No.9 暁の森の魔女
鍛練を終えた私達は、森に向かうために街中を通過する。
一番の近道で、今日もなかなか賑やか。
「この街を抜けたら、暁の森はすぐですから」
シンプルな服装なサンエーリ様とリーフ様は、街の中でもぶっちゃけ目立つ。
通りすぎる女性のみならず、男性までもが振り返るありさま。
ユーリとジェニーを置いてきて良かった…二人とも綺麗で目立つからね。
因みに街では若先生と呼ばれて、王女なのは秘密にしている。
最初は若先生も恥ずかしかったけど、慣れって怖い。
今では笑顔で返事が出来るぐらいになっている。
「若先生っ!いい果物入ったから持っていってくれ」
「いつもありがとう♪あまり無理して動いちゃダメだよ、ノルおじさん」
「わーてるよ。若先生は心配性だな~」
笑顔で林檎を手渡してくれるノルおじさんに、笑顔でお礼を言いながら注意は忘れずにしておく。
林檎はハーツに渡すと、ハーツはいつも通りかごに入れる。
「若先生~、今日はいい男連れてるね!どっちがお相手だい?」
「ほんとだね!若先生は器量良しだから、まごまごしてると横から拐われっちまうよ?」
道すがら聞こえてきた会話は、羞恥プレイでしかないよ!
でも手渡されるお菓子や野菜は受けとって、顔に笑顔を張り付けてお礼を言っておく。
だって『彼等は王子様と側近の方ですよ?』なんて、言えない…。
言ったら街が大変な事になるもの。
せめてもの救いは、サンエーリ様もリーフ様も黙っていてくれる事。
ありがとうございます!
「おや、若先生。こんないい男連れてたら、モーリ様が騒ぎそうだね~」
「いいじゃない!あたしはあんな暴言吐く方より、黙って一緒にいてくれる人が若先生には合うと思うけど?」
「あら、本当だね!言ったそばからホラ!」
花屋の奥さんに言われた方を見れば、黒と赤を貴重とした騎士の制服を着た人物が、こちらにズンズン近づいてくる。
神経質な顔立ちに眼鏡な人物は、私の前で止まって顔をしかめる。
モーリ・シーバス。伯爵家の長男で、プライドだけは高い人。
なぜ、気に入られたか不明だけど…城でも街でも会えば同じ言葉を言ってくる。
小説のストーリーにもなかったから、不思議を通りこして不気味でしかない。
「一緒にいるモノはなんだ?そもそも、俺を許否するなんて…頭がどうかしてる!」
「男性以外に何が?あと色々間に合ってるから」
「会話が噛み合ってない!俺以外にお前を相手にするヤツはいないだろ!」
肩を強く捕まれてゾワッと鳥肌が立つ。
本気で気持ち悪い。
叩き落とそうとした時、逆の肩に優しく手が添えらて引き寄せられる。
「嫌がる女性に乱暴はいただけないのでは?」
「暴言も撤回して頂もらおう」
それまで黙っていたサンエーリ様とリーフ様が、冷めた視線でモーリを見ている。
引き寄せてくれたのはサンエーリ様で、すぐ横にはリーフ様も不機嫌そうにいてくれている。
私は恥ずかしいより、冷や汗が流れている。
これはなんのフラグですか!?
内心、わたわたしている私を置いてけぼりに話は進んでいく。
「お前等、コイツのなんなんだ!」
「恋人かな」
「恋人だ」
「えっ?」
「はっ??」
一瞬何を言われているか分からなかった。
私はサンエーリ様とリーフ様を交互に見てしまう。
今、なんと言いましたか?
「なんで、二人なんだよ!変だろうが!」
「私達の国では普通だよ?」
「二人なら少ない方だろ?」
「どこの国の話だよっ!」
「「エメラル国だけど」」
平然と言い出す二人に、唖然とするモーリ。
言っている情報は、ほぼ間違いない。
エメラル国は一妻多夫制であり、それは王族だけでなく一般庶民まで一緒らしい。
らしい、とは小説で少し記憶にある程度で今現在がどうかは分からないから。
幼い時に勉強してた時も、フラグ折るには避けまくる!で通せると思ってたから、流し読み程度で済ませていたし。
「私達の国にお嫁にくるなら、なんの問題もないよね」
「ないな。 むしろ、歓迎されるだろうな」
ちょっと待って!
