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『嘘ついてるのすぐわかる』作・壁訴訟

「なんの話してんの?」

ぼくと浩平の間に割り込んで来たのは、ぼくの中学校からの友達である。同じ中学から今の高校に来た数少ない知り合いだから仲良くしているが、正直ぼくは彼をあまり好きではない。

「ざっくり言うと、こいつが小学校の時に妹と虫捕りに行った時の話だな。」

浩平が答えると、彼が笑いながら言った。

「おいおい、そいつ妹なんていねーぞ。浩平騙されてるんじゃねーの。」

「え?そうなの?」と浩平はうろたえながらぼくを見た。

浩平の目は、お菓子をくれると聞いていたのにもらえなかったときの幼い子供のように、無邪気にぼくを見ていた。浩平の、そんなどことなくあどけない様子がぼくは好きだ。

ぼくは少し考えて、これから口にする言葉を慎重に推敲してから答えた。

「ごめんな、冗談だよ。」

おいまじかよー、と浩平はうなだれた。時計に目をやると、昼休みも残り短い。

ぼくが浩平にもう少し丁寧なお詫びの言葉を述べて、浩平が他の友達と連れ立ってどこかへ行って、昼休みの終わりが近いことを報せる予鈴が鳴って、窓の外では今が夏の盛りであることを的確に教えてくれる蝉の鳴き声が響いている。


午後の授業が終わって、ぼくは帰り支度をしていた。浩平がぼくのところに来てたずねた。

「あれ、おまえ今日部活出ないの?」

「今日は用事があるんだ。」とぼくは答えた。

「なんだよ用事って。あ、もしかしてデート?この色男め。」と浩平が茶化すのに、ぼくはまあそんなとこだよと適当に返事をして、バッグを背負った。

このご時世だと言うのにエアコンが設置されてないので校舎の中も暑かったが、外に出ると日差しが照るのでもっと暑い。コンクリートの上を走るテニス部かなにかの集団は、まるでかげろうの中を泳いでいるように見える。かげろうでできたプールのプールサイドを歩くようにして、ぼくは校門を出た。

いつもの花屋に向かう。うだるような暑さは、いつしか家族で行った健康ランドのサウナを思い出させた。その時のことを思い出して、ぼくは一瞬立ちくらみのような感じを覚えた。その思い出の中には、麗奈がいた。

プリザーブドフラワーを買って花屋を出た(※プリザーブドフラワー…長期間の保存ができるように加工された花)。クーラーの効いた花屋から出ると、湿った熱気が体中にまとわりついてくる。ちょうど熱気がぼくの体を完全に包み切った頃、聞き覚えのある声が耳に入った。

「これからデートだっけ?花なんか用意しちゃってプロポーズでもする気かよ。」

なんで浩平がここにいるんだろうと思いながら、儀礼的に声がした方を振り返ると、予想通り浩平がいた。夕方の長い木陰に体を入れているが、そんなことでこの暑さを逃れられるとも思えなかった。

ぼくは答えた。

「はっ。なにがデートだ、今まで彼女なんて一人もできたことないっつーの。」

浩平がぼくの方へ歩いてきて、ぼくはうだるような暑さの中でそれを待った。浩平を見つめる背景にはかげろうがゆらゆらと踊り、蝉の鳴き声のBGMが大音量で流れる。ドラマのワンシーンだけを切り取った短い映像が流れているようだった。

ぼくがこれから妹のお見舞いに行くということを伝えると、浩平は「なんだお見舞いか、妹さん死んじゃったのかと思ってたよ」と言った。本当に言葉選びに遠慮のないやつだ。

交差点で信号待ちしていると、浩平が言った。

「んじゃおれはここで帰るよ。墓参りならいっしょに行こうかとも思ったんだけど。兄妹水入らずの時間を邪魔しちゃ悪いしな。」

ぼくは返事をせずに、目の前の道路を走り去っていく車を眺めていた。交差点で立ち止まっているぼくたちに構わず、車はスピードを落としもせずに交差点を通過していく。

「麗奈な、あれからずっと目を覚まさないんだ。麗奈とぼくの思い出は止まったままなのに、時間はスピードを変えずに過ぎていくね。」

浩平に向けたわけでもなく、呟くようにぼくは言った。ぼくは車の往来を見つめているから、浩平がどんな反応をしているかも見えない。

信号が青に変わった。

「今日はなんか、ありがとな。」とぼくは浩平に言って、横断歩道に足を踏み出した。

何歩か歩いた頃、後ろで浩平が声を張った。

「さっき嘘ついてんのはすぐわかったから。あの、だからな。」そこで間が空いた。ぼくは横断歩道の中腹で、後ろを振り返った。浩平が続けた。

「だから、これからなんかあったらなんでも言えよ。おまえになんかあったらおれわかるんだからな。」

浩平がこんな真面目なことを言うなんてめずらしい。ぼくはそう思った。

「おう、ありがとう。」

それだけ言って、ぼくはまた前に向き直り横断歩道を歩き始めた。

訳のわからないことが起きたあの日、ぼくはただ一匹だけを手元に残して、他のカブトムシは全て放してしまった。でも、その一匹だけを大事にすればいいのだ。捕まえたカブトムシ全員を世話するよりも、一匹だけに愛情を注ぐ方がぼくには向いていると思った。

横断歩道を渡り切ると、病院はもうすぐそこである。ぼくは麗奈の眠る病院へと足を速めた。夏の夜の静けさが、ぼくらを包み込もうとしている。

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