センチュリオン・ゴースト~インド洋に幽霊はたゆたう~
1943年8月
太平洋、インド洋での敗走は我々連合国にとって青天の霹靂であった。それに伴うオーストラリア・ニュージーランド両国の中立国化と第二次世界大戦からの離脱は、日本にとって泥沼となりかねない戦域での戦闘を回避することに大いに寄与する結果となった。これによって日米両海軍は戦前の戦術ドクトリンと戦域に回帰した。中部太平洋における激突である。
しかし、これまでの戦闘によって大きな損害を受けた米海軍に継続して積極的な行動を取れるほどの戦力は残されておらず。また、日本海軍といえども巨大な回復力を持つ米海軍を迎え撃つための準備を怠るわけにはいかず、かつ、資源の問題から太平洋でのにらみ合いに終始することになる。そんななか、唯一の例外があった。インド洋方面においてだ
1942年3月のセイロン沖海戦、およびミッドウェー海戦後の10月に行なわれた、我々の送り出したオーストラリア救援艦隊を撃破した第二次セイロン沖海戦のその後である。
一次こそ艦艇の消耗は最低限に抑えられたものの、二度目に行なわれた海戦で主力同士の衝突が発生したことで、我が王立海軍はインド洋での稼動戦力を消耗しきった。大西洋で灰色狼の対応と、インド洋での我々の敗北により息を吹き返したイタリア海軍の跋扈によって、当海域に回すべき海上護衛戦力は枯渇状態になったといわざるを得ない。
それを見逃す日本海軍ではなく、ペナン基地を中心として彼らが言う第6艦隊、潜水艦部隊を配備し、それだけでなく、シンガポールのセレターに第二線級と思われるべき、しかし有力な水上艦艇群。戦艦2、重巡4、軽巡3、駆逐12、水上機母艦1乃至2を遣印艦隊として派遣、インド洋から南アフリカ、そして紅海にいたる商船路にたいしてトレーダーレイドを行ないはじめたのだ。
我が王立海軍史上、これほどの困難な時期を迎えたことは無かったであろう。
故に、そう。
そうであるが故に、我々は
HMS・センチュリオン
彼女の戦艦としての復活にこぎつけたのだ。
そもそも彼女、アンソンのダミー艦としてセンチュリオンは地中海はアレキサンドリアにいた。初期の構想こそ、同じく地中海にて展開していたエレバスやテラーなどの15in主砲塔を再々利用し、正規の戦艦とする勇ましい内容であったが、それは現実がいち早く打ち砕いた。まずアレキサンドリアの現況だが、未だ枢軸軍の空襲を時たま受ける状況下にあり、改装工事期間の短縮が叫ばれた。そして、センチュリオン本来の装備は軍縮条約下の改装で跡形も無く失われており、また、本土から該当するような装備を送ってくる時間も余裕も無いという非常に厳しいものであった。
とにもかくにも、気まぐれな枢軸の空襲を受けながら、いつ起重機が破損するかわからない不安の中で、元来の34センチ砲以下の重量の砲を搭載する事がまず決定された。幸いにも、射撃指揮装置に関してははイタリア海軍による人間魚雷の襲撃によってアレキサンドリア港に着底したヴァリアントのものが流用される事となり。まずはそれが装着された。
そして、戦艦としての復帰計画において最大の難点であった搭載するべき砲が見当たらないというときに白羽の矢が立ったのが、ギリシャ海軍の装甲巡洋艦のイェロギオフ・アヴェロフである(第1次のセイロン沖海戦後、彼女はベンガル湾にいてアレキサンドリアまで避退してきていた)彼女の23.4センチ連装砲をダミーの4連装砲塔内に移設。さらに残りの連装のダミー砲塔には第2次セイロン沖海戦で大破し、アレキサンドリアにからがら逃げ戻っていた重巡デボンジャーの連装砲塔を再利用した。これによりデボンジャーはめでたく廃艦として終戦まで放置されることとなった。
『まったくもって、亡霊(GHOST)のような艦だ』
というのは、地中海艦隊司令のカニンガム中将の言だ。言い得て妙である
