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 僕の隣の席の三原さんが魔法少女だと知ったのは、昨日の晚だった。

 僕は昨夜、あまりにも暑かったことに耐えきれず、アイスを買う為に家を出た。

 時間は、そう、8時過ぎだったかな。


 歩いてすぐの場所にコンビニがあるので、ラフな格好のまま僕は夜道を歩いていた。

 視界の上の方に明かりが入ってきたから、何かと思って見てみると、綺麗な満月だった。

 普段意識して空を見上げてないから、僕は久々に見た満月を目に焼きつけようと思っていたんだ。


 そんな時、女の子のような人影が満月を横切るように飛んで行ったんだよ。

 棒のようなものに横からちょこんと座っていて、スローペースで、まるで夜空を散歩していたみたいに。


 月明かりが逆光となってよく見えなかったけど、黒っぽい大きな帽子を被っていた。

 服も黒っぽいローブのように見えたけど、観察しようにもどこかへ飛んでいってしまって、残念。


 え?

 何故その人影が三原さんだって分かったのかって?


 彼女は空から落としてしまったんだ、生徒手帳を。僕の進行方向へポトリと。

 それを拾って見ると、三原咲さんの名前があったというわけだ。

 いつも持ち歩いているのか疑問に思ったけど、彼女に対する興味と好奇心で、僕の胸はいっぱいになってしまった。


 僕は、彼女に生徒手帳を返さないといけない。

 その時聞いてみることにした。


 空中散歩の気分はどんなものかを。



 ▼▼▼


 翌朝、僕は普段より早めに学校へ向かった。

 頭の中で、昨夜見たシーンが繰り返し流れっぱなしでまったく眠れなかったせいもある。


 自転車のペダルが普段より軽く感じられて、風もなんだか心地よくて。

 つい鼻歌なんて口ずさんじゃったり。


 僕の心が小さく踊っていた。


 今日はいつもより40分も早く学校へ到着。颯爽と上履きに履き変えて、2階にある教室へ向かった。


 まだ誰もいない、静かな教室。

 すでに日差しは東側の窓から注ぎ込んでいて、僕の席が火照っている。

 僕は席に座り、お隣さんが来るのを待った。


 まだ時間がある。

 僕はカバンから本を取り出し、昨日の続きから読み始めた。本のタイトルは「鏡合わせの2人」という、ちょっとしたホラーものだ。

 鏡の中の世界から異形な者が出てきて、主人公達を惑わしながら殺していく。そんなお話。

 あ、別にホラーが好きってわけじゃないよ。


 僕と少し似てるな、と思って。


 本に目を落としてから20分くらい経って、ちらほらと級友が登校してきた。

 適当に挨拶を交わして再び本を読む。


 僕には友達なんていうのはいない。

 必要にも思っていないし、関係を維持するのも面倒だからね。

 ただ、あまりにも尖ったり、消極的な行動はとってはいけない。

 何事も平坦に、なだらかに。


「おはよう、朝野君」


 僕を呼ぶその声は、朝から上機嫌のようだ。

 声の主を見やると、頭頂部で結ばれたポニーテールが、シャンプーの香りを散らばせながら揺れている。


「おはよう」


 僕は挨拶だけ伝え、また本へ目線を移した。

 このポニーテール娘の名前は三原咲。活発そうに見えてスポーツがまるでダメな僕のお隣さんだ。


 三原さんはカバンを机の上に置いてから、友人達が群がる輪の中へ加わりに向かった。


 僕は本の続きを読む。

 物語は中盤に差し掛かっていて、盛り上がりを見せていた。

 主人公が一人の友人の異変に気付いてしまうところ。

 まさか自分の命を脅かす者が友人だなんて、考えたくなかっただろうな、と主人公を憐れんだ。


 脅かす者の立場から見ると、とても悦が込み上げ、それはもうたまらないだろうと、僕はどちらかと言えば主人公と敵対している方へ共感している。


 積み上げた信頼への裏切り、見知った顔に殺される瞬間の恐怖とわずかな希望、真の正体も知らずに死んでしまう無念さ。

 どれもこれも、悦びを得るには十分すぎる事項だ。



 朝のホームルーム開始のチャイムが鳴り始める。

 気付くと、教室には騒がしい声と騒音で満タンになっていた。

 少し本を読むことに夢中だったらしい、いつの間にか時間が過ぎていた。


 僕はカバンから、昨夜、魔法少女であろう彼女へ向けて書いた手紙を取り出した。

 シンプルな白い便箋に、宛名を添えて。


 チャイムが鳴ったので慌てて席へ戻ってきた三原さん。


 僕は彼女へ呼びかけ、手紙を渡した。


「え、これなに?」


 少し怪訝そうな顔をしている。

 僕が手紙を渡す行為を不快に思っているのだろうか。

 素直に受け取らないでいる。


「手紙だよ、中身は読めばわかる」


 直接受け取らないので、僕は彼女の机の上に手紙を置いた。


「なにそれ……めんどくさいなぁ」


 彼女は仕方なく手紙を読む。

 短く一言のみ書かれた手紙の内容を理解して、僕を見る三原さん。


 驚いているのがよくわかる。

 そうだろう、魔法少女だなんて事が世間にバレたら一大事だからね。

 まさか魔法が存在するなんて。様々な分野の学者や研究者に弄り回されて、その結果が全世界に知らされる。想像以上の辱めを受けることになるだろう。


 そんな展開、僕は嫌いじゃないけど。


「もう授業が始まるし、休み時間の時に詳しく話したいな」


 僕は三原さんに笑顔を向けた。

 滅多に笑顔を作らないから少しひきつったかな?

 三原さんが何か言いたげそうにしているけど、僕はそれを拾い上げずに目線をそらした。

 まだ視線を感じるが、そんなの放っておけばいい。


 きっと、三原さんの精神状態は最悪だろう。休み時間が訪れるまでの間、展開はストップしたままだからね。

 気になりすぎて、1分をとても長く感じていると思うと、僕は小さく身震いした。


 くすぐったいような快感。



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