はじまり
俺、竜崎ハヤトは地球人だった。体感時間で10分前までは。
高校二年生である俺は、いつもの様に、起きて、学校行って、授業を聞き流して、友達と遊んで、帰って、ご飯食べて、ベットでゴソゴソして、寝た。うわぁぁ……見事に中身がない……
そんな感じで青春の一ページを無駄に消費した何事もない日の次の日、起きて気づいたらここにいた。うん、唐突にね。
死んだ覚えもなければ、怪しげなワープホールを通った覚えもない。ついでに言えば、神様にあんた転生したぜ! みたいなことも言われてない。
強いて言うなら、ここ異世界じゃね? って思ったときに、頭いっぱいに響くやたらダンディなおっさんの声で『イエース』って言われた。あれは神様だったのだろうか? いらつく。
ていうか、本当にどうしよう……いつもやってるゲームなら、チュートリアルとか、イベントとかそういうのあると思うんだけど、そういうのも無さそうだし……冷静になって考えたら急に心細くなってきたぞ。
そもそも、帰る手段とかあるのだろうか? なかったらどうしよう……母さん心配するだろうし、父さんはきっと殴ってくるだろうし、ヒロキにゲーム借りっぱなしだし、宿題まだやってない……いや、宿題はいいか。
思いを巡らせるにつれて、急速に心の奥がキュッとなるような感覚に襲われ、思わず瞳から涙が溢れ、柔らかな大地を濡ら――さなかった。
ころん、とでもいいそうな音をさせ、俺の涙? が地面に転がった。なんだろう。めっちゃ石。めっちゃ綺麗。
興味を惹かれ、その石に手を伸ば――て、ええ!?
俺の瞳には信じられない光景その二が映された。
なんてこった……俺の腕が、なんか魔物っぽくなってるっ!
具体的には、明らかに分厚さを主張する薄い青色の皮膚に、肘側はトゲトゲした甲殻に覆われ、手なんかはもう、五本ある指のそれぞれに尖った爪が生えていた。
動揺する心をなんとか落ち着かせて、慎重に俺の涙石を手に乗せる。
涙石は透き通ったブルーで、あまりの綺麗さにしばらく心を奪われた。
これが俺の涙だなんて信じられない……そして、俺はそこにうっすら写った自分の影にまたもや衝撃を受けた。
顔に手を当て、周りを見渡す。すると、草原の先に川があるのが、微かに見えた。
急いで、そこに向かって走る。どっすんどっすんと音がしたり、周りの草がなぎ倒されているような気がするが今は気にしていられない。
想像よりもずっと早く、川にはついた。
恐る恐る川を覗き込む。そこには見えづらいが、微かに自分の顔が映し出された。
爬虫類を思わされる顔つきに、鼻の頭には立派な角が一本。顔の周りには分厚い甲殻が覆い、鋭利な印象を持たせる。そして、口の中には鋭い歯が等間隔にきっちりと並んでいた。さらに背後には一対の悪魔の翼のようなものが並んでいた。
えっとー……いや、まさかね。
「あーあー」
ちょっと発生練習も兼ねて、声を出してみた。どうやら、普通に人間の声は出せるらしい。ちょっと安心した。
試しに叫んでみる。
日本語で「うわぁぁぁぁ」って叫んだつもりだったのだが、自分の口からでた声は、そんな生易しいものじゃなかった。
およそ生物が発する声とは思えない音の波が、草原の草を横倒しにし、空を自由に飛び回っていた小鳥たちはショックのあまり次々と墜落していった。目の前の川にいたっては一瞬だけ川の流れが塞き止めれたかのごとく分断され、元通りになったかと思えば今度は魚が何匹もぷかーと浮いてきた。
一瞬で穏やかな草原地帯が、地獄絵図になる様を目撃して流石に直視しがたい現実に目を向ける。そして、それと同時にここは異世界だと完全に信じてしまった。
俺はどうやら、わけもわからないまま異世界に飛ばされたのでは飽き足らず、人外になってしまったらしい。
そう。俺はどっからどう見ても――
「ドラゴンじゃね?」
『イエース』
凄くいらっとした。