しかし、その改装は決して意味がないわけではない。既にセンチュリオンは我が軍のアンソンとして枢軸、特にドイツ軍には認識されており、その移動は日本海軍にも間違いなく伝えられる事であろう。そうなれば、彼らが行っている水上戦力投入にも影響を与えることができる。先述した遣印艦隊を構成する艦艇によって日本海軍はローテーションを構築しており、戦艦1、あるいは重巡2、または軽巡3に随伴艦として駆逐艦を4隻ないし3隻、または水上機母艦1を付けることで通商破壊作戦を恒常的に実施している。派遣されている戦艦はフソウクラスであり、こちらのKGⅤクラスとやり合うのには骨が折れる、いや、最低でも損傷は免れない事は理解している。日本海軍にとっての不幸は、アジアにおいて弾薬の生産、装甲の加工修復、燃料の補給が本土ほど上手くいく場所が過少であり迂遠であるということだ。傷をつけられれば、あるいは弾薬を多く消費してしまうと、本土に戻らざるを得ない。主敵として米海軍がある以上、それはインド洋での損耗の補充はほとんど見込めないというのは想定できる。慎重な運用を迫られることであろう。
であるならば、この戦闘能力を付加したダミーシップにこそインド洋の戦場に相応しい。
さらに、この新生センチュリオンはダミー元のアンソンと違う点としてCAMシップと同様の搭載方法でハリケーンを3機積んでいることが特筆として挙げられるであろう。これは、日本海軍の保有する大型潜水艦がそれぞれ小型の水上機を搭載して襲撃すべき船団(恐るべきことにそのまま水上砲戦を挑んでくる艦もいた)を捕捉することから、その撃墜を考慮してのものである。洋上での戦闘機による被撃墜という事を客観的に見るならば、空母の存在を疑うことに違いなく、これもまた日本海軍の行動を拘束するであろうという意図の下に搭載されたものである。目的こそ違えど、同様の構想でイタリア海軍が戦艦に戦闘機を搭載しており、特に目新しい代物ではない。
また、人員についても元々ダミーシップであったころの乗員に加えてデボンジャーの乗員を配することで火器運用の人員を補填することとなった。当初案では、インド海軍の人員を回す運びとなっていたが、あくまでもアンソンのダミーであるために同様の運用をしていると敵軍に悟らせるための配慮は必要であり、また、日本陸軍の進撃に伴って政情不安が増していたインドの人員を使いたくないという背景もあった。
なお、船体は標的艦として残された分(砂入りの模擬弾などに耐えうるだけの装甲はしていた)あるいは設置された武装についていた分以外の装甲は駆逐艦の砲撃にも耐えられるか怪しい程度であり、戦艦籍にありながら相当残念なものとなっているのは戦時急造のでっちあげ艦としては仕方ない事だろう。そもそも戦闘に入ること自体が目的ではないので、かなり割り切っている。
何はともあれ無事に再就役したセンチュリオンは、母港をフランスが古くから開発していて軍港として活用できるジブチと定め(マダガスカルのディエゴ・スワレスではミゼットサブ(甲標的)の攻撃が幾度かあったのと、情勢が変わりいまだヴィシー軍が撃滅されずに持ちこたえている。)セイロン島方面に進出した上でベンガル湾、あるいはインド洋はセイロン・マダガスカル間の商船路にトレーダーレイドを行なう日本海軍をけん制する。
また、彼女の存在を喧伝する意図も含めて、DC19船団(ディエゴスワレス発コロンボ着の19番目の船団)護衛の旗艦としてその初任務にあたらせた。積荷はモスキートとボーファイター。インド洋で活発に動き回る日本海軍艦艇を捕捉、あるいは哨戒任務を長時間行なうにはセンチュリオン以上に重要とされた二種の飛行機を船団は積荷としていた。
もちろん、空中フェリーの方が安全ではないか、といった批判もあった。だが、それは消耗品であるエンジンを酷使し、また、武装についての不自由が増すばかりで(貧弱なインドの兵器製造能力では、爆弾などの取り揃えに問題があった)恒常的な活動を支えるための輸送船団による大掛かりな輸送が必要とされたのである。そして船団を構成する商船団も、これまでと較べてはるかに贅沢・・・・高速巡航が出せる英国にとって同重量の宝石と同じ価値があるといってもいい優良船舶を取り揃えた。これは日本海軍が保有する潜水艦の水上速力がUボートと較べて3割増しで優速であり、船団を追尾するどころか追い越して再襲撃してくるという事が頻発しているとオペレーションリサーチによって判明したからだ。敵に再アプローチをかけられることで、只でさえ少ない護衛艦艇と制圧時間をかけて、水上艦艇が接触してくるだけの時間を与えなくしなければならない。
