第3話 日常
ナラビカミ【序章:日常】
5月11日。
空は雲一つ無い青空。
暑くも寒くもない快適な朝。
いつもと同じようで、少し違う朝。
昨日、海未は倒れ、俺と同じ原因不明の低体温の眠りが発症した。
昨夜の眠りはどうだったのだろう、今朝の寝起きはどうなのだろう。
俺は海未の事が気になり、いつもより少しだけ早い時間に海未の家へと向かう。
『おーい、起きてるかー』
午前6時32分。
答えを待つが海未の反応は無かった。
『おーい、海未ー?』
待っても待っても海未は出てこない。
もしかして何かあったのか?あの眠りのせいで起きれないのか?
不安が心を埋め尽くそうという時、俺は腕時計を見た。
午前6時33分。
1分しか経ってない…?そんなバカな。
体感では5分は待った気がしていた。
そこで俺は自分が冷静じゃない事に気がついた。
脈は早く、暑くもないのに額には汗をかき、秒針は遅く見える。
俺は何を焦っているんだ…。
深呼吸をし、再び海未を呼ぼうとした時、海未の部屋の窓が開く。
「空ちゃん、おはよぉ~、今日は早いね~」
「海未っ!」
いつもより眠そうな目を擦りながら彼女は顔を出す。
その髪は綺麗に整っており、寝癖の跡は見当たらない。
「海未、寒くないか?大丈夫か?」
「ん~?…ちょっと寒いかな?」
「そっか…温かいものでも飲むんだぞ」
少し血色の悪い顔を見て俺は察する。
やっぱり海未は俺と同じ病気になったんだ、と。
「うん、わかったよ~、起こしてくれてありがとね」
海未は小さな手を振りながら、ふらふらと室内へと消えてゆく。
誰もいなくなった窓をしばらく眺めてから、俺はボロ家へと戻った。
・・・・・
・・・
・
いつも通りの朝食を終え、いつも通り海未と学校へ向かう。
何も変わってないようで少し変わってしまった日常が始まる。
俺はこれ以上の変化は望んでいなかった。
この少し退屈で、穏やかな毎日が存外気に入っているのだ。
その俺の細やかな望みは唐突に、呆気なく崩れ落ちる。
俺達の住む町、夜生町はド田舎だ。
事件など滅多に起きず、起きたとしても徘徊老人が行方不明になる程度だ。
しかし、徘徊老人は田舎特有のネットワークによりすぐに見つかるため、
事件と呼べるものは起きていないと言っていい。
そんな夜生町で事件が起きた。
俺と海未が学校へ着くと、そこにはパトカーが止まっていた。
校門辺りには人集りが出来ており、珍しく騒がしい。
どこから嗅ぎつけたのかマスコミらしき車まであり、
ちょっとした祭のような騒々しさだった。
「何かあったのかな?」
海未が心配そうな顔で俺を見上げてくる。
俺は海未の頭に手を置いて、軽く撫でながら歩き始めた。
人集りの横を通り抜ける最中に聞こえてきた内容によると、
どうやら女学生が行方不明になったそうだ。
この学校に通う女子は全学年合わせても60人程度しかいない。
誰が?その疑問が真っ先に浮かんでいた。
「空ちゃん…」
「ん?どうした?」
「いなくなったの…誰なのかな…」
海未は俯き気味に呟くように言い、その肩は僅かに震えている。
「さぁな…知り合いじゃないと良いけど」
知り合いじゃないなら良いという訳ではない。
ただ、これ以上海未に負担はかけたくなく、そんな言葉が出てしまった。
「大多良海未さん、だね?」
人混みを抜けた辺りで大人の男性に声を掛けられる。
見たことがない人だ、ここの教員ではない…となると。
「私はこういうものだ」
男は懐から警察手帳を取り出しそれを見せてくる。
予想通り、男は刑事だった。
「あちらで少し話をいいかな?」
「は、はい」
ほいほいと着いて行こうとする海未の肩を掴み、俺は彼女の前に立つ。
「なんで海未だけに話があるんですか?
