捻くれ幽霊と膝枕
ほぼあらすじの通りです。
待つ……待つ……ひたすら待つ。何もせず、何も考えず。ほんのちょっとの希望をだけを信じてひたすら待つ。
最近、自分の周りで流行っている噂がある。
「夕方、研究棟の屋上には、去年そこで投身自殺をした女生徒の幽霊が出る」、と、いうもの。
断っておくが、自分は大学生だ。何の理由も無しにこんなひねりのない噂など信じない。……とは言っても、まぁ、理由もひねりのないものだ。
見た人がいる。ただそれだけ。
それだけの理由で、俺は今屋上にいた。
さして景色が良い訳でもなく、置いてある物もボロいプラスチックのベンチだけ。元々何か用事ができる場所ではないし、暇つぶしにも向かない。そもそも研究棟自体利用者がかなり少ない。
何もないところで、一人待つ。
春の終わり、夏の始まり。暑かったり寒かったりを繰り返してるこの頃だが、今日の気温はやや高めで、風は涼しかった。
無心で幽霊の出現を待っていた俺は、瞼が下りていたことに気づくことが出来なかった。
「ん……ん?」
違和感を感じたのは瞼を開いてからだった。それ故、頭の位置が高い理由も、後頭部にある柔らかい感触の正体もすぐに把握することが出来た。……状況は全く分からなかったが。
名前の知らない女性に膝枕をされていた。
寝ぼけているのか、あんまり驚きはしなかった。正確には頭が上手く回っていないのか。ともかく、言葉が出なかった。いや、これも少し違う……何を言えばいいか分からない、が一番近い。
駄目だ、混乱はしているようだ。なにがどうなってどうすればいいのかごちゃごちゃする。
何も言えず、何も考えられず、視線だけを意味なく動かしていると、遠くを見つめていた彼女の視線が俺に下りてきた。
「あ、おはよう」
彼女は何ともないように挨拶をしてきた。
対する俺は、
「……おはよう」
やや遅れて挨拶を返した。
疑問すら形作れていないが、挨拶に対して返すべきは挨拶だけだろう。
しかし、そこから先、彼女の言葉はなかった。
どうやら俺の言葉を待っているらしい。何も言わずにじっと俺を見つめて黙っている。おかげで俺の視線が定まらない。
その視線は柔らかく、俺の言葉をいつまでも待つ姿勢を伝えてくれていたけれど、逆に俺の頭は大急ぎで回転を始めた。
「それで、何で膝枕?」
ようやく疑問を口に出来たのは数分後だったか、数秒後だったか。
「あれ。読んじゃったから」
そう言って彼女が指差したのは俺が書いた手紙だった。風で飛ばないように靴で押さえてある。ちなみに、その隣には花束が置いてある。
「あぁ、そういえば」
「してもらいたかったんでしょ?膝枕」
確かに、そんな事を書いた。ただし、
「幽霊にしてもらいたかったんだけどな、膝枕」
「噂の幽霊よ?私」
「……なるほど。これは失礼。そして、望みを叶えてくれて有難う」
「いえいえ。ちなみに感想は?」
「ひんやりふわふわ」
「新商品のアイスみたいだね」
笑って、彼女は少し身じろぎをした。
「あぁ、ごめん。今起きる」
身を起こして、女性と向き合った。しかし、視線はすぐさま下へ。
「今更だけど、幽霊って足あるんだな」
「足がないと枕元に立てないじゃない」
「あれってどんな意味があるんだ?」
「膝枕したくてうずうずしてるの」
「素晴らしいな。俺に取り憑かない?」
「馬に蹴られそうだから遠慮しとく」
「もう死んでるのに」
二人で静かに笑いあう。
話しているうちに混乱は正されて、頭は平常運転に切り替わっていた。
そこで、幽霊と会って聞いてみたかった事を思い出した。
「実は聞きたいことがあって幽霊を待ってたんだけどさ、聞いて良い?」
「なんなりと」
「何で……」
不意に胸が詰まったので、言葉を切って一呼吸入れた。
それでも通りの悪い空気を無理やり吐き出す。
「何で、自殺なんかしたの?」
彼女は少し考えるように視線を彷徨わせる。
やがて、彼女はため息を吐いた。
「何でだろうね。今でもよく分からない。馬鹿な事をしたとは思ってるけどね」
「ホントだな」
しばらく彼女は口を開かなかった。
お互い、視線を下げて黙り込む。彼女は何か考え事をしているのかもしれない。
息を吸う音がして、彼女がまた口を開く。
「君は、それが知りたくてここへ?」
「うん。……丁度、直接聞きに行こうとしてた所だから、そっちから現れてくれて手間が省けた」
「それはタイミングが良かった。でも、悪いね、答えてあげられなくて」
「まぁ、仕方ない。死人が喋ってくれただけで良しとしよう」
会話が途切れた所に、彼女が躊躇いがちに聞いてきた。
「それで、まだ探すの?」
「探す……かな?」
「あらら、曖昧」
「死人なんて追ってももどかしいだけっていうのは知ってるんだけど……諦めたくないんだよな~」
彼女は立ち上がって、手すりにもたれかかった。
「そんなに気になる?理由」
「知っても知らなくても虚しいことも知ってる。でも、少なくとも、気持ちの区切りにはなるかなって」
「区切り……ね。つけたら、終わっちゃうよ?」
知ってか知らずか、彼女は沈みゆく夕日を背に立っていた。
「ただでさえ遠い所にいるのに、もっともっと遠くにいっちゃうよ?」
彼女の言葉に、様々な思いと記憶が頭を巡り、俺の胸の中がぐちゃぐちゃになる。いろんな言葉が混ざってごちゃごちゃになって……俺は自分が幽霊に拘る理由をはっきりと確かに自覚した。そして、彼女がここに留まる理由も。
その上で、何を言おうか、どうしようか、考えた。
「キャラ」
「はい?」
「キャラ、ブレてる」
「……はて、なんの事でしょう」
おかしくなって二人して笑う。
「もしかしてさ、捻くれ者の妹いない?それも双子」
「全く顔の似てない正直者の姉なら」
「なるほど」
気づくと、夕日はもう沈んでしまっていた。
「さて、陽も沈んだし。俺はもう帰るよ。幽霊は?」
「夜は私の時間だからね」
「それもそうだ」
手紙の抑えに使っていた靴を回収して……代わりに、手紙の上にその隣にあった花束を置いた。
「手紙は持って帰らないの?」
「もういらないけど、処分するのも嫌なんだよね。だから、ここに置いていくことにする。見知らぬ誰かが読んでも作者不明のポエムにしか見えないだろうしな」
「そう、それは良かった」
靴を履いて、彼女に向き直る。
「それでは、さようなら」
「さようなら」
彼女のようにこの気持ちを抱えて生きよう。そう思った。