セレター・遣印艦隊司令部
この乾坤一擲の輸送作戦に対して帝國海軍が気付かないはずがなく。通信量の増大から(別に解読は出来ていなくても、船が増えれば針路指示などで量は明らかに増える)輸送作戦が近々行なわれるであろうことは把握していた
『戦艦・・・・戦艦か・・・!』
現在洋上で活動しているのは第6戦隊の青葉と古鷹。吹雪・白雪・初雪からなる第11駆逐隊、それに・・・
『天龍の篠原君が暴走しなければいいが・・・』
バダビアの内海の護衛任務をスラバヤの根拠地で行なっていた第18戦隊(天龍・夕張・夕凪)も、アンソン襲来を知った第16戦隊司令部は、せめて、深雪が戦前事故に失われた第11駆逐隊の追加補充代わりとして隊のうちの1艦でも攻撃任務につかせて欲しい!と座り込みを含む談判をし、これに天龍のみで参加していた。攻撃精神に関してだけは問題ないが、相手は戦艦を含む護衛艦隊と優良船団である。受ける損害は馬鹿にならないものがあろう
『・・・・扶桑をだそう』
『司令!?』
相手は新鋭戦艦である。いくら扶桑でも荷が重い。それに、現場到着はおそらく間に合わない
『襲撃は出来まい。なら、荷揚げ港で叩けばよい』
そう、荷物の陸揚げには港での荷揚げが必要となるし、その量が多ければ多いほど時間はかかる。トリンコマリー港は良港とはいえ1日やそこらでの荷揚げは不可能である
『相手が足を止めてくれるなら、こちらにも水雷などやりようはある・・・・とはいえ、完全な撃破には程遠くあるが』
陸上にはいくらかは揚がって、そうなってしまっては完全な撃破は不可能だ。それは海上でしか為しえない。歯がゆい話であった。もともと最初から一度大作戦を行なって完全に破壊しておけばという話であるが、その攻撃でベンガル湾やセイロン島への補給を英海軍が完全に断ってしまうことにもなりかねず、手心を加えていたの事にしっぺ返しを喰らったとでも言うべきか
『第6戦隊に一時撤退を打信しますか?』
幕僚が問う
『・・・・・・・いや、そのまま好きにさせよ』
本格的な接触はせずとも、時間稼ぎになるかもしれない。それに五藤さんはそんなに無茶をするほど猪突の人間ではない。現場の人間に任せるべきだ
1943年10月11日、第6戦隊・青葉
古鷹級、そして引き続き建造された青葉級は、昭和の大改装によって改良がなされたものの、少しくたびれた重巡には違いない。その彼女達がインド洋の暗闇を進む。先頭は旗艦の青葉である。それに古鷹が続き、駆逐隊と天龍はそのあとだ
『船団の予測位置は把握できているな?』
『はい、もうそろそろ接触できるかと』
戦隊、そしてさらに後続する駆逐隊を束ねる後藤はまだ迷いの中にいた。接触して懐に入ることがかなうならば、敵船団は瓦解し、敵戦艦に撃沈、あるいは被害を与えずとも、敵にとっての貴重な時間を消費させることが出来る。それが古い重巡2ハイと交換するのに足る相手かどうか
『・・・姿を少しだけ見せるだけでいい、それで肝の小さいやつは逃げ出す。それだけでも十分だ。しかし、事前接敵ができなかったのは痛いな』
攻撃そのものは全体の旗艦である扶桑が着てからやればいい。積極的では無いといわれるかもしれないが、相手は敵の新鋭戦艦である。無用意なことは出来ない。そして、事前に偵察機を飛ばしはしたのだが、これは未帰還となっていた。
『後続艦にも、我に続航せよと連』
連絡を、と後藤が言おうとした刹那だった
ザババババ!!!!!
暗闇を進む青葉の周辺に水柱が林立する
『敵艦発砲!』
『馬鹿な!位置を既に気取られていた!?』
五藤は呻いた。その通りである。デボンジャーから移設した273型レーダーが既に日本側を捉えていたのだ。そしてCAMシップ方式で接触してきた偵察機を撃墜したあと、船団は最大の警戒態勢を整えていた。
『このままの接敵は不利が過ぎる!離脱せよ!』
『左舷回頭、最大戦速!急げ!』
戦艦だけではない、他の護衛艦艇のことも考えたら、このままの突撃行は無謀以外の何者でもない。しかし敵はどうやって我々の位置を・・・・
ザババババ!