話があらぬ方向に行ってますよ!
視線をさ迷わせると、ニマニマ楽しげなハーツの顔。
主を助けろよ!筆頭魔導師っ!
後で殴るのを決めて、サンエーリ様に視線を向けると甘い微笑みをくらった。
砂吐きレベルの極甘さに、言葉が出ないよ。
「さぁ、行こうか?」
「では、失礼する。どこぞの騎士殿」
肩を抱かれたまま歩き出したサンエーリ様も、いつの間にか腰に手を添えてるリーフ様も、モーリに睨まれているのに全く気にしていない。
ある意味感心しちゃうくらいに、スルーしているよ。
「どっちに行けばいいのかな?」
「あ、案内しますね!この大通りを越えたら、すぐに暁の森に入る脇道がありますから」
頭を切り替えて、案内に集中する。
今聞いてもサンエーリ様もリーフ様も、答えてくれない気がする。
雰囲気でそう思っただけだけど。
騒がしい街を抜けると暁色の木々が迎えてくれた。
「さっきはごめんね?」
「い、いえいえ。私は助かっちゃいましたし…でも、大丈夫ですか?」
「どうして?私達は別に困らないけど」
「困らないな。それより昨日から思ってたが、普通に話してくれないか?」
「あの、でも…」
「そうだね。さっきの彼と話していた時には、普通に話してたのに…私達はダメなのかな?」
「いえ……分かり、分かったから、そんな顔しないで」
左右からの憂いの満ちた視線に耐えられなくて、頷くしかなかったよ。
ハーツが吹き出したのが分かって、やっぱり後で殴ろうと決意した。
何気ない話をしつつ、向かうは暁の魔女・オババ様の家。
ふわっと空気が変わった所で、私は足を止める。
「オババ様~!生きてる~?」
何もない場所で私が声をかけると、パチッと音と共に小さな木のログハウスが現れる。
「生きとるよ!バカ娘、あたしを待たせるなんて百年早いよ!」
急に真っ白な髪を一本に束ねた小柄な老婆が現れて、サンエーリ様もリーフ様も驚いたらしい。
「なんだい?今日は難儀なお客さんも一緒かい?」
「うん、まぁ…分かるの?」
「当たり前だろ。黒魔女の臭いが鼻に付くんだから。さしずめ、エメラル国の息子と近親者だろ」
二人の目が見開かれる。
肩と腰に添えられてる手が、少しだけ震えてる。
まぁ、びっくりするよね。
オババ様を知らないんだから。
「オババ様、あんまり驚かせたらダメだよ。引きこもりの白魔女のオババ様を知ってる人少ないんだからね?」
「誰が引きこもりだいっ!バカ娘、イチャイチャを見せるために来たのかい?」
「違うから!お二人の案内は父様からのお願いで、私は何時ものヤツをお願いしたいな~って」
「しょうがないね。中にお入ってゆっくり聞こうか」
オババ様は仕方ないという顔で、家に入っていく。
私はサンエーリ様とリーフ様を促して、家に入っていく。
「どうやって知り合ったの?」
「十歳の時にこの森の中で、オババ様が怪我してる所を通りかかって、それからは色々と教えてもらったり。オババ様の薬は一級品だから」
「実践の師匠ってとこか?」
「うん、新薬はオババ様に見てもらってるの。危険は最小限に抑えなきゃ」
「オババ様は、ティーちゃんを気に入ってるから、口は悪いけど信用出来るのよね」
「さっさと座らないと、話も出来やしないよ!」
オババ様が睨んで怒鳴る。
相変わらず元気な老人の代表だね。
私達が座ると、じっとサンエーリ様とリーフ様を見ていたオババ様は溜め息を吐き出す。
すぐに左右に首を振りながら呟く。
「黒魔女は陰険だからね…アンタ達も難儀だね。あたしには、視ることは出来ても手も足も出ないよ」
「分かるのですか?」
「まぁ、あたしも魔女の端くれだからね。ただ、白魔女と黒魔女は根本が違う」
「違うとは?」
サンエーリ様もリーフ様も、オババ様の顔をじっと見て返事を待つ。
私は何とも言えない気持ちで、三人を観察すりる。
私が知る限り、お二人の呪いが解けるのはヒロインありきの話。
