転生するネトゲはMMORPGだけじゃない!?
ネトゲ転生、などという都市伝説が最近まことしやかに囁かれている。
曰く、事故死したと思われたプレイヤーが常時ログイン状態だったとか、モニターの前で意識を失っていたにもかかわらず画面の中のキャラは動き続けていたとか、まあ、そういう類の噂話だ。魂がネットの世界に吸い込まれ、あちらで生き続けているとかなんとか。
この手の話題が上がるのは大抵MMORPGである。アクション・パズル・スポーツ・音ゲー…現在多種多様なゲームがオンラインでの協力・対戦プレイが可能なのに、だ。
そしてその、ジャンルが限定されているということが、俺にとってただでさえ眉唾な噂をさらに胡散臭く感じてしまう要因なのだ。等しくネットを介しているならば、どのジャンルにもそういう噂が流れてもいいはずだ。よもやMMOにだけそういう力が働くなどという都合もあるまいて。それ故にその手の噂は、話題集めのための口コミか、他社製品へのネガキャンか、どちらにせよそういったステマめいた企業によって作られた寓話だと思えてしまってならない。俺を信じさせたいなら、そうでないゲームに魂が引きこまれたというレアケースのひとつやふたつでも用意してみろ、という話だ。
そして俺は今、そのレアケースに遭遇してしまっていた。
ONE=RYOKU ―腕力―
今一番ネット対戦が熱い対戦格闘ゲームである。目新しさはないが洗練されたシステム、硬軟取り揃えた個性豊かなキャラクター、派手なコンボに偏重しすぎず読み合い重視のゲームデザイン、そして何よりラグ皆無と言っても過言ではないオン環境の良さ。それらの要素が世の格ゲーファンに受け、爆発的ヒットというわけではないがスルメゲーとしてジワジワと人気を博してきているのだ。
格ゲーどころかゲームからここ数年離れていた一人暮らしのアラサー会社人の俺も、人づてに耳に入る情報を聞くにつれて、かつてのゲーセン少年の血が騒ぎ購入。帰宅してから一時間ほど対戦部屋に入り浸るのが日課と化していた。
そんなある日のことだった。その夜は近隣に注意報が下るほどに雷雨が吹き荒れていた。そんな最中にあって俺は、停電で断線してくれるなと願いつつ、昇段を賭けたランクマッチに精を出していた。あと一勝で念願のAランク入りという試合を前に、かなり近くに雷が落ち瞬間PCが強烈に発光、気がつけば俺の身体は持ちキャラになり、ホームステージに立っていたのだ。
鵲木 悠ミ香 (かささぎ ゆみか)。
幼少期に住んでいたアメリカで、お隣さんの軍人から教えてもらった足技主体のマーシャルアーツで戦う女子高生ファイター。学校制服にスカートの下はスパッツという出で立ちで、ぶるんぶるん揺れる胸と、薄手のブラウスから覗く健康的な肌チラが一部紳士に大人気のキャラでもある。
オーケイオーケイ、ひとつ言い訳をさせてくれ。俺はこのキャラを下心で使っているわけじゃない。強いから使っているのだ。それだけは誤解しないでいただきたい。何せ有志作成のダイヤグラムでは全キャラに対して5:5~7:3を付けている。言うなれば有利の付く相手はいても極端に苦手とする相手は居ないということ。とにかくランクを上げることをモチベーションにしている俺にとって、強キャラを使うことに躊躇いはないのだ。
…まあその言い訳も、アラサー男が肌チラ女子高生と化しているという圧倒的にキモい事実を前には虚しいものでしかないのだが。これが世に言うトランスセックスというものなのだろうが、生憎ながら俺にそっちの趣味は無い。
そんな少女、いやさ俺が立っているのは渋谷のスクランブル交差点。地方民の俺は実際に行ったことはないのだが、当地の象徴として色々なメディアでお目にかかることは少なくない。大都会の中で大勢の人々がすれ違いながら行き交う様が印象的な場所だが、ここにいる人たちが交差することはない。横断歩道が☓字状にクロスしてできた格子、それを取り囲むように人だかりを作っているのだ。そして皆一様に、機械的な一定動作でその真ん中に立つ女子高生ファイター、つまり俺に声援を送っている。
