「…青春だなぁ。」
木原さんはそんな事を呟いた。その発言もおっさんだなぁって思ったけど、指摘するのをやめた。そして僕に耳打ちする。
「他に盗られるって言っただろ?」
「…そうですね。」
でも、どうしようもないじゃないか。僕はミヤを見詰めて、溜息をついた。