しかも、エンディングを知らないし、今の状態ではヒロインは不在だよね。
ヒロインの妹は残念ながら父や兄の頭痛の種。
これからストーリーがどう進むかは、未知数で私も手探り状態だから。
「白魔女は治癒と先見がメインなんだよ。黒魔女はまじない。まじないと言っても、呪いだけじゃないよ?幸福のまじないから、知っての通り呪いまでだ」
「幸福のまじない?」
「息子は知らんのか?黒魔女は古より愛のまじないが得意な者が多い」
「愛って大雑把だな」
「そうだね。でも、愛は一番人間に近いんだよ。親愛・友愛・恋愛…色々あるがどれも身近だろ?」
オババ様は紅茶をすすりながら説明する。
私達はすぐに頷く。
「そして愛があるから、反対の感情も生まれる。まぁ、息子達の呪いは黒魔女が己をかけてかけてやったみたいだね」
「己をかけてって…もしかして」
「命を掛けたね」
空気がピシッと凍る。
サンエーリ様もリーフ様も、オババ様を見たまま瞬きも忘れている。
私は知っていたから口を挟まずに、膝に乗ってきたオババ様の白猫・モップを撫でて小さく息を吐く。
小説の中盤にサンエーリ様が独白してたから。
もしかして、小説に出てきてないだけでサンエーリ様達は暁の森に来ていたのかもしれない。
どんな理由にせよ、オババ様では呪いが解けないのは分かってたんだけどね。
呪いを解く鍵は、あくまでヒロインだったはずだし。
何度も言うけど、ヒロインは不在。
「…ィア…ティア!」
思考にふけっていた私が、名前を呼ばれて意識が浮上する。
「もしかして疲れてるのかな?」
「ううん、ちょっとぼーとしてただけだから大丈夫!」
「ならいいが…無理はするなよ?」
「ありがとう。寝不足とか体調不良じゃないから」
サンエーリ様とリーフ様の気遣いに感謝しつつ、微笑んでおく。
秘技・笑って誤魔化せ。
まさか、本当の事は言えないしよね。
「案外身近に゛運命゛があるかもしれんよ」
「運命?」
「それはどんな!」
「それはアンタ達が考えな。他人に教えられるもんじゃないからね」
食い気味に問う二人に、オババ様は面倒そうに答える。
二人は何かを言おうとして、口を開いて言葉を呑み込む。
混乱しているのが、手に取るように分かる。
これはそっとしておいた方がいいよね。
「オババ様、この間の薬どうだった?」
話を変えるべくオババ様に声をかける。
オババ様は、やれやれと言った感じに立ち上がって奥の部屋に行ってしまう。
すぐに戻ってきたオババ様は、小さな瓶を差し出した。
私が七日前に渡した瓶だ。
「まだまだだね。モノは悪くないよ?ただ、単価が高すぎて一般人には手が出せやしない」
「やっぱり、そこなんだよね…リラの効果は間違いないんだけど」
「量産には向かないだろ?」
「そうなんだよね…リラだからね」
暁の森の奥深くにしかないリラの花は、レアな薬草だ。
暁の森は魔素が満ちていて、またの名を゛迷いの森゛とも言われている。
森に嫌われた者は、出られなくなるのが暁の森。
その奥に咲くリラの花は、体力回復薬としては最上級だけど、素材の入手が難しい事から高値で販売されている。
私は頻繁に出入り出来るけど、普通の人は命がけらしい。
「改良しといで。アンタなら七日で出来るはずだよ」
「七日っ?!無茶苦茶だよ、オババ様…」
「なんだい!出来ないのかい?それで本当にあたしの弟子かい!」
オババ様にじと目で見られて、私はぐっと言葉を詰まらせる。
「……分かった!やってみる!」
頭の中で薬草を思い浮かべながら、力いっぱい宣言する。
不肖弟子だって頑張るんだから!
ふっとサンエーリ様とリーフ様を見ると、視線がぶつかってドキッとした。
「無理しない程度に頑張ってね」
「そうだな。無理はダメだからな」
「う、うん。無理はしないようにするね」
優しい穏やかな瞳のイケメンがいたら、誰だって心臓に悪い。
私の心臓頑張れ!としか言えない。
こうして、ストーリーとは違う流れがまた一つ増えました。