渋谷スクランブル交差点ど真ん中でのストリートファイト、それが悠ミ香ステージなのだ。ゲームの中のデータだからこそ出来るシュチュエーションではあるが。その場に意識を転送された現実世界の人間としては、実際にこんなことをするには一体どれだけの金と権限が必要なのだろうか?というどうでもいい疑惑が浮かんでしまう。
などと考えていると、ふと、目の前に一台の乗用車が現れた。人混みに取り囲まれたこの交差点に、車が入り込む余地はない。文字通り一瞬で目の前に現れたのだ。まるで狐に化かされたような気分であったが、格闘ゲームに転移したという今の状況を思い出せばその意味もやがて理解できた。となれば「奴」が来るのだろう。
遥か高空から突如降り注ぐ肉弾
それを受け爆破炎上する自動車
その爆炎の中から何事もなかったかのように現れるパンツ一丁の筋肉羅漢
やはり思った通りだ。これはプロレスラーキャラのマックス・レズナーの登場デモだ。車の残骸が不自然に消えていくさまを眺めながら、俺は得心した。そういえば転生する直前のランクマッチの相手もこいつだったっけか。
悠ミ香とレズナーの対戦ダイヤは7:3で悠ミ香が有利。しかしそれは完璧な操作が実現できてこその理想値でしかない。なにせレズナーは「一回転ばして三回起き攻め択を通して相手を殺すじゃんけん」と評される、典型的な高火力一発キャラだ。機動性の遅さ故立ち回りは厳しくダイヤグラムでは下位に位置するも、実践値においては全キャラ五分とも言われている。逆に機動性が高いが体力の低い悠ミ香では、リードをとってもワンチャンで盤上をひっくり返される危険と隣り合わせなのだ。
正直、戸惑う気持ちが無いかと言われれば「そりゃあるに決まってるさ」としか言いようが無い。突然ゲームに取り込まれてそのキャラ(しかも女性)に転生してしまうなどという異常事態で、平静を保て、という方が無茶な話だ。しかし、それ以上のワクワクが俺の心の奥底からふつふつと湧いている。あんな動きやこんな動きもできるのだろうか、あの必殺技も出すことが出来るのだろうか、そんな無邪気なまでの好奇心が、不安を押しつぶしていたのだ。
『ROUND 1 FIGHT !!』
何処とも知れぬ虚空からラウンドコールが響いた。俺は開幕から間髪入れずダッシュで接近する。
速い
100メートル14秒台の俺にあるまじき速度で、少女の身体は矢のように対面する大男目掛けて跳んでいく。これが格ゲーキャラの身体能力か…と感嘆する間もなく、そのまま相手の腹部を狙いミドルキックを放つ。
もし実況などがあれば「欲望丸出しの開幕ガンダッシュ大キック」などと言われることだろう。判定も強く、カウンターで入ればふっ飛ばしからのコンボも確定する、当て方次第ではガードされても反撃も受けない高性能なキック。そんなローリスクハイリターンな攻撃が、頭部を守るようにガードを構えるレズナーの無防備な脇腹に突き刺さった。テレビで見る打撃系格闘技大会のKOシーンの如く、実に綺麗に入った。リアルならばこれで俺の勝ちだろう。
しかしレズナー、痛がるどころかダメージを受けたような素振りすら見せない。強がりでも驚異的なタフネスでも何でもない。これは格闘ゲームなのだ。立ちガードである以上、どれだけボディががら空きであろうと、下段技と投げ以外はダメージが通らないのだ。必殺技でもないから削りダメージも無いし。しかしそうわかっていても、実際自分の目で真正面から見ていると実に奇妙な光景だ。これが格ゲー補正というものか…
などと現実との乖離を感じていると、目の前に丸太のような太い腕が飛び込んできた。レズナーの近距離大パンチ―ラリアットである。しまった、ただでさえリーチが長いデカキャラ相手に距離を誤ったか。筋肉密度の高そうな上腕が顔面を捉えた。そしてそこから矢継ぎ早にノーモーションで両の足が、小さな少女の頭を蹴り飛ばした。大パンチをキャンセルしての必殺技・ダイナマイトドロップキックだ。俺の体は宙を舞い、10メートルほど吹き飛ばされ、したたかに地面に叩きつけられた。強烈なダメージに見舞われ、交差点のど真ん中で中を仰ぎ倒れる。
