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ミラクルHERO

作者: 甲斐日向

 暑い夏が過ぎ、ようやく涼しくなってきた頃。

 やけにひんやりとした風が剥き出しの肌を撫で、徹平(てっぺい)はぶるっと身震いした。


「うへぇ~、寒ぃー! もうそろそろ、夏服は封印かぁ?」


 腕をさすりながら、徹平は空を見上げた。

 夕焼けに染まりつつあるはずの空は、薄い灰色の雲が覆い始めている。

 確か天気予報で、夕方から雨だと言っていた。

 贔屓にしている、美人のお天気キャスターの言うことだから間違いない。


「おーい、雨降ってきたらやべえし、早く帰ろうぜ?」


 肩越しに連れを振り返り、徹平はぎょっとした。

 すぐ後ろにいるかと思っていた連れは、十数メートル先の十字路で――徹平から見て――向かって左の道をじっと見つめたまま立っていた。


陽介(ようすけ)。何やってんだよ」


 誰もいない場所に声をかけてしまった恥ずかしさと、微動だにせず道のド真ん中に突っ立っている連れに、徹平は引きつった顔で元来た道を戻った。

 徹平が近づいていくと、彼の連れ――陽介は「…テツ」と目だけを徹平に向け、ぼそりと呟いた。


「あれ…」

「あれ?」

「あそこ…」


 聞き返した徹平に、陽介は道の先を指差した。

 その指の先に徹平が視線をずらすと、白い、たぶん厚手のコートのような物に包まれた何かが転がっている。


「…なんだあれ。お前、あれ見てたのか?」


 問い掛けると、陽介が無言で首肯する。


「ふーん、毛布かなんかか?」


 徹平が白い何かに近づいていくと、陽介も無言でついてくる。

 白い何かはさっきから動いていない。やはり毛布だろうか?

 しかし、近づくにつれ、そうではないことが分かった。 

 白い物の間から肌色が見える。どう見ても手だ。

 それに、遠くから見たので細長くて丸い物かと思っていたが、人の形をしている。


「……おい、これって」

「人、みたいだね」


 徹平の頬を冷たい汗が流れる。陽介は平然と、無表情で白い物にくるまった人の横にしゃがんだ。

 徹平は倒れている人物を指差し、大げさに驚いて見せた。


「まさか食い倒れ!?」

「それって、満腹で倒れたってこと? 普通、空腹で倒れるものじゃない?」

「いや、お前ツッコミ所ちげぇ」


 がくっと脱力し、徹平は力なく手を下ろした。

 せっかくボケてみたというのに、ツッコミがずれるとは。なんと空しい。


(ここは、食い倒れじゃなくて行き倒れだろ! とツッコむべきなんだが…)


 ため息をつく徹平。それにはまったく気づかず、陽介は白い物をめくってみた。

 どうやら、フード付きのコートだったみたいだ。

 毛皮のようで触ると気持ちよさそうだが、今の時期にはまだ早いのではないだろうか。

 そして、コートにくるまっていたのは女の子だ。とてつもなく可愛い。


「女の子…」

「なんだよ、ガキじゃん。なんでガキがこんな所に倒れてんだ?」


 子供はぴくりとも動かない。徹平は困ったように後頭部を掻いた。


「しっかし、どうするよ? 見つけちまった以上、このまま放っておくわけにもいかねぇだろ」

「そうだね。じゃあ…拾って帰る」

「拾うのか! 連れて帰るじゃなしに!?」


 淡々と言う陽介に、徹平がツッコむ。陽介は無表情のまま、少女の手を軽く握った。


「あったかい。大丈夫、生きてる」

「あーそうですか」


 天然ボケには適わない。徹平は半ば諦めて、肩を落とした。

 自分はボケにはなれないらしい。陽介といる限りツッコミ役なのか…

 別に、どうしてもボケになりたいとか、お笑い芸人を目指しているというわけではないのだが、周りからことごとく「徹平ってツッコミしかできないよな」と言われ、そんなことない、俺だってボケることくらいできらぁ! と意地になっているのだ。特に、陽介といる時は。

 陽介が一緒にいると、必ずと言っていいほど「天然漫才コンビのツッコミ役だ」と言われる。

 漫才コンビと言われるだけでも、ちょっとショックだったりするのに「ツッコミ『しか』できない」という言葉はかなりショックだった。

 なんだか「それしか能がない」と言われているようで。

 そんな徹平の憂うつなど微塵も気づいていない陽介は、やはり見た目どおり触り心地がいいのか、ずっとコートを撫でている。


「それじゃあ…連れて帰ろうか」


 やおら立ち上がり、陽介は暗い表情の徹平の肩に、ぽん、と手を置き、


「頑張って。」

「俺が運ぶのか!」


 文字通り目を丸くして、徹平は陽介の顔を見る。

 流れ的に陽介が運ぶものと思っていた徹平には、青天の霹靂(へきれき)だ。

 呆気に取られている徹平に、陽介はこともなげに言い放った。


「だって僕、非力だし」


 ドーン!


 言うに事欠いて非力だとー!? 徹平はあんぐりと口を開けた。

 確かに、陽介は高校生男児にしては細くて、肌も女のように白い。

 筋肉もほとんどついていないし、徹平に比べれば非力そうだ。見た目だけは!


