大嫌い 私の 非日常
「初めまして 俺たちの 非日常」の続きのお話です。
出来るだけ、初めての方でもわかるように頑張っていますが、わからないところが多々あるかもしれませんので、ご覧になってない方は、向こうを読んでからお読みください。
それでわ↓
とある町の、ある程度評判のパン屋。
「い、いらっ、いらっしゃいまっ!……いらっしゃいませ……」
そのパン屋から、裏返り、噛み、そして恥ずかしさで小声になってしまった、傍からみたらとても情けないような声が、パン屋から聞こえてくる。
だが、そんな声でも常連の客や、あまり来ない人々がパン屋に入っていくのは、それが最近の日常であることと、そのパン屋で売っているパンのうまさ、そして……なんといっても、店先で情けない声を出していた青年が、先ほどの声からは想像もできないような素晴らしい魔法を、披露しているからだろう。
青年の手のひらからは、光の球体が泡のように生まれ、その生まれた球体は、様々な場所で浮遊したまま留まる。
たくさんの光の球体ができると、その球体達は一列に並び、青年の周りで輪のようになり始めた。
そして、輪になると……踊り始めた。
一つはクルクルと回るだけ。
一つは左右に揺れるだけ。
一つは上下に動くだけ。
けれども、そんなバラバラなダンスだが、見る者には一つの、とても幻想的で個性的なダンスに見える。
ダンスを輪になってする光の球体たちは、踊り続けたまま、自然な流れで周りの見物客の元へと行き、一緒に踊り始めた。
光の球体につられて、踊り始める子供たち。その姿を見て、楽しくなって踊り始める大人たち。仏頂面も次第に微笑みに変わっていく、老人たち。
皆が皆、楽しそうにしていた。
そんな楽しい時間も、終わりの時間はやってくる。
球体たちが元の輪に戻る。いつの間にか、黄色い球体だった光は、その一つ一つが自らの色を持つ球体となっていた。
それが一つに集まり、大きな白い球体となる。
そうなるのを見計らっていたかのように、何の気もなしに、青年が両手を……パンッ!と叩く。
あたりが一瞬で静寂に包まれ、両手をたたいた音だけが響き渡る。
……と、突然、それに呼応するかのように、光の球体が弾け飛ぶ。
妖精の粉のような白いキラキラと光る粉が宙に舞い、雪のようにあたりを埋め尽くす。
そして、光の球体があった場所には「Welcome to RUTESIA Bakery」と言う文字が浮遊している。
周りの人々が、その文字や周りの景色に気を取られ、しかし、心から湧き上がる賞賛に、自然と拍手をしている中……情けない声が、その場に響いた。
「ようこそっ!……ルテシア・ベーカリーへ……!」
その時、周りの人々の視線に戦線恐々しながら、情けない声を出している頃……。
セミロングの真っ赤な赤毛を三つ編みにし、ビン底の分厚い黒縁眼鏡をかけた少女が、どす黒いオーラをまき散らしながら、パン屋へと向かって一直線に、コンクリートの上を歩いていた。
***
俺は、溜息を漏らしながら、組み立て式の椅子に腰かける。
……つっかれた~……。
なんだかよくわからないけど、最近はこれを朝、昼、夕とやることが定番になっている。
それは確実に、生霊となっていた彼女……シイナが、こうやってアピールした方がいいですよ。と、俺の母親に言ったからだろう。
ちなみに、生霊というのは、体が生きている状態で外に出ている魂の事だ。幽体離脱がそうだ。
シイナの提案ということもあって、断れないと見越した俺の母親は「やるでしょ?」の一言で俺を丸めこみ……今現在、とても疲れているという結果になる。
というか、毎度毎度、違う演出を考えるのが大変なんだよ!でも、同じ演出だと、アピールし始めてから常連になった、コッペパン買ってく子供たちに、なんだか悪いし……。
俺が、さっきとは違う意味で溜息を漏らしたとき、貴族街……いわゆる、お城がある方角から、何かざわざわとした、ざわめき声が聞こえてきた。
次第にその声は近づいてきて……って、なんか、人ごみの間から、黒いオーラが見えるんですけど。
見物客が、厄介ごとに巻き込まれたくなくて、道を開けていく、
そうして見えてきたのは……真紅の色に染まっている、髪の毛。そして、今じゃ滅多にお目にかかれない、ビン底のような分厚いレンズを付けた、黒縁の眼鏡。
その少女は、ここに道が出来て当然のように歩き、黒いオーラを迸らせながら、俺の目の前にたった。
そして、右手の人差し指を俺に突き付け、こういった。
「あんたが、私の大事なシイナを怪我させた奴ねっ!!」
「うぇ?」
思わぬ見知らぬ人物からの言葉に、思わず変な声が出てしまった。
しかし、俺がこんな声を出して驚くのも、当たり前のこと。
俺は、少し前に、生霊となっていた彼女を、モンスターの手から助けたことがある。その時に、俺の救出が遅れて、彼女に怪我をさせてしまったのは本当だ。