というか、リアルだったらダメージどころか普通に死んでるぞコレ…
女子高生がプロレスラーのガチのドロップキックを顔面に受ける…本来なら想像するだに恐ろしい結果が待ち受けているだろう。しかしまだ生きているし、立ち上がることもできそうだ。加えて言えば受け身も取れぬままアスファルトに叩きつけられたというのに、それによるダメージは皆無。いやはや、今度は己の身を以て格ゲー補正というものを味わってしまった。
強烈な反撃で相手を吹き飛ばしたレズナーは、倒れる俺の足元めがけてダッシュしてきた。このままマウントポジションを取られれば一環のおしまいであるが、そこは格闘ゲーム、ダウン中は無敵で相手の攻撃を受ける心配は無かった。まあ、ダウンした相手にもボコボコ追撃を入れられるゲームもあるにはあるが。
しかしだからといって油断はできない。起き上がりの際の攻防、それこそがこのレズナー戦における肝なのだ。先にも言った通り「一回転ばして三回起き攻め択を通して相手を殺すじゃんけん」を旨とする相手だ。具体的に言えば
①起き上がりの立ちガードを潰す下段のしゃがみ弱キックからの連続技で3割ダメージ
②起き上がりのしゃがみガードを潰す中段のボデイープレスからの連続技で3割
③起き上がりの反撃技をいなしてからの必殺投げ技で3割
概ねこんなところだ。本当はもっと細かい駆け引きと対応があるのだが、説明をしていると長くなるので、まあ、なんにせよ対応を誤れば総体力の3分の1が飛んで行くと思ってもらって結構。
正直、自分は読み合いはあまり得意ではない。実際ゲームをプレイしている時も、この手の守りの択一で勝ちを逃すことが少なくなかった。ゆえに今のこの状況は好ましいものではない。実際に体感するとなれば尚更だ。
「たりゃー!」
起き上がると同時にとんぼ返りを繰り出せば、人気女性声優の声が響き渡る。まあ今の自分の声なのだが。おおよそ運動神経に恵まれない俺が初めて味わう体操選手の視点、それはとても不思議で、そして気持ちが良かった。どうやらどんな無茶な動作でも、必殺技であるならば頭で思うだけで繰り出せるようだ。
必殺技・フライングシェル、所謂無敵対空技というやつだ。ジャンプ攻撃で飛び込む相手をとんぼ返りのキックで迎撃するという技、そしてこの手の技のお約束として、無防備な降下中に手痛い反撃を食らう。「一回転ばして三回起き攻め択を通して相手を殺すじゃんけん」を相手取るには多少リスキーな選択だと言わざるを得ない。
しかし実際に痛みを体感するという危機感が、人間の土壇場の勘を引き出したのか、その選択は見事に的中した。肉弾を浴びせかけようとする大男を、少女が宙空で蹴り飛ばした。例によって現実ではあり得ない光景だ、まあそれを言い出したらまず対空攻撃という概念が現実の格闘技においては存在しないのだが。
そのまま倒れるレズナー。今度はこちらが起き攻めを仕掛ける番だ。仰向けの大男にしゃがみながらのキックを連続で浴びせる。当然ダウン中は無敵なので、あたっているのにあたっていないような感触がしてなんとも気味が悪い。ともかくこうやって下段判定の技を起き上がりに重ねれば、相手が選ぶのはまずしゃがみガードだろう。レズナーは起き上がると同時に屈みながら丸く亀のように構えた。
それこそが俺の狙いだ。自分の腹あたりの位置まで下がった相手の頭部めがけて、大きく足を上げ踵を振り下ろす。しゃがみガードを貫通する中段判定技・ヒールドロップ。まんまと脳天に攻撃を喰らい、巨体がよろめく。俺はすぐさま次の動作を思い描くと、キャンセル動作ということなのか、ほぼノーモーションからの足刀蹴りが繰り出された。