(都大会で優勝した空手部主将の俺に、一度も腕相撲で負けたことねぇくせにー!!)


 どこが非力だ、どこが! と徹平は目で訴える。

 その意図を察したのか、陽介はすっ、と徹平の手を握り締め、満面に笑みをたたえた。


「お願い、徹平」


 ずきゅーん!!


 滅多に笑うことがない陽介の微笑みが、徹平の胸を貫いた!

 陽介は男でもどきっとするほど綺麗な顔をしていて、町内一の美形とも言われている。

 実際、何度も――老若男女問わず――告白されている。

 けれど、陽介が誰かとつきあっているという話は聞かない。

 陽介がモテる理由は、当然顔ということもあるが、一番の理由はこの滅多に見せない笑顔だ。

 常に冷静沈着――徹平いわく感情の起伏が小さすぎるだけ――口数は少なく無表情。少しズレた所があり、天然ボケ。

 これが周りから見た陽介の印象だ。的確な表現だと思う。

 だが、それは上辺だけで、中身はとんでもない奴なのだ。


 人々は、陽介の笑顔は“天使の微笑み”“癒しの微笑み”“仏の笑顔”などと呼んでいるが、実態を知る徹平には“悪魔の微笑み”としか思えない。

 あまりに希少価値が高いため、陽介の笑顔を見たら幸せになれる、なんてジンクス的なものまででっち上げられる始末だ。

 今この場に通行人がいたら、きっと「貴重なものが見れた!」とか「これがウワサの微笑み!」と言って悶えることだろう。

 にこにこ笑っている陽介とは裏腹に、徹平の顔は青ざめていく。

 彼がこの笑顔に逆らえたためしはない。


 中学時代に一度、部屋の模様替えを手伝った時に『本棚運んで。一人で』と“悪魔の微笑み”付きで頼まれたのだが、それまで散々重い物を運ばされていたため嫌気がさして、


『もう嫌だ! 少しはお前も手伝えよ! 軽い物ばっか運んでんじゃねー!!』


 と怒鳴ったら、陽介は『そう…』と悲しそうにうつむき、


『そんなに、テツが僕の手伝いをするのが嫌だったなんて、気づかなかった。

 ごめんね、無理矢理やらせて。後は僕がやるから、テツはもうやらなくていいよ。本当にごめん』


 と、キャメルクラッチを掛けつつ言った。


『いででででっ! ギブッ、ギブー!! やりますやらせていただきますーっ!! むしろやらせて下さーいっ』


 涙ながらに徹平が懇願すると、陽介はけろりとした顔で『本当? ありがとう、テツ!』と言ってのけたのだ。

 あの時の痛みと、憎たらしいほどの晴れやかな笑顔を、徹平は一生忘られない。いや、忘れない。

 このことが原因で、徹平は“悪魔の微笑み”時の陽介に逆らえなくなった。

 ので、それが発動した今、徹平にできることと言えば…


「……まかせろ」


 青ざめた笑顔で親指を立てるしかなかった。

 かくして、徹平は己の心の弱さに涙しながら、女の子を肩に担ぎ上げた。


「っしょと。お、見た目どおり軽いな。これなら楽に運べそうだ」

「拉致完了。」

「違うから! 人聞き悪いこと言うのやめてくれます!?」

「とりあえず僕の家に運んで。今日は誰もいないから、怪しまれずに収容できるよ」

「…間違っちゃいないかもしれんが、嫌な響きだぞ、それ…」


 ずり落ちてきた少女の体を担ぎ直すと、かすかにくぐもった声が聞こえた。


「う……」

「お? 気がついたか?」


 少女に視線を移した徹平の耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。


「…は……はらへった…」

(!!?)


 徹平は自分の耳を疑った。小さな声ではあったが、確かに聞いた。


(今の、この子が言ったんだよな? 腹減った。腹減ったって言ったぞ!? すげーロリ声なのに腹減った!? 口悪ぃー!)


 唖然とする徹平。陽介はくるりと徹平を振り返り、


「やっぱり空腹で倒れてたんだ。食い倒れじゃなかったね」

「だからツッコミ所違うって…。そのネタも引っ張るのやめろ。それよか、食い物なんて俺持ってねーぞ」

「僕持ってるよ」

「マジか!?」


 ごそごそとズボンのポケットをあさり、陽介はキットカットを取り出した。


「おやつに食べようと思って買っておいたけど結局食べなかったキットカットが」

「ずいぶん説明的なセリフだな、おい」


 陽介が取り出したキットカットの匂いに気づいたのか、少女がぴくっと動いた。

 徹平の肩から身を乗り出すと、キットカットにかぶりついた。しかも陽介の手と箱ごと!


