No.8 どうしてこうなった?!
朝の爽やかな空気と陽射し。
いつも稽古をする草原にいる。
短めの膝上ワンピースに、刺繍の入った細身のズボン。腰には利便性を追求したアイテムボックス。相棒の宝石付きの杖を持てば、冒険者の完成。
ハーツやユーリ、ジェニーも冒険者スタイルの軽装で、各々の武器を持っている。
いつもと変わらない風景のはずなのに、私は一点を見て頭を抱えてしまう。
視線の先には、笑顔で佇むサンエーリ様とリーフ様。
これには理由があった。
昨日の夜、『一緒に晩餐でも』との手紙を兄様が持ってきて…有無を言わせずにサンエーリ様とリーフ様と兄様の四人で夕食会が開かれた。
その時に、明日の予定を聞かれて『明日は稽古の後に森へ行きます』と、素直に答えたのが間違いだった。
『じゃ、私達も一緒に行ってもいいかな?』
『おっ、いいな!移動中は鍛練出来なかったし、いい運動になるしな』
決定しかけた言葉を何とかかわして、父に助けを求めた結果。
『ティアが一緒なら安心だね。どうせ、オババ様に会いに行くんだろ?』
一切の助けを得られないまま、ご一緒コースまっしぐら。
眩しい笑顔の父様に、ガックリ脱力する私。
オババ様は、暁の森に住む魔女で千里眼を持つと言われている。
だから、呪いにも詳しいから、暗に案内せよとの命令の様に思えたのは…間違いじゃないはず。
内心、父様が狸に見えたのはきっと気のせいだと思いたい。
こうして、今にいたる。
少し離れた場所に大判の布をひいた場所に、用意されているのは温かい紅茶とお菓子。
一応、護衛のハーツ。
そこに座るサンエーリ様とリーフ様。
シールド結界の中で手を振っています。
これに脱力するなって方が無理。
「……ティア様、大丈夫ですか?」
少し離れた場所で心配そうに聞いてきたのは、レイピアを構えていたジェニーだ。
「大丈夫…ちょっと頭がついていかないだけで」
「分かります。現在、僕もそうですから」
「気にするだけ無駄です。ティア様の邪魔をするなんて…殺りましょう」
「ちょっ、待って!私は大丈夫だから!あーと、よし鍛練始めよう!」
「そうですか?ティア様が良いなら…」
冷めた容姿からは想像出来ないような過激な発言をするジェニーに、慌てて止めに入る。
ジェニーは有言実行だからね!
ヤバさ加減はハーツ共に抜きでている。
頭を振って切り替える。
「じゃ、始めようか!」
その掛け声で飛んでくる魔法と剣を、右に左に避けて私も攻撃魔法を撃つ。
「今日の二人へのミッションは…私の持つウォーターボールを消す事!さぁ、頑張って行ってみよう!」
次々と魔法を避けては、三つ、四つと魔法を撃ちつける。
ユーリは魔法で相殺して、ジェニーはレイピアで切りながら攻撃してくる。
いつも通りの稽古を繰り広げる中、私の頭は父に言われた質問が頭をグルグル回っていた。
『強さとはなにか?』
退室しようとした時、父様は私に突然そう問いかけてきた。
これは、ストーリー中盤にヒロインが聞かれる言葉だ。
しかも、兄王子にされる質問であって父王ににされる質問ではない。
ヒロインは゛希望゛だと答えていた。
でも、私は当時微妙にその流れに乗れなかった。
強さは人によって違うから否定はしないよ。
ただ、三十路間近の私からしたら…正直゛希望゛なんてこっぱ恥ずかしい。
いや、小説だからありなのかな?