しかし、生霊となっている時の記憶は、覚えておくことができない。記憶するための体がないからだ。
夢としてボンヤリ覚えていることもあるけれど、そんな不確かな事で動く人はほとんどいない。
……まあ、俺が彼女と知り合いなのは、本当に偶然だけど……。
「惚けたって無駄よ!」
少女は、赤い三つ編みを揺らしながら、座っている俺の胸ぐらをつかみんだ。
戸惑う俺を余所に、彼女は、忌々しそうに唇を噛みながら、俺を睨みつける。
「―――この瞳には、全部映ってるんだから……っ!!」
持ち上げられたとき、ビン底のレンズに阻まれて見えなかった瞳が見えた。
その瞳はまるで、遊色効果という、虹色に色を変えるオパールのようだった。
『神の瞳』
様々な色に変わる瞳で、その眼は真実、未来、結果……なんでも見えるという。
そして、その瞳は別名、悪魔の瞳とも呼ばれ、神聖視されるとともに忌み嫌われる。
俺も噂で聞いただけだから、初めて見た。
赤、青、黄、緑……と、今見つめている間にも、彼女の瞳の色は変わっていく。
胸ぐらをつかまれている息苦しさも忘れ、その瞳に見入っていた俺は、思わずつぶやいた。
「……きれい……」
その言葉に一瞬目を見開き……俺が瞬く間に、その瞳は、さらに俺を責める様に鋭くにらみつけていた。
少女は、俺を横の方へと投げ飛ばし、再度、俺の方へ向き直ってから、腰に手を当てて、嫌悪しか入ってない口調で「これだから男は……」と呟いた。
「……あんた、シイナに傷をつけた分際で、他の女にきれいとか言うなんて、馬鹿じゃないの!?……こんなどこの馬の骨とも知れない雄犬に、シイナはやれないわ……っ!」
なんか、目の前の少女の中では、傷をつける=結婚するみたいな方程式が出来上がってるような……?
でも、実際傷つけたのって、俺じゃなくてモンスターなんだけどな……。……そんなことを言っても、この子には火に油を注ぐだけになりそうだから、言わないけど。
「待ってよリマ!はっ、速いってばっ!」
その時、俺と少女のこの状況を、唯一打開させられる少女がやってきた。
金色に近い茶髪のショートカットの少女。目の前の赤毛の少女……リマという子が、シイナと呼ぶ少女。俺が助けた、彼女だ。
彼女に呼ばれたリマという子は、一瞬で顔全体を満面の笑みに変え、「ごっ、めーん!」と、先ほどまでの覇気はどこへやら。その小さい身長にピッタリの幼い声で、彼女の元へと駆け、彼女の両手をぎゅっと握りしめた。
「ごめんね、シイナ!でも私、早くあそこの雄犬をシイナというこの世の何物にも代えがたい宝石から、離したかったの!!ほんとごめんね。シイナ」
「雄犬?」
彼女への賛辞の言葉と謝辞の言葉と俺への罵りの言葉を、マシンガンのように口から言葉を連射する少女。
それを聞き流しているのか、はたまた理解していないのか、そのすべてを無視して、彼女は自分が気になった単語を復唱するかのように呟き、首を傾げた。……そこは気になっちゃいけない所だと思う。
不自然に近いところを復唱したシイナの疑問に応えるべく、意気揚々と、しかし、忌々しそうに俺を見つめながら、少女は話し始めた。
「雄犬っていうのは、そこに座り込んでる、黒髪なのに毛先だけ橙色に染めてる、中途半端な野郎のことよ!シイナに尻尾を振ったかと思ったら、私にもふるんだから、他の女にも振っているに違いないわ!!……まあ、こんな下種の色情狂、発情期の雄犬なんか、底辺すぎて、シイナの足元にも及ばないだろうけど……」
毛先だけ橙色なのは、染めてるんじゃなくて生まれつきだっ!と、声高らかに叫びたい。そういったところで、少女に「だまらっしゃい!!」と言われるのがオチだろうけど。
そんな説明……といっていいかわからない話を少女がしているとき、彼女はそんなことには気にも留めず、俺の方へと歩み寄ってきて、座り込んでいる俺と視線を合わせるために座った。
「あの……ルカさん?」
「なぅっ!……な、何か……な?」
彼女に声をかけられ、コミュニティ障害の俺は、噛んでしまった。
そんな俺の情けない返答にも目をくれず、彼女は言葉をつづけた。
「……染めてるの?」
……思わず「そこぉ!?」とツッコミたくなったのを耐えた俺を、誰か褒めてくれ……。
というか、君が気になったのはそこなのか……。いや、他の所を気にされても、なんて答えればいいのかわからないけど……。
ただ、染めている。という誤解を受けているのは、俺にとって不愉快なので、今の俺の精一杯で否定させてもらおう。
「……ち、ちがうっ……!!」
「そっか。よかった~」
俺が、なんともまあ情けない否定の言葉を述べると、安心したように彼女は微笑んだ。……染めてないことがそんなに重要だったのだろうか……?