「!! よよ、陽介っ、手っ!」


 少女はキットカットだけを陽介の手からもぎ取り、もぐもぐと咀嚼(そしゃく)している。

 解放されたよだれまみれの手を、陽介はじっと見つめる。


「だ、大丈夫かっ? 陽介! 噛まれたりしてないか!?」

「大丈夫…」


 しばらく少女はキットカットを箱ごと咀嚼していたが、もぐもぐごっくんと飲み込んだ。

 そして、器用なことに箱だけをべっと道端に吐き出す。

 まるで食べた後のガムのようになった箱は、ぽちゃん、とどぶに落ちていった。


(うわ~、強烈…)


 大変な拾い物をしてしまったと、徹平は後悔した。


「はふ~、うまかったぴょん。生き返ったぴょん!」


 徹平は口元を引きつらせた。口が悪い上に語尾に「ぴょん」? なんなんだこの子は。

 徹平は自分の肩に乗っている子供が、得体の知れない生物のように思えてきた。


「もっと食べる? まだいろいろあるけど」

「マジで!? わーい、食うぴょん!」


 陽介がカバンから、じゃがりこやらハイチュウやらお菓子を取り出す。

 少女は徹平の肩から降り、喜んでそれを食べている。


(なんでなごんでんだ、こいつら。ていうか、なんで変に思わないんだ陽介!)


 一人ついていけない徹平だった。


「ねえ、君、名前なんて言うの?」

「あわいあイッフェウっえいるう」

「全部食ってから言え!」


 徹平に言われて、少女は口いっぱいに頬張ったお菓子を慌てて飲み込み、おもむろにフードを取った。

 そこからひょこんと出てきた物に、徹平は目玉を飛び出させた。

 少女の頭にはなんと、水色のウサ耳が付いていたのだ。


「ふは~。えっほん、あたいはミッチェルって言うんだぴょん。ミッチーと呼んでくれぴょん」

「…………」

「ふーん」

「おまえら、あたいをたすけてくれたんだな。ありがとうだぴょん。おれいにおまえらを『勇者』にしてやるぴょん」


 ミッチェルと名乗った少女は、ふんぞり返って宣言した。

 徹平と陽介は「「は?」」と、徹平は目を点に、陽介は無表情で固まった。


「あたいはここに『勇者』をさがしに来たんだぴょん。でも、なかなかいいやつが見つからなくて、さがすのにむちゅうになってたらきゅうにはらへってきて…」

「それであんなとこに倒れてたってわけかよ」

「おう! だからおまえらはあたいの命の恩人だぴょん。だからおまえらは『勇者』だぴょん!」

「なんでそうなるんだよ! そもそも勇者ってなんだよ。RPGとかじゃあるまいし」


 不機嫌になる徹平を無視し、ミッチェルは続ける。


「すうじつまえ、あたいたちが住んでるせかいに、こあーいまものがあらわれたんだぴょん。そいつはすっごくつおくて、みんなこあがってるぴょん。

 だから、あたいたちをたすけてくれる『勇者』をさがしに来たんだぴょん!

 おばばがこのせかいに『勇者』がいるって言ったぴょん!

 『勇者』は、つおくて、やさしくて、ゆうきがあって、だれでもたすけてくれる人だって、おばばが言ってたから、おまえらは『勇者』だぴょん。

 おねがいだぴょん! あたいたちのせかいをたすけてくれぴょん!」


 がしっと陽介のズボンにしがみつき、必死な顔で陽介を見上げる。

 徹平はうさんくさそうに、後頭部を掻いた。

 『勇者』だの魔物だの、ウサ耳の女の子だの、まるっきりファンタジーだ。

 それに、その『勇者』と言うのが自分たちだというのか? ありえない。

 そもそも、このウサ耳が怪しい。

 ただのウサ耳つきカチューシャかなんかで、これは『勇者』ごっことかなのではないか?

 子供にしてはやたら迫真の演技だが。 

 それに関しては感心しつつも、徹平はミッチェルの言葉を信じる気にはなれなかった。


「悪ぃんだけどさ、子供の遊びにつきあってるほど俺らはヒマじゃねぇんだ。俺らじゃなく、他の奴を当たってくれねぇか?」


 ミッチェルは、きっ、と徹平をにらみつけると、


「あそびじゃねぇぴょん! 『勇者』が来てくれねぇと、あたいたちの村がなくなっちゃうんだぴょん!

 なあ、おまえはたすけてくれるよな? 『勇者』になってくれるよな?」


 陽介に顔を戻し、ミッチェルは、きゅっ、と陽介のズボンを引っ張った。


「陽介、ガキの遊びにつきあう必要ねぇって。こいつも元気になったんだし、雨が降ってくる前にとっとと帰ろうぜ!」

「おねがいだぴょん! 『勇者』になってあたいたちをたすけてくれぴょん!」

「……いいよ」

「「え?」」

「僕…『勇者』になってもいいよ」

「マジでぴょん!?」

「本気か!? お前!」


 うれしそうに顔を輝かせて、ミッチェルはぴょんぴょん飛び跳ねる。

 徹平は陽介の肩を鷲掴みし、ガクガクと前後に揺さぶった。


「冗談だったら今のうちに撤回しておけ!

 本気だったらやめておけ!

 どっちにしろ、これ以上厄介事に首を突っ込むな!!