再び林立する水柱、完全に捕捉されている
『こんな、馬鹿な・・・・深入りしすぎたとでも言うのか・・・・・!』
本土の艦隊に出回り始めている21号や22号電探があればまた違ったのかもしれないが、セレターに出ずっぱりである彼女ら遣印艦隊に改装の機会はまだ訪れてはいなかったのが不幸としか言い様がない。そして、回頭する青葉に直撃弾が発生する。場所は艦橋だ
ズゴアッ!!!
艦橋トップに命中した23.4センチ砲弾は、爆発することなく貫通して海面へと水柱をあげた。しかし、その命中と貫通で発生した青葉自身が放つ構造材のスプリンターは、要員のその殆どを殺傷していったのだ。しかし直前に発した回頭命令は機能しており、大きく針路を変えて青葉は離脱していく。
『がはっ!』
しかしそれでも五藤は生きていた。片足が切断されているので、寄りかかって外を見る。回頭していく青葉をよそに、古鷹は前進を続ける
『馬鹿者、戦艦だぞ・・・・!戦艦・・・・!』
五藤は最後まで相手にした艦が戦艦だと信じ続けていた
古鷹
『あれは・・・・艦橋をやられたな。旗艦を守る!探照灯用意!』
ワレアオバ、本艦を避けよ!ワレアオバ、本艦を避けよ!と、離脱の命令をまだ各艦に下達していなかった青葉は、回頭しつつ自艦の行動が不確実になったことを告げつつ離脱していく。体全体の撤退とは思うが、このまま逃げれるとも思わない
『艦長!戦艦ですよ!?』
『構わん!旗艦を逃せられれば、この戦はこちらの勝ちじゃ!』
この敗戦の原因を、司令部が乗っていた艦を生き残らせて突き止める。それが出来れば敗北は敗北でなくなる
『これより本艦が指揮を採る!各艦は別個に適宜離脱せよ!発光信号送れ!待ち合いは追って知らせ!』
うむ、これで各艦が逃げることはとりあえず可能であろう。さて、問題は・・・・・
『見張り、敵の発砲炎は掴めているか!?』
『はい!調子に乗って撃ちまくりやがって、見えています!距離、100(1万m)』
『・・・・・・・』
艦長は周りを見る。これから行う探照灯照射は、ここにいる殆どの人員を殺傷するであろう
『すまんな、みんな、すまん・・・・・探照灯照射!最大戦速!前進セヨ!!!』
周囲の艦橋要員たちが一瞬笑い返す
『ヨウソロー!最大戦速!』
古鷹の心臓が雄叫びをあげるように鼓動し
『探照灯、照射開始!!!』
探照灯の光が闇夜を切り裂く
『本艦は日本重巡の先駆けである!本戦闘をもってその範を示す!主砲!高角砲、撃ち方始め!目標・・・・・キングジョージ5世級戦艦、アンソン!相手にとって不足なし!ゆけぇい!!!』
ドドドドドド!!!!
古鷹の20センチ砲が鋼鉄の塊を吐き出す。そこに、各所から飛んできた英国側の砲弾による水柱が林立する。それを縫って古鷹は再び咆哮する。
センチュリオン
一方、英艦隊の方では、一つ問題が発生していた
『レーダー故障!応急復旧にかかります!』
『ちぃ・・・・マッチングがまだ上手くできていなかったか』
そう、もともと戦闘向けの艦ではない。ダミーの艦ということで作り出した艦橋部分に、無理やりくくりつけたレーダーが、自艦の砲撃の衝撃に耐え切れなかったのだ
『艦長!敵艦からサーチライトが・・・・!』
その報告に艦長は、悲しみというべきか、喜びというべきか、複雑な表情を浮かべた。敵の意図が読めたからだ
『好都合だ、その目標に対して射撃!船団からはさらにグラスゴーを抽出する、本艦に続航せよ!船団は離脱をはかれ!』
『船団が手薄くなりますが・・・』
さらに貴重になってしまったタウン級の一隻だ
『レーダーからの最後の情報は、敵1番艦が回頭していった事だ。あの重巡は殿だよ、こちらの追撃を受けないためのな。手早く仕留める。それには手数が要る。あれさえ討てば、のこりの駆逐艦がこちらに手を出そうと考えるとは思えん。こちらがあの重巡を早く仕留めれば仕留めるほどな』
『アイ、サー!』
艦長はここで眉をひそめた。大した突撃精神だ。ドイツ海軍とはまた違った噛み付きっぷりだ。これが餓狼だというなら、なるほど相応しいのかもしれん、こう突っかかってくるとしたらたまったものではない
『従兵、紅茶を頼む』
だが、何をするにも遅すぎたし、戦力が少なすぎたな
『勇者のごとく倒れよ、か・・・・望み通りにしてやろう』
ドドドドド!!!!