ふとそんなことを思いながら、俺は彼女へと、降ってわいたように出た疑問を解消するべく、聞く。
「じゃ、じゃあ……俺からも君に「シイナ」…………え」
……聞こうと思ったんだけど、彼女に遮られた。
えっと……これはどういうこと?自分の名前を言ったってことは、俺に「シイナ」と呼べと?……今まで、そんなこと一度も言ってこなかったのに、なんで今日だけ……。
まあ、ここはお言葉に答え―――
「えっと……シイ…………き「シイナ」…………」
―――られませんっ!!やっぱ言おうとしたけど、気恥かしくてできない!!今の俺、確実に顔真っ赤だと思うんだけど。
これ以上は無理です。君の名前をいう事は、恥ずかし過ぎて出来ません。その意味を込めて彼女を見つめると、彼女の方からも「名前で呼んでください」という意味の視線が返ってきた。
両者とも見つめあい、にらみ合いに発展し、顔をじりじりと近づけ……なんだか馬鹿らしくなって、二人とも同じタイミングでふきだした。
「ふふふっ」「ははは」
ひとしきり二人で笑ったところで、シイナから微笑まれながら
「言わせるのは、またの機会にします。……また、会えますから……」
と言われた。というか、最後すっごい小声だったんだけど、なんて言ったんだろう?よくわかんないんだけど。
俺が疑問符を浮かべていると、後ろからギリギリという音が。
驚いて振り向くと、そこには、悔しそうに唇を噛み締めているリマ。どうやら、歯軋りだったらしい。
「私のシイナといちゃいちゃしやがって……!!許せない……。ぜぇぇぇぇぇっっったい許せないっ!!!……こうなったら……」
何かを秘めたような意志を言葉に乗せ、少女は腰に手を当て、俺を人差し指で指差し、宣言した。
「ヴォルテア王国、リントール街出身、アクリマ・ロシェルが!!あんたに決闘を申し込む!!!」
「へぇいっ!?」
思わず情けない声を出してしまったのは、いきなりだったし、俺に申し込んだのが決闘っていうのもあるから、しょうがないと思う。……たぶん。
でも、決闘と言われたからには、受けなければいけない。ここで断れば、臆病者とか言われる。別に俺は言われてもいいけど、妹とほとんど変わらない身長の子には負けたくない。
そんな気持ちが篭ったからだろうか。俺の声は、いつもの情けない声ではなかった。
「ヴォルテア王国、リントール街出身、ルカニーズ・フォルテシアが……。アクリマ・ロシェルのその決闘、承る!」
***
うん。昨日、決闘するって言った。それは確かだ。俺も覚えている。記憶違いなんて言わない。
けどさ―――
とても広い決闘場。
向こう側で余裕の笑みを浮かべている少女。
無表情の審判。
……会場を埋め尽くすほどの人々。
―――人を呼ぶなんて……聞いてないっ!!!
心の中でそう叫び、笑っている膝と観客を無視して、目の前の少女を見据える。
目の前の少女は、余裕綽々といった風に、準備運動をしている。
だが、その時に少女が漏らした呟きを、俺は聞き逃さなかった。
「……大勢の人々がいる状況にトラウマがあるっていうこの瞳の情報……。……やっぱり本物だったのね……っ!!」
一瞬だけ、少女の口角がわずかにあがり、すぐに戻った。
それを見た途端、俺の中の何かが、ぶわっ!と一気に湧き上がってきた。きっとこれは、怒りなんじゃないかと思う。大勢の人々がいれば、俺が勝つことは絶対になくなる。その自信と、俺への舐めきった態度が、きっとこの気持ちを、浮かばせた。
試合開始のホイッスルの音が、響き渡る。
余裕しかない君に……俺の実力、見せてやるっ!!そんな心意気で、俺は一歩を踏み出した。目の前の少女は相変わらず余裕の笑みだ。
ここには、俺と少女しかいない。観客なんかいない。人なんか、いない。暗示を繰り返し、脳に反響させ、浸み込ませる。
怖がって踏み出さない二歩目に喝を入れ、もう一歩を踏み出す。
それと同時に、人々の視線に怯え、奥の奥で震えている心を叱咤し、無理やりにでも魔力をひねり出す。
俺にはこれしかないんだ……。運動も、勉強も、なにもかもダメダメで、唯一誇れるのは魔法。
前は暴走したけど、もうしないように、練習したじゃないか。今認められなかったら、たぶん俺は、一生認められない。魔法もダメで、目の前の少女にも負けた、ダメな奴になる。
だから……頼むっ!発動してくれ―――!!!