 お前が厄介事に首を突っ込むとろくなことがねぇんだっ(泣)」


 これが本音である。しかし、陽介は徹平の手をやんわりと振り解き、首を横に振った。


「…決めたから」

「あのなっ、そんなこと言ったっておま…」

「できる。大丈夫…」

「よかったぴょん。『勇者』が見つかったぴょん。これで、元のせかいにかえれるぴょん」


 すっかりその気になっているミッチェルと陽介に、徹平は「あーそうかよ!」と怒鳴って、きびすを返した。


「勝手にしろよ!! 俺は帰るからな! 雨が降る前に! 『勇者』ごっこでも、元の世界に帰るでもしろよ!!」


 そう言い捨て、すたすたと歩き出す。その背中に、ミッチェルがぴょん、と飛びついた。


「待てぴょん」

「おわっ、何すんだよ! 離れろっ」

「おまえもいくんだぴょん。おまえも『勇者』なんだからな」


 その言葉の直後、目の前が暗転した。



 草のにおいがする。このにおいはどこかで…。

 ガキの頃、家族でピクニックに行った自然公園。

 確かそこで、親父に『自然公園は自然と触れ合う公園だ! 自然と触れ合わなけば意味がない! さあ、触れ合って来い、我が息子よ!』とか言われて、坂の上からごろごろ転がされ、顔や手足に芝生は当たるわ、服の中にまでそれが入ってきてチクチクして痛いわ、勢い余ってなぜか坂の先にあった牛小屋の飼い葉の中に思いっきり突っ込んで、牛に顔中舐め回されたっけ…。

 ああそうだ、その飼い葉のにおいによく似ている…。


「…うーん、飼い葉……」


 徹平はガサガサと顔に当たる感触とにおいに、ゆっくりと目を開けた。

 途端に、文字通り目の前にあった奇妙な動物の顔に、徹平は悲鳴を上げて飛び上がった。


「どわぁ――――っ!」


 その動物は、大きさは牛ぐらいだが、鼻が象のように長く、顔の半分くらいの太さがある。ヨークシャーテリアのように体毛が長く真っすぐで、色は淡いオレンジ。毛先だけが灰色だ。

 ここはどうやらこの生物の小屋のようだった。そして徹平は、その生物のエサの中にいたらしい。

 ぐもぐもと鼻を揺らしてにおいをかいでくる見たこともない生物に、徹平は後退りした。


「なっ、ななっ、なんだこれー!」

「お、こんなとこにいたのかぴょん」


 見覚えのあるウサ耳の少女が、奇妙な生物の後ろからぴょこんと出てきた。


「ミ、ミッチェル」


 安心してその少女の名を呼んだ瞬間、


「ミッチーと呼べって言っただろぴょん!」


 ばこぉっ


 強烈な右ストレートが、徹平の頬に炸裂した。徹平はぎゅるるっと回転しながら吹っ飛んだ。

 ミッチェルは腰に手を当て仁王立ちし、「失礼な奴だぴょん」と鼻を鳴らした。

 ぷんすかと怒っているミッチェルの頭を撫でながら、陽介が肩をすくめた。


「名前はちゃんと呼ばないとダメだよ、テツ」

「…だ、だから、呼んだじゃねぇか…」


 ふらふらと身を起こした徹平を見下ろし、陽介はため息混じりに言った。


「ミッチーって呼ぶのが正しいんだよ」

「いや、それあだ名だろ?」

「何言ってるんだよ、テツ。テツがテツって名前のように、ミッチーもミッチーって名前なんだよ。ねえ、ミッチー?」

「おう! さすがだな、よーすけ。わかってるぴょん」


 にかっと笑うミッチェル。徹平はがばっと起き上がって、二人に詰め寄った。


「違ぇだろ! て言うか、俺はテツが本名じゃなくて徹平が本名だし!」

「え…そうなの?」


 いつもの無表情で、陽介が言う。徹平はかくーんと口を開き、呆然とした。


「何年幼なじみやってんだーっ!!」


 泣きながら怒鳴ると、陽介はあっけらかんと「冗談だよ。」と言った。

 飄々としている陽介を睨みつけ、徹平は肩を震わせた。


(くそう、いつか目に物見せちゃる)