センチュリオンの主砲も古鷹に向けて雄叫びをあげる。こちらとて負けてはやれん。故に、もって瞑せよ、日本人・・・・・!
天龍
『吹雪より信号、貴艦はどこに退避せざるや』
離脱を命じられた第11駆逐隊旗艦から、信号が送られてくる
『はっはっは!第11駆逐隊司令宛に報せ、我、羅針盤故障、任意に撤退中なり。とでも返しておけ』
それに、天龍を戦場に送り出した張本人であり、乗り込んだままの篠原中佐が答える。そして返信の意味することは明白である。撤退はしよう。敵のほうへな・・・・!
『古い艦だからなぁ、仕方ない仕方ない。さて』
篠原は状況を確認する。今、古鷹が敵の戦艦に探照灯を照らして射撃を続けている。敵の目は目立ちに目立っている彼女へと向けられている。ならば、こっちが内懐に入り込むのは可能だ
『艦長!古鷹の花道を飾ってやろうや!あの千両役者を支えてやらにゃならん!』
『はい!待ちに待った戦闘任務で戦艦を喰える、水雷屋の冥利につきますな!機関室、出力をあげろ!かまやせん、壊すつもりでかっ飛ばせ!!』
もう、このクラスの艦が遭遇戦を除いてまっとうに戦闘に参加することは無いだろう。あって対潜水艦、無ければこれで終わりだ。ならば、ここで使い潰せるなら本望だ。前線から外すな、死ぬまで戦わせろ。その望みがかなう
『砲撃はしばらく待て、十分近づくか、撃って来るまで撃つな!』
横合いからいきなり殴りかかってヤる。ふふっ、最高じゃあないか!
グラスゴー
クラウンコロニー、別名タウン級に属する彼女は、日本の最上級、アメリカのブルックリン級に対抗して生まれた大型軽巡である。備砲として6in砲12門他を備えた彼女は、天龍にとは比較にもならないほどの装備にめぐまれていた。古鷹へ砲撃を行なう中で、実質的なダメージは備砲の性能的に劣るセンチュリオンより、彼女の方が致命傷を与えているといえた
『レーダーに感、単艦です』
『クラッターではないのか?』
彼女の目は確実に天龍を捉えていた。しかし
『シンガポールからの連絡では駆逐艦が3隻だろう?それに撤退中だ』
彼らイギリスが持つ諜報網は、シンガポールから出航する軍艦の数も正確に捉えていた。だが、まさか、司令部に居座って軍命に逆らってまで無理やり戦闘任務に参加するというイレギュラーな状態を把握しろというには酷すぎた
『・・・・見張り、何が見える!』
『・・・・・・我が軍のC級軽巡に見えます』
そして、天龍は建造時期からいまだ英海軍の影響を色濃く残した艦影をもつ艦だったし、対潜艦艇の不足にあえいでいた英海軍は、そういった古い艦艇を帝國海軍と同じく動員していたうえ、インド洋にもその姉妹は存在していた。故に判断に窮した。そして、グラスゴーは前年に手痛いミスとして誤射をインド海軍の艦艇にしてしまっていた。それが判断を慎重にさせた。
『いったいどこのバカが・・・・おい、センチュリオンに問いあわs』
『が、該当艦発砲!!!』
船団護衛の旗艦であるセンチュリオンに問い合わせようとした刹那、天龍はその攻撃を開始した。彼女は奇襲に成功したのだ
センチュリオン
『て、敵艦、反対舷より接近!!!』
『何をしているグラスゴー!!!』
松明のように炎上する古鷹への痛打を浴びせていたセンチュリオンにとって、これは寝耳に水だった。古鷹の砲弾によるダメージも馬鹿に出来ないほどになってきているが、これは非常にまずい
『反対舷の火砲は射撃開始、黙らせろ!』
こっちの装甲は砲塔以外紙も同然なのだ、それに、正体がバレてしまっては意味を成さなくなる!
『ちぃ・・・・!』
砲撃が命中し出すまでには多少時間がかかる。それに、命中精度を期すならば、変針はレーダーによる射撃を実施するとも避けるべきである。しかしそれは・・・・
『左舷に魚雷!!!!』
見張りが叫ぶ。目にも鮮やかな白い航跡を残す3本の航跡が、こちらへ向かってきている。いつの間に撃ち放っていやがった・・・・!