その時、俺の手に、明かりが灯った。
やった!!そう思うとともに、目の前の少女を見ると、少々焦った様な表情をし、口元が魔法発動の呪文を唱えようとしている。
それを正面に見据えながら、両手を前に突出し、俺は魔法を―――
「光―――「ねえ、あいつなんなの?」」
放とうとしたとき、どこからか声が聞こえてきた。
「あの『悪魔』と戦って、勝てると思ってるのかな?」
「思ってるから、こんな戦い、挑んだんじゃない?」
「それもそっか」
キャハハという、その話している内容からは想像もつかないような、明るい笑い声が、俺の頭の中にだけ響いてくる。
彼女たちの声以外にも、他に声は、たくさんあるというのに。
「そういやあいつ、前に学校にいなかった?」
「ああ。そうそう。なんでも、魔法を暴走させたとかで、不登校になった奴じゃなかったっけ?」
「やだー。チョーこわい」
「だよねー。できないんなら、見栄なんて張らなくてもいいのに。私たちの邪魔だから」
見栄なんて張ってない。俺はきちんと、魔法を発動させられる。
そういいたいのに、喉がへばりついて、声が出てこない。
そんな中で、俺の頭の中心に、ある言葉が過った。
また、暴走するかも。
息が、うまくできない。どう、呼吸をするんだっけ。
視線が、怖い。皆の目が、俺を責めたてている気がする。
汗が、吹き出す。全身が、石のように動かない。
魔法が、発動できない。
周りの視線が、怖くて、しょうがなくて……。皆が皆、魔法を発動させた……光の化け物としてみているような気がする。そのことを、知らない人だって、いるってわかってるのに……。
怖さで思わずしゃがみこむ。
呪文を呟いていた少女は、俺の異変に気が付き……、俺に何が起こったかを理解すると、呟くのをやめ、余裕の笑みと共に「やっぱり」という表情をした。
「あんたは所詮、その程度で動けなくなるような、臆病者なのよ。……そんな臆病者には、私自ら、勝敗を下してあげる」
言うが早いか、少女は呪文を唱え始めた。
それと共に、少女の頭上に集まっていく水滴。それは、徐々に固まっていき……大きな氷の槍になっていく。
いくらここが、幻想魔法の結界で覆ってあり、決闘での負けの条件……致命傷を負っても、幻想魔法で怪我がすべて幻想として処理されるとしても、怖いものは怖い。
特に、勝敗を決めようとして、殺されようとしていると。
死なないのは知ってる。けど、死ぬのは怖いんだ。たとえそれが、幻想だとしても。
生霊を見る俺は、それを一番よく知っている。
だけど、俺は目の前の、今も大きくなり続ける、少女の頭上の氷に、一歩も動けない。
……あの子は、相手にかりそめでも死を与えることが、怖くないのだろうか?
少女が呪文を唱え、俺が座り込んだまま、動けないとき。
少女の呪文に隠れるようにして、呪文が唱えられたのを、俺は光の隷属と呼ばれる、妖精を通じて、感じ取った。
感じた呪文の力は、「転移」の魔法。
だけど、こんな大衆の前でやるんだ。しかも隠れながら。……碌な事にならないに決まってる。
あの子を、たすけたい。
そう思っても、俺の臆病な体は、まったく動かない。
だが、それを無理やり動かす。
いつもだったら、動かなかった。どうして動いたのかは、わからない。
もしかしたら、傷ついたシイナの体を見て、俺がもっと早く行けたら……。という前に感じた後悔が、俺を突き動かしたからかもしれない。
でも、その時は、只々一心不乱に……少女を助けたいと思った。
俺が急に近づいてきて、目を見開く少女。転移の魔法には、気が付かない。
あと少しで、魔法が発動する。あと少しで、俺の手が届く。
手を伸ばして手を伸ばして手を伸ばして――――
―――とどい「――転移」
次の瞬間、俺の視界は途切れた。
***
真っ暗な場所。どこだかわからない。
目を開けているはずなのに、目を開けていない様に感じる。
自分の手すら、どこにあるかわからない、真っ暗な場所。
湿気た臭いが、鼻に届いてくる。たぶんここは……洞窟なんじゃないかと思う。
目が段々と暗闇に慣れてきて、自分の手や一部の周りが見えるようになってきた。
手で触った感覚や、ボンヤリと見えてきた視界から、やはり洞窟だった。
というか、あの会場にいた転移魔法を故意に使った奴ってのは……誰なんだ?可能性が一番高いとすれば、あの子を殺したい奴が、転移事故と称してあの子を殺すために、この、誰もいないと思われる洞窟に転移させたって言うのが、一番高いが……。あの魔法、あの子の足元に発動させたみたいだし。