 と、何度も挑戦して返り討ちにされるのが毎度のことである。

 徹平は気を取り直して、奇妙な動物の顔を撫でているミッチェルに問い掛けた。


「なあ、そいつ、一体なんなんだ? で、ここはどこだ?」

「こいつは、パオタンだぴょん。知らねぇのかぴょん?」

「見たことねぇよ、こんな生き物。なあ? 陽介」

「うん、変わったヨークシャーテリアだよね」

「どう見てもヨークシャーテリアって大きさじゃねぇだろ!」


 振り向きざまにビシッと手の甲でツッコミを入れ、徹平はミッチェルに向き直った。


「パオタンって言うのか、そいつ。で、ミッチェ…」


 ギロリと睨まれて、徹平はどもりながら言い直す。


「…じゃ、なくて…ミ、ミミ、ミッチー…」

「なんだぴょん?」


 にっこり笑うミッチェル。疲れる。徹平は心底そう思った。


「ここはよ、まさか…異世界ってとこなのか?」

「そうだぴょん。ここはあたいの村、ミミサウ村だぴょん!」


 ミッチェルは飛び跳ねるように小屋から出て、どうだと言わんばかりに両手を広げて見せる。


「マジで異世界に来ちまったのか、俺ら…」

「まあ、勇者だから」


 額を抑える徹平の肩に、ぽんと手を置いて、陽介がきっぱりと言った。

 少々、陽介に怒りを覚えながら、徹平は深くため息をついた。

 二人が小屋の外に出ると、そこは緑豊かな村だった。

 周りは草原と、木でできた小屋しかない。小屋と言っても、自分たちの身長より小さい。

 パオタンの小屋は他の小屋より大きいようだが、さっき、立った時に天井がぶつかりそうだった。


「ここが、あたいのまれそだった村ぴょん。あたいのだいすきな村だぴょん」


 ミッチェルが歩き出す。徹平と陽介もその後についていく。


「だいすきだから、この村がなくなったらいやだぴょん。おやじにおふくろ、あんちゃんたちや、しゃていがいなくなったらいやだぴょん」


 舎弟って。徹平は胸中で、こいつは一体何者だと呟いた。


「だからっ、たすけてほしいぴょん!」


 ピタッと足を止め、ミッチェルは肩を震わせた。


「あたいはみんなにいなくなってほしくないぴょん! 村がなくなるのは…いやだぴょん!」


 声が震えている。本気でミッチェルはそう望んでいる。それは徹平にも解った。

 これが夢であればと、頭の片隅で切に思ったが、そうでないことはさっきのミッチェルのパンチでよーく分かったし、遊びじゃないことも痛いほどに理解した。うん本当に痛かった。

 ここまでさせておいて、夢だ、下らない、なんて言って突き放せるほど、非情じゃない。

 観念したように笑って、徹平は震えるミッチェルの頭をわしわしと撫でた。


「わーかった。その、勇者だとかはともかく、お前を助けてやるよ」

「テツ…」

「どうせ、陽介はやめねえんだろうし、こいつは放っとくと何しでかすか分かんねえからな」

「…ほんとかぴょん?」  


 ミッチェルが大きな目を丸くして、見上げてくる。


「ほんとにたすけてくれるのかぴょん?」

「おう」


 にっ、と笑う徹平に、ミッチェルの顔が輝き、がばっと徹平の腰に抱きついた。


「ありがとうだぴょん、てっぺー! やっぱり勇者はやさしいぴょん!」

「うわっ、おい、やめろ!」


 しがみつくミッチェルを、徹平は慌てて引き剥がそうとする。

 顔を真っ赤にして照れている徹平を、陽介は微笑ましそうに見つめた。


「おーい、ミッチー!」


 遠くからの呼ぶ声に、ミッチェルはようやく徹平から離れた。いくつかの人影がこちらにやってくる。


「あっ、村のやつらだぴょん! おーい!」


 ぶんぶんと両手を振って、ミッチェルはぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「へえ、あのヒトたちがここの住人…」