『取舵!』
速力も舵も効かぬ旧式の船体は、グイグイを針路を変えていくが、魚雷の方がずっと早い
『1本目、回避、2本目・・・・・抜けました!3本目・・・・きます!』
『・・・・・・・・これは、当たるな。総員衝撃に備え!!!』
『アイ!!!』
事前命令を出しておく。畜生、畜生め、こいつの姉妹艦であるオーディシャスは1発の機雷に触雷してあっけなく沈んだ実績がある。くそ、まだこの幽霊は、何もしちゃあいないんだぞ・・・・!
雷跡が艦影のしたへと潜る。そこで6年式53センチ魚雷は、200kgの炸薬を作動させた・・・・結果は言うまでもない。
天龍
『やった!やりおったぞ!!!戦艦を喰った!戦艦だ!戦艦!』
敵戦艦に我が方の魚雷命中!これ以上の本懐はない!艦橋の皆が顔を見合ったり、肩を叩き合う。おう、やったな。ああ、やったぞ
『砲撃!続けて撃て!撃てるだけ撃つぞ!!!はっはっは!やったぞ!』
魚雷命中以後も、天龍は傾斜していくセンチュリオンへと砲撃し続けた。それに報復するように、古鷹から照準を外したグラスゴーが砲弾を叩き込み続ける。
『へへっ、もう、前にも後ろにも進めねぇか・・・・』
そして、全ての砲塔が沈黙するまで射撃を続けたあと、さも、戦うことに満足したように爆発もせず、天龍は沈んでいった。あまりにも沈没が早かったために、殆ど脱出に成功できたものはいなかった。生存者の中に、天龍同行を主張した篠原の名は、なかった
そして、海上には2艦だけが残った
グラスゴー
『まるで幽霊船だな・・・・』
古鷹はその艦のほとんどがが炎に包まれ、傾いている。よくぞここまで戦い続けられたものだ。センチュリオンの方は半分ほど船体が没しており、引き続き脱出が行われている
『もはや我々に施すべき面目もなにもないが・・・降伏勧告を行おう』
あの傾斜では射撃も揚弾も出来ないであろうが、残存する第二砲塔は、いまだこちらを伺っている。そして、戦闘を終結させてセンチュリオンの救助に向かいたかったのもあった
《貴艦の勇戦に敬意を表す、降伏せよ》
どう、でる・・・もはや戦闘力と呼べるものがなくなってしまっているが
『敵艦より発光信号・・・・!』
『読め・・・・』
見張り員が判読した文面に目を落として、言葉に詰まっている
『どうした?』
『我、貴軍のエクセターに範を求めん。配慮に謝す・・・以上です』
ドン!!!
狙いの定まらぬ古鷹の砲塔から射撃が実施される。スラバヤ沖でエクセターは降伏勧告を受けてこれを拒絶しており、彼らはそれを同じく選択したのだ。そして、こう言っているのだ、介錯してくれ、と
『・・・・・・砲撃再開』
古鷹はそれよりしばらくのち、横転して沈んでいった
結局のところ、英国海軍の輸送船団は無事にセイロンはトリンコマリーまでたどり着いた。そして、荷揚げのさなかに扶桑の強襲を受け、50%近くの物資と数隻の優良商船を失うも、哨戒網の再建に取り掛かることに成功した。一方、帝国海軍は古鷹・天龍の喪失に伴いアンソンの撃沈に成功したと喧じる。しかし、青葉が被弾しながらも帰還したことで、電探の重要性が再確認されることになったのが、この第3次セイロン沖海戦の戦略・戦術的意義としてお大きいと現在まで伝えられている。
英国はゴースト(センチュリオン)を失うことで実利を得、帝国はゴースト(員数外の戦力である天龍)を失うことを持って名と戦訓を学んだ。
そして、ゴースト(幽霊船)の如くとなり沈みゆく古鷹は、お互いの襟を正すきっかけともなった。帝國の場合では、エクセター撃沈の時のように戦果をはやし立てるような報道がこれを気に一気に鳴りを潜めた。そして撃沈を行った英国では、帝國に対する野蛮人感がかなり緩んだことが、挙げられる。これが講和仲介の際に英国国内でもたらした影響は計り知れないとさえ言うものもある。
あの海にたゆたうゴーストは、確かにその瞬間存在していたという証を残して、歴史の中に消えていったのだ
感想・ご意見等ありましたらどうぞ