「きゃぁぁぁあああああ!!」
そんな叫び声が、洞窟の奥から響いてきた。
あの声は あの子だ
叫び声が聞こえた方へと、暗くて湿っている洞窟の中を、手探りで転ばない様に進んでいく。
こんな時に魔法が使えたらいいんだろうけど、転移魔法に無理に介入したからだろう。魔法を使うために体中に張り巡らされている回路みたいなものが、一時的に狂っている。そのためか、今現在、魔法が使えない。
頭を抱えたくなる状況に打ちひしがれながらも、前へ進むための足は止めない。
薄らと、暗闇の中に人影が見えた。
頭を両手で抱え込み、しゃがみこんで震えている。
強気な姿しか見てなかったから、こんな弱気な姿をいきなり見て、何が何だか、俺の頭ではすぐに理解することができなかった。
だが、ふと思い出した。
『神の瞳』は、特異な力を色々持っている反面、暗闇では何も見えないという話を。それこそ、俺たちが暗闇に慣れるくらい時間がたっても……何も。
もしかしたら、それが原因なのかもしれない。けれど、俺にはこの子を安心させるような芸当はできない。たった二日ぐらいしかあってない奴が「大丈夫」って言っても、逆に不安にさせるだけだ。
……ここは、使えるかわからないけど……「繋ぐ」を使うしかないか……。
これを使えば、少女の生霊を通して、少女が心を許す人物を視ることができるはずだ。それを、その人物の生霊と俺とを繋げ、俺をその人物と思わせる「光真似」を使えば、気休めにしかならないだろうが、この子も安心するはずだ。
まあ、この子の了承も得ずの記憶を見るのは、少々罪悪感が湧くが……今は緊急事態だ。我慢してもらおう。……繋がるか、わかんないんだけどね……。
「繋ぐ」
その言葉と共に、強烈な痛みが走る。あまりの痛みに、思わず、うめき声を漏らしながら両膝を地面についてしまった。
だが、この痛みで魔法をかけるのに成功したことがわかった。この痛みは、かけられた相手が繋がる事を拒絶するときに発生する痛みだからだ。
繋がれ……繋がれっ……!
あの子がいる方から、小さな、それでいて、小さいとは思えないほど苦しそうな、うめき声が聞こえてくる。だけど、俺には苦しめることしかできない。それしか今はできないから。
だから、この魔法をかけている間は、早く終わる様に、祈るしかない。
―――コネクト終了―――
祈り始めて、どのくらいたっただろう。突然、俺の頭の中に「コネクト終了」という言葉が響いてきた。それと同時に、俺の頭の痛みがなくなり、俺の目の前の少女のうめき声も、聞こえなくなった。
よっしっ!そう、喜びの声を上げようとした途端、俺の頭の中に、一つの物語……いや、一人の少女の、今までの生きた記憶が流れ込んできた。
“悪魔”と呼ばれた、真紅の髪の少女の、記憶が。
***
ある貴族の家庭に、不思議な少女が生まれた。
幼い頃から、少女の瞳には事件の犯人、問題の答え、なんでもお見通しだった。
ただ、それは本の事件の犯人や、4×5=20とわかるなど、賢いという一言でまとめられる様なものだった。
大きくなるまでは。
少女が大きくなると、瞳の力も強くなり、民衆から無理やり徴税した貴族を見つけたり、とても賢い魔術師が解読できなかった術式を解読したりと、賢いだけでは済まなくなった。
賢いという言葉を超越した少女は、いつしか、「アクリマ」という名前からとり、「アクマ」と呼ばれるようになった。
そんな少女の瞳が、ある日、様々な色が混ざり合う宝石、オパールのような色に変わった。
大人たちは、やっと気が付いた。この少女は、「悪魔」ではなく、「神の瞳」を持つものなのだと。
その日から、周りの大人たちの態度は一変。忌み嫌う存在から、崇め奉る存在に変わった。
しかし、人間とは自分達と違う人間を嫌うのもの。その思いは拭えず、心の奥底で大人たちは少女を嫌っていた。それが伝わったのか、子供たちも少女を嫌った。
「悪魔」という呼び名は、変わらなかった。
一方、当の本人である少女はというと。
周囲の態度や心の変化まで、この目の所為で賢くならざるえなかった少女は、全てを見抜き、全てを把握していた。しかし、そんなことは気にしなかった。そんなことを改善したとしても、淡泊な少女の両親は、少女を好きになることはないとわかっていたからだ。
そんな少女が、唯一心を許す相手がいた。少女の兄だ。
兄はとても優しく、忙しいにも関わらず、幼い少女の相手をしてくれた。