「ぅげっ」


 いつもの無表情で、陽介がポツリと言うその横で、徹平が渋面を作る。

 近づいてくる村人たちはみな、ミッチェルと同じく、老若男女がウサ耳だった。

 飛び跳ねるように駆けて来る村人たちの輪の中に、ミッチェルが飛び込んでいく。


「お帰りだぴょん、ミッチー!」

「みんな、だいじょうぶだったかぴょん!?」

「ミッチーこそ無事かぴょん? よかったぴょん」

「心配していたのよぴょん。あなたのことだから、どこかで行き倒れてやしないかってぴょん」


 村人たちは、ミッチェルより頭一つ分ほど背が高い程度で、徹平たちの腰の辺りまでしか背がない。

 子供や女はともかく、男や老人までウサ耳、語尾ぴょんだと、少し違和感があるというか、あまり良い気分ではない。

 しかもぴょんの位置が本当に語尾なので、かなりおかしい言葉に聞こえる。

 それに、老人は老人らしく、耳にしわが入り、力なく立っているのだ。中には杖をついている村人もいる。

 それはそうと、ミッチェルをミッチーと呼ぶのは本当に当たり前のことなのか。

 行き倒れるのは珍しいことではないと? いささかツッコミどころが多すぎる状況だ。


「ん? あれはもしや…『勇者』かぴょん!?」


 村人の一人が陽介たちに気づいた。その声を受けて、他の村人も陽介たちに注目し、ざわつく。


「そうだぴょん! あたいたちをたすけてくれる『勇者』のよーすけとてっぺーだぴょん!」


 ミッチェルが高らかに言うと、村人たちは、陽介と徹平を取り囲んだ。


「おおおっ、この方たちがぴょん!」

「本当に見つけたのねぴょん!」

「勇者さま! どうか村をお救い下さいぴょん!」

「勇者様!」

「勇者さま!」


 口々にはやし立て、すがりついてくる村人たちに、徹平は辟易する。陽介はまったくの無表情だが。


「お、おい、ちょっと…っ」

「オラは人気者…」

「そのセリフはちょっとまずいから! いろいろとっ」


 ざわめく村人たちに、どうしたらよいものかと対応に困る徹平たち。そこへ、鋭い声が響いた。


「皆の者、静まれいっ!」


 正に鶴の一声。村人たちはぴたりと静まり、声の主を見やった。

 自然と、陽介と徹平もそちらに目をやる。

 村人たちの間から、杖をついたウサ耳老人が進み出てくる。

 老人は陽介と徹平を見上げ、重々しく口を開いた。


「お主らが勇者かぴょん…」

「…………」


 徹平も陽介も言葉が出ない。

 陽介は元々口数が少ないだけだが、徹平の場合は、こんな老人でもやはり語尾にぴょんなのかと、呆気に取られている。

 老人はしげしげと二人を眺めると、一つ頷いた。


「ふむ。よくぞ参られた、勇者たちよぴょん。感謝しようぴょん。

 ――ミッチー」

「あい」


 名を呼ばれ、ミッチェルがその老人へと歩み寄る。


「使者の務め、よくぞ果たしてくれたなぴょん」

「おばばのたのみだから、とうぜんだぴょん!」

「お主が無事帰って来たこと、そして勇者を連れ帰ったこと。このおばば、嬉しく思うぞぴょん」

「えへへ。おばばにほめられたぴょん」

 嬉しそうに笑うミッチェルだが、徹平は老人が『おばば』と呼ばれたのを聞いて、こいつは女だったのか、とどうでもいいことを考えていた。

 おばばは、真剣な面持ちを陽介たちに向けた。


「さて、ここに来た理由を、お主らはもう知っておろうなぴょん。

 この村は以前から、魔物の被害を受けておるぴょん。

 幸い、この村はまだ軽い被害だったが、近隣の村も襲われたらしく、そちらの被害は甚大だったぴょん。

 家屋を壊され、食糧や家畜を奪われたそうだぴょん。

 これまではなんとか被害を最小に抑えてきたが、多くの村を荒らしまわった奴は調子づき、生け贄を差し出すように言ってきたぴょん」

「生け贄…!?」


 徹平が苦々しく呟く。おばばは小さく頷き、続ける。


「差し出さなければ村人全員、皆殺しだとぴょん…!

 だが、そんなことはしたくないぴょん! 大事な仲間を敵に売り渡すなどぴょん…っ」


 おばばの言葉に、村人たちが悄然とうなだれ、中には泣き出す者までいる。

 こんな状況(こと)は、本当にRPGや、漫画の中だけだと思っていた。

 まさか自分がその中心に立たされるなんて、万が一にも考えてなかった。

 さっきは、助けるなんて意気込んでみたけど、できるんだろうか、自分たちに。

 村を救うなんて、そんな大それたことを。

 暗い気持ちに飲み込まれていきそうになっていると、徹平の肩に誰かの手が置かれた。

 緩慢に振り返ると、陽介が静かに自分を見つめていた。


「…できるよ、大丈夫」

「……陽介」

「だって…僕たちは選ばれた、勇者なんだから」


 相変わらず無表情で、淡々としていて、それなのに陽介の言葉は、徹平の心を動かした。気持ちが浮上する。

 表情を引き締め、徹平は力強く頷いた。


「そうだな。俺たちは選ばれたんだ。それって、選ばれるだけの力があるってことだよな」


 なら、できるかもしれない。できる。やってみせる。

 すう、と息を大きく吸い込み、徹平は沈み込んでいる村人たちに向かって言った。


「安心しろ! 俺たちが、その魔物って奴を倒してやる!