海未の知り合いなら俺も呼ぶべきじゃないですか?」
「…君は雨城美嘉さんと知り合いなのかね?」
「雨城…先輩…?」
その名が出た瞬間、全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。
「雨城先輩に何かあったんですか?」
何を聞いているんだ、俺は。
もう判りきってる事じゃないか…。
「雨城美嘉さん、彼女が行方不明なのだよ
昨日学校を出るところまでは目撃証言があったのだが…」
「そんな…」
海未は膝をつき、その目には涙が滲む。
俺は海未の両肩を抱き、彼女を立たせて、膝についた土を払う。
最後に海未の頭を軽く撫でてから口を開く。
「雨城先輩は俺と二人で海未の…大多良さんの家に行きましたよ」
「それは他の生徒から聞いている」
「じゃあ、なんで"俺"じゃなく"海未"と話そうとするんですか?」
おかしい、おかしいだろ。
この刑事は何かがおかしい、ハッキリとは言えないが、そんな予感がした。
「それもそうか、なら君も着いて来てくれないか」
刑事の男は"今気がついた"ように俺にも来いと言う。
この男が抜けているのか、それとも"何か"知っているのか。
今は分からないが、俺達は男に着いて行った。
・・・・・
・・・
・
職員室の隅にある一角に案内される。
ソファーが向かい合わせにあり、間に小さなテーブルがあるだけの空間だ。
職員室とはつい立で区切られているだけで、
先生達の慌ただしい声や物音で本当に雨城先輩が行方不明なのだと実感してくる。
「で~…尾野君だっけ、君は雨城美嘉さんを大多良さんの家まで送ったんだね?」
「はい」
「彼女に変わった様子とかは無かったかい」
刑事は小さなメモ帳とペンを取り出し聞いてくる。
「特には無かったと思いますが…」
「そうか、分かった、ありがとう」
くるりとペンを一回転させて、それを海未へと向ける。
「じゃあ、大多良さん、君の家に行ってからはどうだったんだね」
「は、はい…えっと、あの…」
海未は雨城先輩が心配なのと緊張のせいで上手く喋れない様子だった。
俺はそんな海未の肩に軽く手を置き、無言で頷く。
それを見た海未も無言で頷き、僅かに笑みを取り戻した。
「空ちゃんと一緒に来た美嘉さんは玄関から私の部屋に上がって…」
って、そこから話すのかよ、と思ったが俺は止めずにいた。
「そこでお祭りの衣装の採寸のために私が服を脱いで…」
「今年は君が舞姫だったね」
刑事はメモ帳に目を落としながら言う。
「は、はい」
「続けて」
「はい」
海未は大きく深呼吸をしてからゆっくりと続きを話す。
「えっと…服を脱ぐ時に躓いちゃって、転んだ拍子にパン…」
「待てーーーーーいっ!」
流石に止めたくなった。
急に俺が止めた事により海未は驚いていたが、
俺は止めねばいかん!悪いな、海未よ。
「海未、そこまで細かく言わなくていいぞ?」
「え?そうなの?」
困った顔をしている海未は刑事の方へと目を向けると、
刑事も困った顔でペンで頬を掻いていた。
「ごめんなさい、えっと…美嘉さんは採寸をして帰りました」
言えるじゃないか。
俺が海未はやればできる子なんだと再確認し、数度頷いていると。
「それは何時頃だか分かるかね?」
「はい、18時20分頃には美嘉さんは帰りました」
「なるほど…」
刑事がメモを取り、再びペンをくるりと回してから言う。
「その時に何か話はしたかね?」
「いえ、お祭り楽しみだね~とかそのくらいです」
「なるほど」
刑事がメモ帳をパタンと閉じて立ち上がる。
「ご協力、有難うございました」
「もういいんですか?」
呆気なく終わった事に少し疑問を感じ、俺は聞いてみる。
だが、刑事は1度頷き、先生達の方へと行ってしまった。
残された俺達はのろのろと立ち上がり、無言で教室へと向かう。
その日の授業は頭に入って来なかった。
上の空、まさにそんな感じだったと思う。
雨城先輩が行方不明。
その出来事が俺達の平穏な日常をいとも容易く壊してしまった。
先日の海未の件といい、今日の先輩の件といい、まったくどうなってんだ。
俺は"今"が気に入っているというのに…。
いや、もう今じゃないか…過去だな。
それから数日、雨城先輩の話題も少しずつ沈静化してゆき、
いつの間にか皆は日常に戻っていった。
それは俺も例外ではなかった。
海未は心配している様子だったが、俺と雨城先輩にそれほどの接点はない。
薄情に思われるかもしれないが…。
彼女一人いないくらいで日常は変わらない。
それが現実なのかもしれない。
全校生徒がたった100人程度しかいない学校でこれなのだ。
都会なんかは2人や3人いなくなっても何も変わらないんだろうな。
そんな事を考えて、俺の都会への憧れは薄らいでいった。