裏表のない態度で、少女を愛してくれる兄の影響を強く受け、あんな状況にも関わらず、少女は素直ないい子に育った。そして、両親から受け継いだ容姿もあり、とても可愛らしく育った。
そんなある日、少女はその瞳で視てしまった。
暴走した馬が、歩いていた兄の頭を蹴りあげ、兄が倒れていくところを。その、瞳の能力で。
嘘だ。
少女はそう思った。自分の目で、確かめないと。そう思って、走った。自分の瞳は、嘘をついたことなど、ただの一度もないのに。
走って走って走って……。息を切らして、兄がいるベッドにたどり着くと、兄はいつもの優しい表情……は一切浮かべないで、見たこともないような無表情で、少女にこう言い放った。
「誰?」
兄は、幸いなことに命の別状は無かった。しかし、打ちどころがよかったのか悪かったのか……。一番大切な記憶――すなわち、少女との記憶を、その記憶だけを、全て忘れてしまったのだ。
私の事を一番大切に思っていたことに喜べばいいのか、私の事を全て忘れてしまったのに悲しめばいいのか、兄が生きていたことに涙を流せばいいのか。
少女には、どれが正しいのか、わからなかった。
兄に記憶喪失以外の怪我はなく、軽い検査をしただけで、二、三日ですぐに元気になった。
だが、そのころには少女の混乱もなくなり……逆に、あれは兄ではなく、偽物なのだと思うようになった。
兄は、あんな無表情で私に話しかけない。兄は、あんな冷たい声で私に話しかけない。兄は……私の事を忘れたりなんか、絶対にしない。少女は、そう強く思っていた。
けれど、いくら瞳でみても、兄は本物という結果しか出てこない。
そもそも、あの光景は、瞳が出した嘘の光景なのだ。そう、少女は結論付けた。
だが、少女は、いつまでたっても偽物という答えを出さない瞳を、いつしか憎むようになった。
今まで、頼ってた瞳は、もう役に立たない。今まで、助けてくれた兄は、もういない。
自分ひとりで、生きていくしかない。
そう決めた少女は、陰口を言う少女達に対して言葉を、地位と容姿だけで寄ってくる少年たちに対して話し方を覚えた。
こうして少女は、一人で歩けるようになった。
心の奥底では、まだ少女は泣いている。
***
私は、この瞳が大嫌いだ。
私のお兄ちゃん―――いや、いまは兄様というべきかな。私の兄様が偽物だと言わない。嘘をつくこの瞳が、大嫌いだ。
嘘なんてつかないのは知ってる。だって、「神の瞳」だから。
けれど、私は認められない。認めたら、前の優しいお兄ちゃんが、全て消えてしまう気がして。
だから、私は「悪魔」という陰口も、そうだと肯定する。悪魔は、嘘をつくから。
私は、人間が大嫌いだ。
外面はいいように保って、内面では相手を貶している。地位、名誉、容姿だけで寄ってきて、その醜い欲望を侍らせている。
私は全部見抜いている。だって、「神の瞳」だから。
だから、私は自分から離れた。分厚い眼鏡をかけて瞳を隠し、髪型をお下げにし、言葉遣いも相手を責めたてるような言葉を選ぶようにした。それだけで、皆徐々に私から離れて行った。
それでいい。私を、これ以上悲しくさせないで。「悪魔」という言葉も、受け入れるから。
けれど、シイナだけは違った。
私に、優しい言葉をかけてくれた。醜い欲望も、その下心も、何もなかった。
「巫女」という、この世界の始祖の末裔。それを瞳で視たとき、疑心感はすべてなくなった。
そんなシイナを奪おうとしてくる、男達。
シイナが「巫女」というものだと皆が知らなくても、シイナがいるだけで、その存在に引き寄せられるように、男たちが集まってくる。下心を抱えて。
私のシイナには……私を救ってくれたシイナには、そんな奴らは相応しくない。だから、私が追い払う。
でも、下心も何もない奴が現れた。
ルカニーズ・フォルテシアとかいう、あいつだ。
シイナの動向は、いつも瞳で確認している。だから、あいつがいつの間にかシイナと知り合っていることに、驚いた。
記憶を覗いてみると、シイナが危険な目にあい、それをあいつが救ったことから、関係が生まれたことが、シイナが覚えていない、もう一つの記憶にあった。
どうして気が付かなかったのだろう。シイナが危険な目にあっていたっていうのに。
あの数日間は、兄様からの用事で、別の国に行っていたからしょうがないかもしれない。それでも、私は気が付かなかった自分が許せなかった。
そして、偶然とはいえ、シイナを救ったあいつに、私は少なからず嫉妬した。