 俺たちはそのために来たんだ。この村を救う。それが俺たちの役目だからな。任せてくれ!」


 自信に溢れた徹平の言葉に、村人たちの顔に希望が戻ってきた。ミッチェルも感動してぐしぐし泣いている。

 おばばが、口元に微笑をたたえ、徹平に歩み寄る。


「頼もしい言葉だぴょん。ミッチーが選んだだけのことはあるぴょん。

 ならば勇者よ、魔物退治を頼むぴょん。この村を救ってくれぴょん!」

「おう!」

「…分かりました…」


 村人たちが、歓喜のあまりに涙をこぼす。「頼むぞ」「村を救って下さい」とあちらこちらから、期待と(こいねが)う声が飛んでくる。



 魔物は、ミミサウ村の北の森に棲みついているらしい。

 陽介と徹平はミッチェルの案内で、北の森までやってきた。

 北の森は鬱蒼(うっそう)と茂った樹に囲まれ、昼間だというのに薄暗い。

 いかにも魔物やヤバイものがいますという雰囲気だ。

 こういった雰囲気が苦手な徹平は、鳥の鳴き声や葉擦れの音にびくついていた。

 二人は村人たちに借りた防具を着込んでいる。防具と言っても鎧などではなく、鍋の兜や弾力性のある防護服程度である。

 武器はある程度使えそうな剣と盾をもらったが、いまいち頼りない気がする。


「なあ、ミッチー。その魔物ってのはどんな奴なんだ?」


 周囲を窺いながら徹平が訊くと、後ろを歩く陽介の背中にしがみついていたミッチェルは表情を曇らせた。


「そいつはとっても体が大きくて、するどいきばとつめをもってるんだぴょん。

 力もつおくて、あいつのパンチはいっぱつでいえをこわしちゃうって、おそわれたほかの村のやつが言ってたぴょん」

「おいおい、そんな奴を俺らが倒せんのかよ!」


 体ごと振り返り、徹平は怒鳴った。陽介は剣の鞘を撫でながら、


「大丈夫…テツなら倒せる。僕は信じてる…」

「…何を根拠にしたセリフだ? それは」


 頬を引きつらせる徹平に、陽介はさらりと無表情で言った。


「だってテツだから。」

「意味わかんねーよ! それ根拠になってません!」

「ねえ、ミッチー。お腹すかない?」

「すいたぴょん!」

「シカトか、シカトですか」

「村の人たちにおにぎり作ってもらったんだ。食べる?」

「たべるぴょん!」

「じゃあ、この辺でお弁当にしようか」


 そう言って、陽介はどこに持っていたのやら、レジャーシートを適当なところに敷き始める。


「おいこらーっ、ナチュラルに弁当の用意始めるな! ピクニックに来てんじゃねーぞ! ていうかよくこんな所で飯食えるな!」

「腹が減っては戦は出来ぬ、だよ?」


 陽介は布の包みの中からおにぎりを一つ取り出し、徹平に差し出した。


「…もう、ツッコむ力もねぇよ…」


 がっくりと肩を落とし、徹平がおにぎりを口に頬張ったその時、


「ふんぎょらー!」


 奇妙な叫び声が轟いた。その声に、鳥たちが一斉に飛び立ち、木々がざわざわと揺れる。ミッチェルが耳を垂らし、全身を震わせた。


「や、やつだぴょん! やつがあらわれたんだぴょん!」

「奴って…例の魔物?」


 陽介が問うと、ミッチェルは青ざめた顔で、こくこくと頷いた。

 とうとう現れたらしい。徹平は冷や汗を流し、声のした方へと顔を向けた。

 遠くで「ふーんぎょらー! ふんぎょらぁあ!」と気の抜けるような、しかし心臓に響くような低い叫び声が近づいてくる。

 ミミサウ村を恐怖に陥れた魔物とは、いったいどんな奴なのか。 

 ミッチェルの話では、でかくて強いらしいが、ミッチェルたちの大きさからして、でかいと言っても大したものではないだろう。

 何せミミサウ村の人たちはみんな、徹平の腰辺りまでしか背がないのだから。

 やれるだけのことはやろう。徐々に近づいてくる叫び声を聞きながら、徹平は剣を鞘から引き抜いた。

 剣の使い方など知らないが、TVで見た剣道の構えを見よう見まねでやってみる。

 ちょうどその時だった。徹平たちの右手から、ぬっと魔物が姿を現した!

 そして、徹平は魔物を見て瞬時に思った。


(殺られるっ!!)


 姿を見せた魔物は、想像していたよりも遥かにでかかった。

 さして高くもない木々が並ぶこの森のどこにこんなものが隠れていたのか。

 現に体の半分が周りの木々よりも飛び出している。

 魔物は牛に近い姿をしていた。体と角の大きさを除けば、二本足で立っている牛――まるでミノタウロスだ。

 魔物はらんらんと輝く赤い眼をぎょろりと動かし、徹平たちを見下ろす。


「!!」


 ぎょっと目を剥き、徹平は顔面蒼白になる。陽介たちはいそいそと弁当を片づけ、木陰に隠れた。


「後は任せたよ、テツ」

「なっ!?」


 後ろを振り返り、徹平は蒼い顔で喚いた。


「おい、冗談だろ!? あんなん俺だけで倒せって言うのか!? 陽介もなんかしろよ!」

「大丈夫、テツ強いし」

「無理! あんな化け物なんて聞いてねぇぞ!」

「だから魔物だって言ったじゃんかぴょん。あたいの話聞いてなかったなぴょん」


 陽介の後ろに隠れながら、ミッチェルが言う。徹平は「想像以上だっつの!」と剣を振り回す。


(どうすんだよ、やべぇよこれ、マジで。でかすぎだろ。こんなん倒せって無茶だろ。剣なんかで倒せんのか? こいつ。やっぱ、魔物退治なんて引き受けるんじゃなかったぜ!!)


 ガクガク震えながら、徹平は必死の思いで、魔物を見上げる。

 魔物は徹平と目が合うと、両手に持ったこん棒を振り上げて「ふんぎょらー!!」と雄叫び(?)を上げた。


「うわっ」


 大音声に、徹平は思わず耳を塞いだ。びりびりと森中に響き渡り、木々が振動する。


(なんて声だ。騒音で訴えられるぞ!)


 くらくらする頭を押さえ、徹平はグッ、と剣をつかむ手に力を込めた。


(でも、やるしかねぇ。引き受けちまったもんはしょうがねぇし、こんなところでやられるわけにもいかねぇ!)

「やってやろうじゃねぇか! こーなりゃやけくそだぁぁぁ!」


 叫んで魔物に向かって走りだす徹平。その足元を見、陽介は「あ」と小さく声を上げた。


「テツ」

「なんだよ、陽介! 加勢する気になったか!?」


 走りざまに問いかけた瞬間、ぐるりと天地が反転した。どうしたかと思えば、魔物の長い尾が徹平の足にからみつき、釣り上げていたのだ。


「危ないよ」

「先に言っとけぇ!!」


 地上高く持ち上げられ、徹平はなんとか逃れようともがく。


「はっ、放せこの野郎!」


 しかし、魔物は満足そうに口元を緩ませる。覗いた口からは鋭い牙が見えた。たらりとよだれが落ち、徹平の背を冷たいものが走る。


「!!」 


 徹平の眼前で、魔物の口が大きく開いた!