必殺技・ジャックナイフスティング。相手を画面端まで吹っ飛ばすキック。レズナーの巨体がワイヤーアクションよろしく、地面すれすれを真っ直ぐに飛んで行く。まるでアクション映画の主人公になったかのような感動が込みあげるが、浸っている暇はない。今こそがコンボチャンスだ。ダッシュで彼の軌跡を追いかける。
やがてその巨体は、観客すぐそばの何もない空間で、まるで何かにぶつかったかのようにその軌道を止めた。なるほど、この見えない壁が画面端の「壁」というやつなのだな。例によっての現実ではあり得ない、奇妙な光景だ。とにかく、その壁に当たり跳ね返ったレズナーの腹に、先程はガードされたダッシュ大キックを叩き込む。すかさずキャンセルで胴回し回転蹴り―必殺技・ソニックホイール。蹴り飛ばされたレズナーが再び見えない壁にぶつかり、跳ね返る。すかさずダッシュ、そして大キック、キャンセルしてソニックホイール…
この繰り返しが、悠ミ香の最大のダメージソースとなる、壁際のループコンボだ。壁に跳ね返った相手にダッシュ大キックキャンセル必殺技を繰り返すだけの単純な作業のようではあるが、これが実際操作してみると中々に難しい。ソニックホイールの終わり際にダッシュ入力を受け付ける猶予が実に短く、しかも壁の跳ね返りも安定していないため、俺の腕ではいざやってみようと思うと2・3回連続であてたところで落としてダウンさせてしまうのだ。
だが今は違った。人生初の4連続ヒットに突入していた。思うに思考だけで技が繰り出せるため、レバー操作によるミスやタイムラグがないせいだろう。まさか格ゲーキャラに転生するということでこんな利点が生まれるとは。遂にはいかな名人でも理論上不可能と言われた前人未到の6連続を記録。ああ、これが転生前のランクマッチだったら…と惜しまずにはいられなかった。
しこたま壁と蹴りに挟まれたレズナーは仰向けに突っ伏している。相当なダメージを与えたはずだ。というか、その段になって気がついたのだが、
体力ゲージが見えねぇ。
ついでに超必殺技に必要なパワーゲージもだ。普通にゲームをするぶんには、それぞれ画面の上下にあるはずなのだが。あとどれだけダメージを与えれば勝てるのか、あとどれだけダメージを食らったら負けるのか、がわからないというのは何気に不便だ。もしやゲーム画面通り上空と地面にあるのではと思ったが、何処までも続く青空とアスファルトだけだった。
まあ嘆いても仕方ない。現実の格闘技にも体力ゲージなどは無いのだ、ただ相手が動けなくなるまで戦い続けるしかない。そう割り切った俺は、再び倒れているレズナーにしゃがみ小足をこすり合わせる。しかし、それがいけなかった。
安直な攻めはすぐ読まれて手痛い反撃を受ける、格ゲーの常識だ。しかし高揚感に舞い上がる俺はその常識すらも忘れていた。立ち上がるレズナーの肉体がぴかりと光り、一瞬時が止まったかのように動けなくなる。
次の瞬間、俺はレズナーの大きな手で捕らえられていた。まるで身動きがとれない。レズナーはそのままアルゼンチンバックブリーカーのような状態に担ぎあげるとそのまま跳躍。はるけき上空からそのまま降下、そして着地の衝撃を利用して俺の背骨を折ろうとする。ぼきり、といかにも痛そうなSEが響いた。
それだけでは終わらない。再びジャンプからの背骨折りを敢行、着地と同時に骨の折れる音が出る。さらに再三のジャンプ。宙空で横に担いでいた少女の体を縦方向に背負い直し、そのまま地面に振り下ろすパワーボムの姿勢。俺の首は地面にそのまま叩きつけられ、周囲には爆発音のようなものが鳴り響いた。
レズナーの超必殺技・アルティメット・デンジャラス・ドライバーだ。
出始めから掴むまでの動作が無敵なので、小足をこすっていようが中段を重ねようが間合いならば構わず掴み投げられる。パワーゲージが見えなかったという外的要因もあるものの、全ては油断と、パターン化した攻めが、この大火力技に捕まってしまった最大の原因だ。
身体が痛い。疲労も辛い。
