第2話【恋愛の時】
その時の私はいつも恋をしていたいと思っていた。
今でもその気持ちは変わらない。
それは、本能みたいなもので、心の中でいつも誰かへ熱い思いを持っていることこそが「人生」みたいなところがある。
思いを抱く相手の男性に愛されたいとか、抱かれたいとか言うものではない。
ともかく自分がちゃんと誰かを愛おしく思い、恋しいという感情を心に秘めていたいのだ。
心の中に愛する人がいると、毎日ささいなことで喜びや切なさとか、いろんな感情が沸々とうまれてくる。
それが最高に素敵だと思えるし、それが私にとって生きている証なのである。
朝起きて夜眠るまでに、たとえわずかな時間であったとしても、ワクワクしたり、うっとりしたり、切なくなったり、苦しくなったり・・
女性として生まれてきた以上、このような感情という美しい波に翻弄されることが生きているうでの大切な要因の一つなのである。
ただ、その感情というものが、必ずしも自分でコントロールできるものではなく、そこに生まれた愛が死ぬまで続けられることでないこともわかっていた。
それは、今までの人生で、何回私の心は砕かれ、灰ととなって私の手のひらから舞っていったか・・・。その苦い経験に基づくものなのである。
東京に生まれ、親元でひたすら大事に育てられた私も、20歳で社会に出た。
入社した会社に慣れ始めたその年の夏頃になんとなく気になりだした10歳も年上の男性ができた。
廊下ですれ違う度にぺこっと自分からお辞儀する。
彼がどんな表情で私とすれちがっているかすらわからない。
でも、すれ違ったというだけでその日の私は超ハッピーなのであった。
会議室の前を通った時、扉が急に開いて彼が飛び出してきたことがあった。驚いて立ち止まってしまった私に、「悪いけどこれ20セットコピーしてきてくれる?」と頭を下げて頼んでくれたことがあった。
彼が手にもっていた書類を渡された時、その書類が宝物になった。1セット多くコピーしてそっとそっと自分の引き出しに隠し持っていた。
そして、それから間もなく偶然にも、彼のプロジェクトの手伝いをするよう上司から言われ、彼と共に過ごす時間がいっぱいできたのだった。
仕事を通して知った彼は大変知的で大人であり、まだ社会に出て間もない私をとてもかわいがってくれた。
仕事の途中でお腹を空かす私を気遣って食事を食べに連れていってくれたりもした。
そして、そういった時間を過ごすごとに、二人が徐々に引かれあっていくのがお互いにわかっていることもなんか不思議であり、自然であった。
その頃の私は彼に逢うために出社しているようなものだった。
正直、顔と体型は私の好みとはかけ離れていた。しかし、彼と一緒にいる時、まさに私は恋する乙女であり、彼の仕草のひとつひとつ、言葉のひとかけらすらとても愛おしかった。
真正面から彼の気持ちを打ち明けられてはいなくても、彼の視線に愛を感じてそれがとても幸せで夢のようだった。
しばらくして、一緒にやっていた仕事が終わり、その打ち上げを口実に、二人で冬の河口湖にドライブに行った。都心から車でそう時間のかからない場所だったが、社内恋愛を嫌がる会社であったため、いつどこで同僚らに遭うかわからない都内から少しでも離れたかったのだが、二人だけの秘密ができたことも私には素敵なプレゼントのようだった。
私服姿の彼
雪にじゃれる彼
真面目に運転をする彼
会社では見られなかった彼の姿を目に焼き付けていた。
その初めてのドライブの帰り、家の近くの駐車場で私は生まれて初めてのkissをした。
エンジンを切った車の窓は曇っていたし、とっくに日は暮れていたので、外を歩く人がいたのかどうかもわからないけど、初めて男の人の唇を自分の唇に感じた。
kissって唇と唇を合わせることだと思っていたから、彼の舌が私の歯に当たった時はおどろいた。さらに、力がぬけたとたんに、彼の舌が私の舌をさがすように口の中でうごめいていることに更に驚き、ちょっと恐く、恥ずかしくもあった。
彼の手のひらはコートの中に滑り込んで私の胸をやさしくつまんでいた。
さすがに10歳も大人の彼はそこまでで自分自身にブレーキをかけてくれた。
多分私が身体をこわばらせて、小さくふるえていたのが伝わったのだろう。
それから長い時間、ひたすら腕の中で抱きしめてくれた。
そして、何を話すわけでもなく、長い私の髪をなで、頬をなで、耳を触り・・ずっと見つめてくれていた。
なんて素敵な時間なんだろう。
私はなんて素敵な人を愛したのだろう。
それからは、週末毎にデートをするようになり、春を前に彼は私に両親と会って欲しいと言ってきた。
九州から彼の両親が私に会いにきてくれると言うのだ。
それが何を意味してるのかはさすがの私もよくわかっていた。
私も家に帰り自分の両親に彼の両親に会うことを告げ、母からその後でよいから家に連れてくるようにとも言われた。
このあたりからだんだん、浮かれているだけではいけない関係になってきたことが周りの動きによってわかってきて、彼と逢うことすら緊張するようになっていた。
そしてこの後、「結婚」というものが二人の「好き」という気持ちだけでできるものではない・・ということを嫌って言うほど思い知らされることになるのであった。