シイナにあんなに好かれて、ずるいと思った。私は、シイナとは忠誠を誓う貴族と、自分の身分を隠す世界の始祖の末裔である巫女……という関係しか、持てないというのに。
だから、シイナとあいつを引き離そうとした。あいつを決闘に参加させ、あいつを負かしたら、きっとシイナもあいつに失望すると思って。
勝つためには、なんでもした。
あいつの記憶を覗いて、あいつの弱点も調べた。友達でもない人たちを、家の繋がりを利用して、たくさん呼んだ。魔法も、強力な魔法をがんばって覚えた。
そして、勝った。―――そう思ったのに。
どうして私はこんな暗い所にいるんだろう。何も見えない。前も後ろも、何も。
暗闇は大嫌いで、とても怖い。瞳の力が、何も使えないから。そして、憎い瞳の力に、私は頼ってばかりなんだと再確認させられるから。
何が何だかわからなくて、頭が混乱して……何が起きているのか、何が起こったのかすらわからない。
誰かの声が、近くで聞こえた気もするし、頭が割れそうなほどに痛くなった気もするけど、よく覚えていない。
でも……もし私の聞き間違いで、覚え間違いでないなら……お願い。
「助けて」
「……大丈夫だよ」
突然、上から声がした。
そんなはずはない。けれど、私がこの声を聴き間違えるはずなどない。この声は……お兄ちゃんだ。
口調も何もかも、一緒だ。私が困ったときにかける言葉も……同じだ。
私が、ずっと求めていた言葉だった。
思わず上を見上げると、全身が淡い黄色に光っている、兄の姿。
しかし、私は視た。お兄ちゃんの姿。その中には、あいつの姿があった。
これはきっと、あいつが私のためにやってくれたことなんだろう。お兄ちゃんに化けて、お兄ちゃんを真似して、私を安心させようと。
いつもだったら、お兄ちゃんを真似するなんて許せない。けれどその時は、何故か涙が溢れてきた。それはきっと、お兄ちゃんの心、そのものだから。直感的に、そう思った。
「うっ。ひっぐ。うぅぅぅ~……」
言葉にならない涙声が、あたりに響く。
そんな私をみたお兄ちゃんの姿をしたあいつは、微笑んでから人差し指で私の涙を拭い……そして、兄様の顔になった。
驚きで、思わず涙を引っ込めた私を気にすることはなく、あいつは呟く。
「……洞窟の周りは囲まれてる。暗闇だとこの子は泣く。魔力は回復した。なら……あれをやるしかないか」
兄様の顔は、あいつがそう呟くと同時に、ニヤリを笑った。そう……お兄ちゃんが、私をいじめたいじめっ子達に、仕返しをするときのような顔をして。
右手の手のひらに、魔力の塊をつくる。
僅かな時間で出来たそれとおもに、右の手のひらを天井に掲げ、そして呟いた。
「……光線……!!」
塊は、天井へと向かって、一直線に飛んでいく。その後ろには、光が通った後をついていくように、線が描かれている。
その塊が天井へとぶつかり、天井を砕く。そう思ったとき。
塊は、天井を砕かず、むしろ天井に沿って左右に線を描き始めた。
ものすごいスピードで、左右へと向かって遠ざかっていく線の先の塊。
描かれた線は発光しており、暗闇を明るく照らしている。
「ぎゃあああぁぁああ!!」
「なんだこれはー!!」
洞窟の外から、叫び声が聞こえてくる。
さっきあいつが言っていた、「囲まれている」とは、こういうことなのだろう。
だが、あの叫び声はなんなのだろう。そう思い、あいつの顔を下から見上げると……
「大丈夫だよ」
お兄ちゃんの顔で、そう返ってきた。
そこでふと気が付いた。周りが見える。
暗闇が光に包まれたことで、自ら発光していたあいつだけでなく、周りも見えるようになったのだろう。
周りが見える様になって、冷静になった私は、あいつの鳩尾を殴る。
「うっ!」と呻いたあいつから、私は離れる。それと同時に、お兄ちゃんの顔から、あいつの顔に変わる。魔法が解けたのだろう。
というか、私は今まで、あいつに抱きしめられていたのか……。なんかやだな……。
あいつの手が置かれていた肩を払おうとして……途中でやめた。状況から考えると、私はこいつに助けられたのだろう。暗闇からも、私を殺そうとする敵からも。
恩を仇で返すような事はしたくない。そう思って、私は自分の肩に伸ばしかけていた手を下ろした。
「……ありがとね」
「へ?何が……?」
まさかこいつ……無自覚であいつらを寄せつけないように魔法を放ったって言うの?いや、人がいたって知ってるくらいだから、それくらいはわかってたはず。……こいつ、私自身に理由を述べさせようと……。つくづくイラつくやつね!