「パワーボムでアスファルトに叩きつけられて、生きている方がおかしい」などという冷静な現実的思考ももはや思い浮かばない。おそらく体力ゲージはもう数ミリ程度しか残っていないだろう。もういいや、このまま寝ていよう。適当に攻撃を食らって負けよう。どうせ敗北したからといって何があるというわけでもあるまい、多分。そんな負け犬めいた思考が、脳内を支配していた。
―――そんな時、とある映像が脳裏によぎった。
残り体力いちドットで、削りダメージで倒しに来る相手の攻撃を捌き切り、逆転を決めたプロゲーマー、そしてその逆転劇。
―――そうだ、逆転の目があるなら残り体力がいかに少なかろうと諦めてはいけない。むしろ自ら勝ちを捨てるような姿勢は相手に失礼だ。それが格ゲープレイヤーの矜持、プロもアマも関係ない、あるべき心構えなのだ。
レズナーはもう真近くまで迫っていた。ここが恐らく最後のじゃんけん。相手も裏の裏の裏を読もうと考えているに違いない。ならば俺はその裏をさらに読むしかない。とはいえ格ゲーキャラの行動はすべてプログラムで制御されている。リアルに比べて意表をついた行動にも限度というものがある。その限られた選択肢の中から、あり得ない行動を選ぶしかない―――
「ほらほらぁ、どうしたの?」
起き上がりと同時に、前かがみになりながら相手を煽った。起き上がり挑発、それが俺の選んだ一番の意表をついた行動であった。無敵時間もなければ攻撃判定もない、本当にただの挑発行為。裏をかくことに意識を取られすぎて、半ば本末転倒な行為に走ってしまった感は否めない。
しかし意外なことに、この行為は功を奏した。相手の動きが一瞬止まったのだ。なぜだかは何となく分かる。薄手の制服に身を包んだ女子高生が、前かがみの姿勢で乳と尻を強調しながら、ゆらゆらと腰を振っている。言ってしまえばエロポーズだ。一部界隈でもこのモーションでの、両腕に挟まれた乳の谷間のドット絵が素晴らしいと評判である。対戦相手もこれを眺めたかったのだろう。紳士だったのだろう。このドスケベが。残念ながら中身はアラサー男だザマアミロ。
「いっくよー!!」
高らかな号令とともに、俺の身体が光り、一瞬時間が止まる。そしてそのままとんぼ返りで相手の顎を蹴り上げ上空に打ち上げる。向こうも我に返り慌てて小足をこすっていたが、この技の無敵時間の前には意味をなさなかった。
そのままフライングシェルを三発連続で叩き込み、最後は空中で相手の頭部を股で挟み、フランケンシュタイナーのように地面に杭打つ。悠ミ香の超必殺技・ハート・ヒート・ビートが見事に決まったのだ。相手が超必殺を出せたのだから自分のパワーゲージも溜まっているに違いない、確認ができないので一か八かだったが、結果は思い描いた通りの技が繰り出された。
「K.O!! WINNER IS YUMIKA !!」
フィニッシュと同時に虚空からシステムコールが鳴り響いた。どうやら俺の起死回生の一手は実を結び、勝利を得ることができたようだ。
「いよっしゃー!やっりぃ!!」
飛び上がりながらガッツポーズを決める悠ミ香、いやさ俺。と同時に、ブラウスのボタンが弾け、スポーティーなブラを晒しながらたわわな胸がぷるんと揺れる。これまた紳士大絶賛の勝利ポーズだ。中身が俺である以上生理的な嫌悪感は避けられないのだが、今は勝利への充足感がそれに勝っていた。
かくして、俺の格ゲー転生一日目は満足のいく形で終了したのだった。
………しかし待て。
よく考えればこれからどうすればいいのだろうか。景色は一向に変わる気配もなく、人混みに囲まれたこの空間から、動いてどこぞへと行けるようには思えない。それに食事や睡眠はどうすればいいのだろうか?確かにデモ画面やストーリーモードのエンディングでは友達と一緒に買い食いをする悠ミ香の姿が確認される。しかしネット対戦モードであるためか、次のステージに進みようがない雰囲気だ。下手をすれば、このまま一生対戦相手を待って戦い続けるだけの生活なのだろうか。じわじわと沸き立つ大きな不安が、勝利の余韻を覆い隠していく…
やっぱり転生するなら生活感のあるMMORPGが一番だな、心からそう思う俺だった…