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僕の隣の席の三原さんが魔法少女だと知ったのは、昨日の晚だった。
僕は昨夜、あまりにも暑かったことに耐えきれず、アイスを買う為に家を出た。
時間は、そう、8時過ぎだったかな。
歩いてすぐの場所にコンビニがあるので、ラフな格好のまま僕は夜道を歩いていた。
視界の上の方に明かりが入ってきたから、何かと思って見てみると、綺麗な満月だった。
普段意識して空を見上げてないから、僕は久々に見た満月を目に焼きつけようと思っていたんだ。
そんな時、女の子のような人影が満月を横切るように飛んで行ったんだよ。
棒のようなものに横からちょこんと座っていて、スローペースで、まるで夜空を散歩していたみたいに。
月明かりが逆光となってよく見えなかったけど、黒っぽい大きな帽子を被っていた。
服も黒っぽいローブのように見えたけど、観察しようにもどこかへ飛んでいってしまって、残念。
え?
何故その人影が三原さんだって分かったのかって?
彼女は空から落としてしまったんだ、生徒手帳を。僕の進行方向へポトリと。
それを拾って見ると、三原咲さんの名前があったというわけだ。
いつも持ち歩いているのか疑問に思ったけど、彼女に対する興味と好奇心で、僕の胸はいっぱいになってしまった。
僕は、彼女に生徒手帳を返さないといけない。
その時聞いてみることにした。
空中散歩の気分はどんなものかを。
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翌朝、僕は普段より早めに学校へ向かった。
頭の中で、昨夜見たシーンが繰り返し流れっぱなしでまったく眠れなかったせいもある。
自転車のペダルが普段より軽く感じられて、風もなんだか心地よくて。
つい鼻歌なんて口ずさんじゃったり。
僕の心が小さく踊っていた。
今日はいつもより40分も早く学校へ到着。颯爽と上履きに履き変えて、2階にある教室へ向かった。
まだ誰もいない、静かな教室。
すでに日差しは東側の窓から注ぎ込んでいて、僕の席が火照っている。
僕は席に座り、お隣さんが来るのを待った。
まだ時間がある。
僕はカバンから本を取り出し、昨日の続きから読み始めた。本のタイトルは「鏡合わせの2人」という、ちょっとしたホラーものだ。
鏡の中の世界から異形な者が出てきて、主人公達を惑わしながら殺していく。そんなお話。
あ、別にホラーが好きってわけじゃないよ。
僕と少し似てるな、と思って。
本に目を落としてから20分くらい経って、ちらほらと級友が登校してきた。
適当に挨拶を交わして再び本を読む。
僕には友達なんていうのはいない。
必要にも思っていないし、関係を維持するのも面倒だからね。
ただ、あまりにも尖ったり、消極的な行動はとってはいけない。
何事も平坦に、なだらかに。
「おはよう、朝野君」
僕を呼ぶその声は、朝から上機嫌のようだ。
声の主を見やると、頭頂部で結ばれたポニーテールが、シャンプーの香りを散らばせながら揺れている。
「おはよう」
僕は挨拶だけ伝え、また本へ目線を移した。
このポニーテール娘の名前は三原咲。活発そうに見えてスポーツがまるでダメな僕のお隣さんだ。
三原さんはカバンを机の上に置いてから、友人達が群がる輪の中へ加わりに向かった。
僕は本の続きを読む。
物語は中盤に差し掛かっていて、盛り上がりを見せていた。
主人公が一人の友人の異変に気付いてしまうところ。
まさか自分の命を脅かす者が友人だなんて、考えたくなかっただろうな、と主人公を憐れんだ。
脅かす者の立場から見ると、とても悦が込み上げ、それはもうたまらないだろうと、僕はどちらかと言えば主人公と敵対している方へ共感している。
積み上げた信頼への裏切り、見知った顔に殺される瞬間の恐怖とわずかな希望、真の正体も知らずに死んでしまう無念さ。
どれもこれも、悦びを得るには十分すぎる事項だ。
朝のホームルーム開始のチャイムが鳴り始める。
気付くと、教室には騒がしい声と騒音で満タンになっていた。
少し本を読むことに夢中だったらしい、いつの間にか時間が過ぎていた。
僕はカバンから、昨夜、魔法少女であろう彼女へ向けて書いた手紙を取り出した。
シンプルな白い便箋に、宛名を添えて。
チャイムが鳴ったので慌てて席へ戻ってきた三原さん。
僕は彼女へ呼びかけ、手紙を渡した。
「え、これなに?」
少し怪訝そうな顔をしている。
僕が手紙を渡す行為を不快に思っているのだろうか。
素直に受け取らないでいる。
「手紙だよ、中身は読めばわかる」
直接受け取らないので、僕は彼女の机の上に手紙を置いた。
「なにそれ……めんどくさいなぁ」
彼女は仕方なく手紙を読む。
短く一言のみ書かれた手紙の内容を理解して、僕を見る三原さん。
驚いているのがよくわかる。
そうだろう、魔法少女だなんて事が世間にバレたら一大事だからね。
まさか魔法が存在するなんて。様々な分野の学者や研究者に弄り回されて、その結果が全世界に知らされる。想像以上の辱めを受けることになるだろう。
そんな展開、僕は嫌いじゃないけど。
「もう授業が始まるし、休み時間の時に詳しく話したいな」
僕は三原さんに笑顔を向けた。
滅多に笑顔を作らないから少しひきつったかな?
三原さんが何か言いたげそうにしているけど、僕はそれを拾い上げずに目線をそらした。
まだ視線を感じるが、そんなの放っておけばいい。
きっと、三原さんの精神状態は最悪だろう。休み時間が訪れるまでの間、展開はストップしたままだからね。
気になりすぎて、1分をとても長く感じていると思うと、僕は小さく身震いした。
くすぐったいような快感。