「だから!人を寄せ付けない様にしてくれたことよ!!」
「あっ、それか。泣いてるのを見られるのは嫌だと思って。でも、威力がまったくない魔法で怯えて逃げ出すなんて、よっぽど魔法を見たことないんだな。あの人たち」
その言葉が、嘘だとわかった。
こいつは、私が殺されようとしているのを見抜き、あの魔法を放ったんだ。後半の言葉は本当に思ったことだったみたいだけど。
威力のない魔法で怯えて逃げるってことは……魔法ではなく、科学が発展してる、あの国の貴族の差し金の可能性が高いわね……。帰って兄様に報告しないと。
そこまで脳内でまとめた後、私はふと思ったことをあいつに聞いた。
「ところで、なんで私だと、そんなに間違えないの?」
そう。言葉が疑問だった。シイナだけだったらまだしも、町の人々にまで対して間違うくらいだから、こいつは他人と話すのに緊張してしまうのだろう。
どうして、私には?そう思い聞くと……
「え?ああ。それはたぶん、君が俺の妹と同じくらいの背丈だからだと思うよ」
「ついでに年は?」
「8歳」
にこやかにそういうあいつに、私は近づいていき……再度、鳩尾を殴った。
「うぐっ!」と呻いたあいつを、私は知らん顔し余所を向く。
……8歳と同い年に間違えるなんて、失礼よっ!!確かに背は小さいけど、自分では8歳と間違われるくらい小さいつもりはないし、そもそも私は15歳よ!
そう叫びたいのをぐっと堪えて、あいつの方を向く。
顔が不機嫌になるのまでは直らなかったけど、そこはしょうがないと思い、目の前のこいつに言った。
「……ひじょーに失礼なことを言われたけど、今回は許してあげるわ。一応、こんな奴でも私の恩人だしね。さっ!とっととシイナと付き合うなりなんなりしなさい」
「…………え?」
私がそういったとたん、こいつは、今まで呻いていたことも忘れて、目を丸くして驚いた。
なんだか理解していなさそうだから、イラつきながらももう一回言ってやった。
「だから、シイナと付き合ってもいいわよって言ったのよ」
「……へ?なんで、あの子と付き合うの?」
……え?いやいやいや。だってあんた、シイナと付き合いたいがために、私の決闘受けたんでしょ?それだったら、私の決闘を受ける理由なんてないじゃない。
それに、シイナとあんなにいちゃいちゃして。シイナが話しかけると真っ赤に……。いや、こいつはコミュニティ障害だったわね。それに、そういやシイナがこいつに顔を近づけたとき、特に何もならなかったような……。
まさか。と思い、目の前のこいつに、恐る恐る聞く。
「……まさか……あんた、シイナの事は別に好きってわけじゃない……なんてこと、ないでしょうね……?」
「そうだけど?逆に、こんな短期間で好きになってたら、すごいと思うけど。あ、いや、友達としては好きだけど。あ、でも……俺なんかが彼女と友達なんて、おこがましいかな……」
じゃあ……何?全部私の勘違いと?いや、シイナのこいつに対しての思いは、たぶん勘違いじゃない。シイナはコイツの事を好きだ。
だけど、そこからがダメだった。シイナに近づく男は、シイナの事を好きな奴ばっかりだから、てっきりこいつもそうだとばかり……。
それに、こういう奴の場合、好きな相手には恥ずかしがって話しかけられないタイプだ。
ということは、全部とは言えないけれど、私の勘違いだったと……。
こいつ……シイナに好かれてるばかりか、それに気が付かないだと!!ありえない、ありえないわ!!あんなにいちゃいちゃオーラ出しているってのに……馬鹿じゃないの!?
魔法が上手い、誰にも優しい。他人とはうまくしゃべれないけど、慣れた相手とは普通にしゃべれる。容姿だって、あのフォルテシア家の人間だ。兄同様に、あの長い前髪の下は、結構整っているんじゃないかと思う。
それに加えて、朴念仁だって!?どこまで完璧要素を備えたら、こんな人間が出来上がるのよ!!わけわかんない!!馬に蹴られて死ねと叫びたいくらいよっ!!
そんな私の嫉妬と、こいつへのイラつきと、シイナの思いに気が付かない朴念仁っぷりへの怒りに、私は鳩尾へ本日三度目のパンチをたたき込んだ。
ルカニーズは再びうめき声をあげ、地面へと倒れて気絶した。
「あんたなんか、大嫌いよ」
思わずそんな言葉が出たのは、しょうがないと思う。
ある意味こいつは、今日の私の非日常の、象徴のようなものだったから。
最初は、この瞳が象徴。
次は、お兄ちゃんが象徴。
三度目は、こいつが象徴。
今回の非日常は、それほど悪くないような気がした。
けれど、この思いだけは、いつもと変わらない。
私は、微笑みながら呟いた。
大嫌い 私の 非日常
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