二次元は、なんでもありだからね。
リアルでは、正解でも゛希望゛なんて口に出来ない。
外見が十五歳でも、中身は前世合わせたら三十路超えてアラフォーだからね。
だから、私は゛人によって違います゛と、遠回しな変化球で乗り切った。
父様が納得したかは別だけど。
パシャンッ!とウォーターボールが弾ける音で、沈んでいた思考が戻ってくる。
あ、鍛練中だった。
無意識に攻撃したり、反射で避けたりしていたらしい。
息を弾ませてる二人に申し訳ない。
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
頭を下げる二人に、私も同じ言葉を返して頭を下げる。
手合わせした時の決まり事の一つ。
「私はまだまだですね…」
「ティア様が規格外なんです!今更ですけど、魔法が二つも三つも無詠唱なんて…誰ですか教えた人は!」
反省するジェニーと苦情をもらすユーリ。
その反則技は、先生と編み出した師弟合作で私の自慢の魔法だよ。
「ごめん。ちょっと考え事してて…無意識に反撃とかしちゃった」
「考え事っ!?僕達では役不足なのは分かりますが、鍛練中に考え事なんてしてたら、足元すくわれますよ!」
「以後気をつけるから、その視線は勘弁して…」
「本当ですね?いつも僕達が一緒にいるとは限らないのんですよ!」
首をブンブンと縦に振って、降参を示す。
オカン体質なユーリは、本当に心配性で苦笑してしまう。
「じゃ、もう一本いっとく?今度は気合い入れていくから」
「休ませて下さい…」
「ティア様、申し訳ありません…」
「ジェニー謝らないで。冗談だからね?」
「ティア様の冗談は分かりずらいのですよ!」
「ユーリは冗談も言わないんだもん」
グッと握っいた手を笑顔で開いて振る。
まさか息を弾ませてる二人に、鞭打つわけにいかないしね。
クワッと言い返すユーリ。
毎回いい反応をするのが、実は面白いと思っているのは秘密。
「もう、じゃれてないでこっちに来なさいな」
私達が話していると、ハーツが割って入ってくる。
「ハーツ、果実水ある?」
「僕も同じく。鍛練の後にはサッパリしたモノがいいですよね」
「私は水があるので」
「んもうっ!私は給仕をするためにいるんじゃないのよっ!」
ハーツは言い捨てながらも、用意はしてくれる。
それに小さく笑いながら、王子様達のいる場所に向かう。
迎えてくれた二人は、面白いモノを見つけたように笑顔が輝いていますよ!
自然に視線を反らしながら座ります。
「ティアはすごいね!見ててちょっと感動したよ」
「あ、ありがとうございます…?」
「あぁ、次は俺達と手合わせしないな?」
「いえいえ!私程度ではお二人の相手にはならないと思いますので!」
手をブンブンと振って辞退する。
サンエーリ様もリーフ様も、小説の中ではテラチートだった。
魔導師のサンエーリ様も、剣も騎士に負けない腕前。
リーフ様は、魔術は普通でも剣の腕はピカイチ。
二人とも魔導剣士と言っても過言ではない人達だもの。
私みたいに、剣と魔術を使うと手加減不能になってしまうのとは、えらい違いだよね。
だから、武器を杖にしたんだけど。
魔力も通せて、鈍器としても使える一石二鳥な武器。
うっかり二人に怪我させたりしたら外交問題になりかねない。
そんな面倒はいりませんから!
「そんな事ないと思うけど…」
「まだ、未熟者ですので…ご勘弁下さいませ」
「惜しいけど仕方ないな…サン、次は俺達が手合わせしようぜ」
「そうだね。じゃ、準備運動がてら一本勝負で」
そう言って結界の外に出た二人を、果実水を飲みながら見つめる。
ちょっとだけ、ウキウキしちゃうのはミーハー心がくすぐられてるから。
開始の合図と一緒に、二人は思い思いに攻撃を始める。
魔法が弾けたり剣がぶつかり合う。
右へ左へと流れる動きは剣舞そのもので、美しくもある。
ほへ~と眺めていると、カシャッと剣が弾かれる音で、試合の終わりが告げられる。
勝者はサンエーリ様。
魔法をフェイクに使って、踏み込んで剣を弾き飛ばした。
やっぱり、サンエーリ様は腹黒説が有力で…参謀が得意みたい。
「悔しいけど負けた!」
「私もギリギリだったから、精進しないとダメだね」
動いてた割には、息切れすらない二人は爽やかな笑顔。
まだ高みを目指すなんて…私には無理だから。
鍛練してるのだって、鈍らない様にするためと、新しい魔法の実験のため。
純粋に高みを目指す彼等と、悠々自適な老後を目指す私では…天と地の差があるよね。
不純すぎる自分が、ちょっとだけ悲しいけど改める気はないよ。
生き抜くために必死なんだよ、私は。
「おーい、大丈夫か?」
「うへっ!?」
ぼへ~と呆けていたらしく、目の前でリーフ様が手を左右に振っていた。
色気もへったくれもない声で、我に返った私は仰け反った。
それがいけなかった…。バランスを崩した私の背中にグッと手が添えられて引き戻される。
スッポリと腕に囲まれています?
「ずっと声をかけていたのだけど…驚かせてごめんね?」
甘い声に薔薇の香りに包まれて、前世合わせても経験値の低い私は赤くなったり青くなったり。
サンエーリ様の腕の中で、このイケメンは香りまでイケメンだっ!
なんて、現実逃避しちゃってもいいよね?
「ティア、大丈夫かい?」
「はい、大丈夫ですっ!」
再度問われて私は頷いて、座り直す。
腕が離れていく直前、サンエーリ様が何かを呟いた。
けれど、パニック寸前の私の耳には届かなかった。