「うわああああっ!」

「てっぺー!」


 ミッチェルが叫ぶ。その時、陽介が剣を構えて木陰から飛び出した。

 直後、徹平は眩しい光が辺りに広がったのを見た。



「…テツ。テツ」

「てっぺー!」 


 自分を呼ぶ声と、ぺちぺちと頬を叩く感触がする。徹平はうっすらと目を開ける。


「う…」

「テツ。早く起きて。…でないと」


 ぼんやりとした徹平の視界に、陽介が映る。徐々にはっきりしてくる視界の中で、陽介は巨大な岩を持ち上げて徹平の真横に立っていた。


「この岩をテツの上に落とすよ」

「わーっ! 起きます、今すぐ起きますー!」

「てっぺー、起きたぴょん!」


 慌てて徹平は、文字通り跳ね起きた。


(え、永眠するところだった…)


 ほーっと息をつき、ふと気づく。


「あれ? 俺、なんでこんなところで倒れてんだ? 魔物は?」

「…ああ、大丈夫。倒した」

「え! あのデカブツをか!?」 

「うん。ほら」


 陽介が目で指す方に目をやると、魔物が昏倒し、目を回していた。


(ホントに倒れてる…)


 こんな化け物をどう倒したというのか。それに、さっきの光は一体…

 難しい顔をしている徹平の肩を叩き、陽介は魔物を見上げた。


「とにかく、村を騒がせていた魔物は倒したし、村の人たちに教えてあげよう」

「そうだなぴょん。これで、みんなあんしんしてくらせるぴょん」


 嬉しそうにぴょこぴょこ飛び跳ねるミッチェル。徹平はポリポリと頬を掻き、魔物を見つめる。


(結局、俺はなーんにもしてないんだよなぁ。なんかあんま腑に落ちねぇけど、ミッチェルが喜んでるし、いいんかね)

「てっぺー! なにしてるんだぴょん! はやく村にもどるぞぴょん!」


 ミッチェルに呼ばれ、徹平はその場を後にした。



 魔物を倒したという吉報は、瞬く間に全村人に伝えられ、徹平たちは拍手喝采を受けた。


「さすがは勇者様だぴょん!」

「あの魔物を退治なさるとはぴょん!」

「もう怯えて暮す必要はないのねぴょん!」

「今夜は祝杯だぴょん!」

「ありがとうございましたぴょん、勇者様!」

「あなた方のおかげで、村に平和が戻りましたわぴょん!」


 村人たちは大いに喜び、徹平たちの周りを囲んで口ぐちに礼を言う。

 正直なところ、礼を言われても徹平には村を救った実感がないし、多少申し訳なさが残る。

 何せ自分はあれだけ大きなことを言っておきながら、何もしていないのだから。


(本当の勇者はこいつだよなぁ)


 隣で同じく村人たちに感謝されている陽介をチラ見し、かすかにため息をつく。


「勇者たちよ」


 おばばが前に進み出てきて、徹平と陽介の二人を交互に見上げた。


「よくぞ魔物を退治てくれた。これで村は昔の平穏を取り戻せるぴょん。

 お主たちのおかげじゃぴょん。助かった。礼を言うぞぴょん。ありがとう、勇敢なる勇者たちよ!」

「ありがとうぴょん、勇者さま!」

「ありがとうございましたぴょん!」


 村人たちの笑顔に、徹平もつられて笑う。その背中に、ミッチェルがぴょんと飛びついた。


「てっぺーもうれしそうだなぴょん」

「んー、まあ、結果的に村は助かったんだし、喜ばれりゃうれしいって」

 徹平は小さく「それにこれでようやく元の世界に帰れるし…」と呟いたが、

「うん! あたいもうれしいぞぴょん。このいきおいで、ほかの村もすくってくれよぴょん!」


 ミッチェルの一言に、徹平は笑ったまま固まる。


「……は?」


 ミッチェルはひょい、と徹平から飛び降り、陽介の手を引っ張った。


「さあ、つぎの村にいくぞぴょん。まものたいじはまだまだこれからだぞぴょん!」

「ちょ、ちょっと待てよ。魔物って…さっき倒したんじゃねぇのかよ!? だからもう俺たちの役目は終わりだろ? とっとと元の世界に帰せよ!」


 慌てて徹平が言うと、ミッチェルは怪訝な顔で、


「なにいってるんだぴょん。この村のまものはたおしたけど、まものはほかにもいっぱいいるんだぞぴょん。のんびりしてないで、ほかの村にもいくぞぴょん」

「はあ!? 聞いてねぇぞ、そんなん! あんな化け物とまた戦うなんて…って、陽介!」

「…早く来ないと置いてっちゃうよ」

「まものたいじのたびにれっつごーぴょん!」

「嘘だろぉぉぉぉっ!?」


 こうして、徹平と陽介、ミッチェルの旅は始まった。

 徹平たちが元の世界に戻れる日はいつになることやら。果たして、戻れる日は来るのか?

 それはまた、別のお話……



  ~END~



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