5年前の今日
ルガンダ皇国の南、周りを海と山脈に囲まれた平野。
ほんの5年前までここでは大きな戦があった。
世界を二分する程の闘いであったと言われている。
なにせ世界2大宗教ともいえるルルシエ教とアルバタ教の信者の闘いだったからだ。
その戦いに加わった者は教会所属の神罰騎士だけではない、己の信ずる神の尊厳のために老若男女に関わらずその命をなげうったのだ。
この戦いのきっかけなど今となってはわからない。
だがしかし、その火種は前々から確かにあったのだろう。
大陸の東に多く信者を持つルルシエと西に多く信者をもつアルバタは徐々に勢力を広げていき大陸中央でぶつかりあった。
当時、大陸最大の国家であった中央にあるルガンダ皇国を中心として両者は50年に及ぶ戦いを繰り広げた。
しかし、運命の日が訪れる。
それが5年前の今日。
この地に真の神が降臨したのだ。
その時、世界は震撼したのだという。
驚く事に1秒前まで己の前にいる敵を殺そうと武器を振り上げていた者達は瞬く間に武器を手放し平伏した。
圧倒的な存在感。
目に見えているわけではない。
ただ、感じるのだ。
それは自分達の想像を絶する存在。
今まで触れてきた何物にも代わる事のできぬ極めて異質な超越者。
なるほど。
神とは全知全能。
神とは自分達すべてを支配する存在。
神とは本来人ごときが図れる存在ではないのだ。
自分は今、見られている。
自分は今、観察されている。
自分は今、守られている。
自分は今、神の御力の一部に包まれている。
あぁ、こんなにも世界は広く美しかったのか。
今までの激情が沈静化され、今まで感じたこともないほどの穏やかな感情があふれてくる。
それと同時にとどめなく涙がこぼれてきた。
自分達の今までの行動がいかに愚かなものであったか痛感したからだ。
偽りの神の存在を信じ、偽りの教えを頑なに守り、徒に同じ大地に住む同胞を殺した。
なんと取返しのつかない事をしてしまったのか。
真の神に出会えた幸福と今までの行いに対する絶望感から人々はただただ涙するしかなかった。
”皆の者、争いをやめ我の言葉に耳を傾けよ。我はそなた等を害するものではない。我は対話を求める。”
その声は決して大きなものではなかった。
しかししっかりと身体に響いた。
大きな力の本流が自分の身体を駆け巡る。
自分という存在の隅から隅まで神の御力で満たされていく。
あぁ、自分達は許されたのか。
偽りの神を真じるという救いがたい罪を犯していながら、神は自分達を罰さず対話を求めているという。
これを奇跡と言わずなんいおう。
暖かく穏やかな御力に身を任せ多幸感に浸りながら感激の涙を流す。
「なんと、このような奇跡が起ころうとは・・・」
「あぁ、神よ神よ・・・」
さっきまで武器を手に取り、血みどろの殺し合いをしていた戦場は今では敵味方関係なく神の偉大さ慈悲深さに身を震わせながら祈りをささげる場へと変わった。
その日を境に世界の秩序、仕組みは一変した。
今まで最大の争点であった神の正当性に関する問題がなくなったため人々は穏やかな毎日を過ごすこととなる。自然と犯罪の数は少なくなり治安は改善された。しかし一方で今まで祈りを捧げていた神殿は取り壊され神殿関係者達は偽りの教えを広めた罰を追求されるようになった。その結果、一部の権力者達は粛清されたという。
また、かつての戦場であった平野は新たな聖地とされ名前を”アルビニョン”と定められた。
そこは元々ルガンダ皇国の土地であったが聖地は神の直轄地とされ、人は入る事はできなくなった。
そして、最大の変化は神託者の誕生であろう。
どこにでもいる普通の者がある日突然神の声を聴く。
そのような事が度々おこった。
最初は神の声を聴いた、などというものは信用されず神に不敬だとされていたが徐々に事例が増えてきた。
今ではその者らをまとめて”神より託された者”という意味で”神託者”と呼ばれるようになった。
神託者は神の代弁者であるという認識が広まったのはすぐだった。
ちょっとした人間関係のイザコザから国家規模の問題の解決まであらゆるところに神託者は呼ばれた。
なにせ神の言う事より正しい事はない。
既にある法よりも神託者の言葉を優先させるようになるまで時間はかからなかった。
誰も神の怒りなど買いたくはないのだから。
神託者が社会で大きな力をもつと同時に詐欺も横行した。
唯人であるくせに自分を神託者だという不忠者だ。
しかし、それはすぐにバレる。
神託者は神の御力をその身にまとっているからだ。
彼らの側にいるだけで神の息吹を感じられる。
詐欺による騒動はすぐにでも沈静化された。
神が降臨し、
権力者がかわり、
神託者が台頭し、
その力が王すらも凌ぎ、
世界の常識が急速に変化している今、
その波に乗り遅れた者はとてつもない孤独に苛まれる。
これは世界から取り残されてしまった者達の物語。